6.ココロザシ

 そろそろ陽も傾き出す頃、レピエーネへはまだ着かないようなので近くにある町を探そうと考えていた時、遠くで煙が立ち昇っているのが目に入る。

 空高くまで上がる黒い煙は出所が何本もあるように見え、ただの火事では無いような感じがすると同時に嫌な予感が頭を過ぎる。


「あの煙、気にならないか?」

「大きな火事みたいだけど、なんだろうね。気になるのなら行ってみる?」


 ドラゴンをも圧倒する程の力を持った魔族、そんな奴が村や町を襲ったらどうなるか火を見るよりも明らかだろう。フォルテア村の様な悲劇は起こって欲しくないが、もしかしたら……と考えた瞬間、気持ちの悪い気配と共に敵意を持った魔力を感じた。咄嗟に魔力を集めて氷壁を作るが、出来たと同時に何かがぶつかり粉々に破壊されてしまった。

 衝撃が魔導車まで伝わり蛇行してしまうが、なんとか横転するのは免れ緊急停止させられた。


 氷壁の爆発の瞬間に目に入ったのは紫色の炎。見覚えのある色の炎にゾクリと冷たい物が背中を走って行くと同時に腹の底からは黒いモノが湧き上がってくる。



──まさか、奴なのか!?



「魔族が見えたら俺に構わず逃げろ!いいなっ!」


 そう吐き捨てると直ぐに魔導車から飛び降り、朔羅に手を掛け戦闘態勢を取ると同時に俺を目掛けて空から紫の炎が三つも降って来る。


 一つ目の炎を朔羅で斬ると見せかけ接触の瞬間に乗っ取り朔羅に纏わせる。その瞬間、持っていかれた魔力の多さに驚くものの、そのまま二つ目の炎に投げ付け相殺し、三つ目の炎も乗っ取り飛んで来た方向へと投げ返してやる。


「ぐぁぁぁぁぁっ!!」


 爆発音と共に聞こえてくる絶叫、そして空から降って来たソレは土煙と共に地面に激突した。


 立ち込める土煙を油断なく見つめること数秒。突然竜巻のように土煙が渦を巻いて空に吹き飛ばされると、あのドラゴンが言っていたように両手両足が長さも太さも常人の二倍以上に肥大化した不恰好な魔族の姿があった。

 その手足は赤黒く、まるで元からある手足の皮を剥いだかのような色と見た目で太い筋肉の繊維が無数に晒されている。そこに黒くて異常なまでに太い血管らしきものが何本も這っており、ビクッビクッ と鼓動するように規則正しく脈を打っている。


 手足に連なる身体の上にあるのは予想通りの見覚えのある顔だった。

 逢いたいと切に願うアリサよりも更に強く会いたいと思っていた魔族、見た目はかなり変わっているが俺が求めた魔族だということには変わりがない。


 朔羅を強く握りしめると、腹の底で渦巻く黒いモノ達が勢いを増し外に出せと暴れ回る。だが先程ドラゴンにも言われた通りこの黒い欲望に飲み込まれてはいけない事くらいは分かっている。


 分かってはいる、けれど、腹の底から湧き上がる憎しみの感情は抑えきれないほどに強い。



「ケェェネーーースッ!!!」



 耐えきれなくなり、吐き出した魂の叫び。


 だがそれが良くなかったのか、はたまたもう我慢の限界だったのかは分からないが、ソレを皮切りに気が付いたら襲ってきた魔族の男、ケネスへと怒りの感情に任せて走り出していた。


 ケネス……俺の故郷の村を襲い、爺ちゃんや母さんを始めとするフォルテア村の全てを無に返した男。それだけでは飽き足らず、俺からユリアーネまでをも奪った憎むべき奴だ。コイツを憎まずして誰を憎むというのか!師匠によって奪われた四肢も醜く変化したとはいえ再び生えている気味の悪さ。


 奴も俺を認識したのかニィッと口角を吊り上げると紫の炎で牽制してくる。だがそんなものは知った事かと走りながら炎を斬り捨てるたびに上がる大きな爆発。ケネスに肉薄するもののニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべ歪な長腕で大剣を抜きはなち朔羅と斬り結んだ。

 怒りに任せて全力で振り下ろすものの、奴の歪な腕から生じるパワーは凄まじく弾き返されてしまう。


「また会ったなぁ!ハハッ!なぁ、アリサを何処に隠したか吐けよ。俺のアリサをよぉっ」



──ふざけるなっ!何が俺のアリサだ!!



 唇を噛み締め更なる力を朔羅に込めるとケネスに向かい真正面から振り下ろすが、やはりパワーでは奴に敵わないらしく余裕の表情で叩き返された。


 飛び退きざまに超高温の青白い炎をいくつも放つが奴の一振りで最も簡単に叩き落とされる。



──だが、まだだ



 小型の気化爆弾を炎とは時間差で放つ。巻き込まれないようにすぐさま離れると、ケネスはそれも気にせず返す剣で叩き落とし大きな爆発が起きた。

 吹き荒れる爆風、舞い上がる大量の土埃、辺り一面を土色の霧が覆い尽くすと奴の姿が見えなくなる。


 だがこの程度で倒せる相手なら苦労はしないし、ユリアーネが殺られる事もなかっただろう。



──今度は俺がケネスを殺す!



 再び湧き上がる怒りと殺意、その為の力を求めて俺の半身である相棒の名前を叫んだ。



朔羅!!



 俺の想いに呼応して漏れ出した黒い霧が朔羅の刀身を包み始める……が、その時、ゾワリと背筋に冷たく走るモノがあった。

 腹の底から溢れ出る黒い霧、俺の全身を包み込むように纏わりつくと黒い感情も増幅されたかのように嫌な声が俺の頭の中で響き渡る。



【殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ】



──言われなくても彼奴は俺が殺す!



 土埃の中から勢い良く飛び出して来た大剣を振りかぶったケネスはどこか楽しげな表情は弱きものを虐げる残忍な笑み。狩人が獲物を狩るような気分でいるのだろうが昔の俺ならいざ知らず、お前などに狩られる俺ではない!


「死ね!ケネスぅぅっ!!!!!」

「そうだ、その力だ!やっと本気になったか、ハッハーーッ!!」


 奴だけが扱う紫の炎に包まれるケネスの大剣。黒い霧に包まれる俺の朔羅の軌道とピタリと一致し互いの剣が打つかり剣撃の音が響くかと思われた瞬間、朔羅が音もなくケネスの剣をまるで豆腐でも切るようにスッと二つに斬り裂いた。


 それを予測していたのか、自分の剣が二つに別れた瞬間離脱行動に入るケネス。それを追い更に踏み込むものの奴の方が早く空振ってしまう。

 そんな事は御構い無しに逃げるケネスに向かい黒い霧を飛ばせば、それを払おうと左手で叩いた瞬間、肘から下が黒い霧と共に消えて無くなった。



──ざまぁみろ!



 剣も折れ、左手も失った。このまま切り刻んでやる、そう思った時にはゾワリとした冷たいものが背筋を這い上がる。



【奴を殺せ!奴を殺せ!奴を殺せ!母さんを殺した奴を殺せ!!ユリアーネを殺した憎き奴を、殺せ!!!!】



 更に強くなる頭に響く声。立っていられなくなり頭を抑えて片膝を突いてしまった。

 それでも尚、俺を責め立てるように声は響き続ける。



【殺せっ!殺せっ!殺せっ!殺せっ!殺せっ!殺せっ!全てを破壊しろ!お前の望むままに!】



 その時だった。


「お兄ちゃん!!」


 黒い感情に飲まれかけた頭の中に一陣の風が吹く。たったそれだけ、まさに一瞬の出来ごとで埋め尽くしていた黒いモヤモヤが吹き飛ばされて行く。



“己の欲望に飲まれること勿れ”



 先程聞いたばかりの言葉が何処からともなく聴こえて来る。


 そうだ、ユリアーネの仇は取りたい。だがそんな事をして何になる?奴は俺からユリアーネを奪った。それは到底許せることではない。だが今ここで俺が奴を殺せば、奴の仇を討とうとする者が出て来るかも知れない。

 憎しみは憎しみを呼び連鎖して、やがて大きな渦となり戦争などと悲しき事態へと発展して行くのだ。


 じゃあ、俺のこの感情はどうするんだ?ユリアーネを失った悲しみは涙を堪えてただ耐えればいいのか?ユリアーネを殺した奴を目の前にして平然と仲良くすればいいのか?



──ふざけるな!そんなこと出来るものか!!



 だが、あの黒い感情に身を任せて奴を消し去るのは間違っていると感じる。


「どうした?それで終わりかよ、つまらん男だな。もっとその力を見せろよ、もっとだっ!!ほらほらどうしたっ!俺はまだ生きてるぞ?お前の女を殺した俺はまだ生きている!かかって来いよ!それとも何か?まだやる気が出ないってんなら俺様が協力してやろうか。そこの女、お前の新しい女だろ?クククッ、こいつはどんな声で鳴くのか楽しみだよ、なぁ?」


 俺の言いつけを破り魔導車から降りて側まで来てしまったモニカ、折れた剣を突き付けるケネスは気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 殺気を向けられたモニカは足が竦んでしまったのか、恐怖を顔に浮かべると口に手を当て立ち止まってしまう。


 奴のやろうとしている事など言わずと知れるが、そんな事を黙って見過ごす事など出来るはずがない。

 これ以上奴に俺の大切なものを奪わせるものかっ!!



“己が善と信じられる事にのみ全力を尽くせ”



 そうだ、俺は俺の大切なものを護りたい。


 ユリアーネは俺が不甲斐ないばかりに護る事が出来なかった。けどあんな事を二度と繰り返させはしない、その為の力も、今はある!



──俺はケネスを、止める



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