5.置き土産

「終わりましたよ?」


 立ち上がり、振り返ったサラは自分をボーっと見つめる俺を不思議そうに見返して来たが、微笑みを浮かべる事で彼女について考えていたのを誤魔化した。


「なら、そろそろ起こしてやるか」


 再びサラを抱えると隠そうとしながらも嬉しそうな顔をしたのが分かる。それに気がつかないフリをしながらドラゴンの顔の前へと飛び降りた。


「終わった?」


 サラを降ろすとモニカとコレットさんも寄って来る。


「あぁ、終わったよ。怒ってるのは仕方がないけど、手のかかる蜥蜴だったな。二人共、援護ありがとう」


 右手をドラゴンの頭に向け噴水の要領でピューッと顔に放水し続ければ、やがてギロッと厳つい目が開かれる。


「暴れるから拘束させてもらったぞ。傷は勝手に塞がせてもらったが、背中の痛みはどうだ?」


 さっきよりは冷静になってくれたようで自分の体の様子を探っているのか、再び目を瞑るとグルルと小さく唸っている。

 今度はゆっくりと目を開いたドラゴン、俺達が敵ではないと認識したのか視線からは棘が無くなっていた。


「いや、すまぬ。まずは手当をしてくれた事の礼を言わせてくれ。あのままでは俺はそのうち死んでいただろう、感謝する」


 ブレスを吐かないよう口も拘束されていてあまり開かない筈なのに、普通に喋れるとか人間とは体の構造がまるで違うんだな。


「治したのはサラだ」


 指差すのに合わせて視線を動かすと、サラに向けて感謝の言葉を告げている。根は暴れ者でも悪い奴でもなく、ただ傷付けられたことに怒っていただけなのだな。タイミングが良かったのか悪かったのか……。


 話が出来るのなら拘束も必要無いと思い土魔法を解除するとドラゴンは驚いた様子を見せる。


「俺を信用するのか?一度は襲われたのだ、また襲われるとも限らんのだぞ?」


「また気絶させられたいのか?そんな気も無いのにいらん心配するなよ。それより魔族にやられたって言ってたけど、どんな奴にやられたんだ?」


 体を起こし伸びをするとその大きさが余計に実感出来る。サラがビクッとして俺の腕にしがみついたが敵意が無いのでそんなに怖がる事もないだろう。いつの間にか雪もシュネージュから出て来ていたようで俺の足にしがみついて来たので、雪を抱き上げるとサラが『私の定位置』と言わんばかりに ジトッ と見ていた。

 さっきまで抱いてたのはドラゴンの攻撃からサラを守る為だから……雪は小さいんだから待遇が違っても仕方ないだろ?


 再び俺達を見て来たドラゴンは俺達の様子を厳つい顔で微笑ましく見るが、魔族の事を思い出しているのか少し不機嫌そうな感じが醸し出される。


 ドラゴンという全く顔の作りの異なる種族なのに意外と感情が読み取れる事に驚いたものだが、人間の感覚って凄いのだと新たな発見をする。何が違うのか口で説明する事は難しいがちょっとした目の動きだったり仕草なんかで敏感に感じ取っているんだろうな。

 そんな事が出来ても人間と人間、人間と魔族とで対立したり、弱い人間や獣人を捕まえて売り捌くなどして他人を虐げたりする。自分本位の愚かな人が多いのは悲しい事だと思うよ。


「俺を襲った魔族、奴は普通ではなかった。両手両足が異常に大きく発達していてとんでもないスピードとパワーで俺に飛びかかると、力任せに、殴られ、そして斬られたんだ。それだけしたら居なくなっていたよ。苛々していたのか何か知らないが、何かを叫んでいたが何を叫んでいたかは覚えていない。

 この俺を圧倒出来る奴だ、とんでもない魔族も居たもんだな。あぁ、お前さんは人間らしいが似たようなモノか、ガハハハハハッ」


 結局強い魔族ってだけで何も分からなかったのかよ、役に立たないなぁ。そんなのがうろついているのなら警戒しておかないといけないな。



「それよりお前さん、その黒い剣をちょっと見せてくれないか?」


 朔羅を見せろと言うドラゴン、こんなものを見てもお前には使えないだろと思ったが見せるだけなら減るものでもないし言われるがままに抜いてやった。


「ほぉ、これを何処で手に入れたか知らないが良い刀だな。コレと意思疎通が出来るという事はお前さんはルイスハイデの人間なのか?」


 衝撃の一言だった。 “ルイスハイデ” その名を他人から聞いたのは二度目になる。一度目は爺ちゃんから世界の真実を聞かされた時。それ以来、俺が話題に出した時ならいざ知らず、垢の他人から聞くのは初めての事だった。

 長寿の種族だとしても違和感は半端なく、朔羅を見ただけでその事が分かるのはこのドラゴンが博識な奴だということか?


「そうだがなんでそれが分かる?お前は一体何者だ?」


「グハハハハハハハハッ、可笑しなことを言う小僧だな。そんな物を持っていれば一目で分かるだろう。その刀を形作るステライトと言う金属、それは特別なモノだと知らぬのか?お前の操る闇のチカラに唯一耐えられる存在、それを手にしているお主こそが最強の存在なのだぞ?

 そして今、その傍らにはサルグレッドの血を受け継ぐものが居る。あの魔女を封印した血族がこうして一処におると言う事は歴史が動くということ……か?

 フハハハハハハッ、良い!良いなっ、久々に楽しくなって来た。もしかしたら俺が此処でお前達に出会ったのも運命の巡り合わせやも知れぬ。

 サルグレッドの娘、傷の手当の礼だ。持っておくが良い。その笛を吹けば何処に居ても俺の耳に届く、気が向けば駆け付けてやろうぞ」


 ドラゴンの胸の辺りでポォッと光りが灯り、それがゆっくりと降りてくる。サラが手のひらを出せば奴の言った通り銀色の小さな筒のようなものが現れた。それは見た感じ犬笛のようでもありネックレスみたいに細い鎖に繋がれていた。


 お前に用事がある事なんてあるのかと疑問に思いつつもドラゴンに視線を戻すと何か嬉しげでにこやかな雰囲気が感じられる。


「『己の欲望に飲まれること勿れ、己が善と信じられる事にのみ全力を尽くせ』努努忘れるでないぞ?お前が闇に飲まれた時、世界は終わると言う事を覚えておけ。

 ルミアによろしく伝えてくれ。また会う日を楽しみにしているぞ、ではサラバだ、癒し姫、闇の皇子」


 癒し姫はサラの事だとは分かるが闇の皇子とはもしかして俺の事か?しかもルミアの事を知っているのにも驚きだが何故俺がルミアの知り合いだと分かったんだ?


「おい待てよっ!」


 その疑問を口にする前に、ドラゴンは自分の言いたいことが終わると大きな翼を広げて一回羽ばたいたかと思ったら物凄い風を残して空へと舞い上がる。

 三十メートル近い巨体は大きな翼があったとしてもそんなに簡単に飛び立てるものではない。恐らく風魔法も併用する事で大きな身体であろうとも難なく空を飛べるのだろうな。流石人間より上位の種族、魔法もお手の物らしい。


 あっと言う間に飛び去り既に姿が見えなくなってしまった。また一つルミアに聞くことが増えたな。せめてあのドラゴンの名前ぐらい聞いておくべきだったかとも思ったが後の祭りだ。


 だが、ふと閃いた事があった。


「サラ、その笛貸してくれ」


 俺の言葉に唖然としているサラの手から笛を奪うと口に咥えて思い切り吹いてやった。

 あれ?音が出ないぞ……もう一度吹くがやはり音は聞こえない。やっぱり犬笛なのか?


「お兄ちゃん、何してるの?今バイバイしたばかりじゃない」

「聞きたいことがあったから戻って来いと思ってさ、でも音鳴らないじゃんか。コレ、実は壊れてるとか?」


まぁいいかと手のひらを出したまま固まり、ボケッと俺の行動を見ていたサラの手のひらに再び笛を戻すと、魔導車に戻ろうとモニカと並んで歩き始める。


「トトさまはあのドラゴンがお気に召したのですか?」


 サヨナラしてすぐに呼び戻せばそう思われたとて仕方がないかも知れないけど、決してそうではない。抱っこしたままの雪の頭を撫で「違うよ」と言うと、サラが居ない事に気が付いた。

 振り返ればゆっくりと笛を口に近付けているサラの姿、俺が呼ぶのを失敗したからサラがやってみようという魂胆か?


「サラっ、ドラゴンなんてもういいから。早く来ないと置いて行くぞっ」

「ひゃいいっっ!?」


 声をかけると物凄い勢いで驚き慌てて笛を後ろに隠したがそんなに恥ずかしかったのだろうか?顔が真っ赤になっていた……別にやっちゃいけないことでは無いだろうに。

 慌ててこちらに向かい始めたサラを確認すると微笑むモニカと手を繋ぎ再び魔導車に向けて歩き出した。



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