4.ドラゴンとの戦い
モニカとコレットさんは物陰に隠れ、俺はサラと共にドラゴンに近付いて行った。当然それに気が付き奴の顔が俺達を向く。その顔は物語に出てくるドラゴンそのままで、人とは違い過ぎて表情など読めたものではないのだが鋭い視線から感じられるのは “怒り” 一色だった。
自分を傷付けた者に対する怒りはかなりのもので、プライドを傷付けられたのかなぁなんて思ったりもしたがそんなことは今はどうでもいい。
「魔族にやられたのか?俺達も魔族と敵対する者だ、良かったらその傷を治してやろうか?」
そんな言葉など信じられるものかと言わんばかりに敵意をぶつけてくるドラゴンの視線を無視して更に近付いて行く。
「貴様等が俺の傷を癒して何の得がある。大方弱っている俺を倒して素材でも手に入れる魂胆だろうがっ!傷を負っているとはいえ俺はドラゴンだぞ、貴様等のような虫けらが敵う相手ではない。死にたくなかったらサッサと消え失せろ、俺は今、機嫌が悪い!!」
言い終わるなり大きく息を吸込んだかと思えば大きく開かれた口から燃え盛る炎を吹き出した。ブレスと呼ばれる攻撃でそれぞれ個体により属性は異なるらしいが、こいつは体の色からしても丸わかりの炎のブレスを吐くようだ。
「キャッ!」
サラをお姫様抱っこで抱え上げて飛び退けば、俺達が立っていま地面がブレスを受けて真っ赤に染まる。一瞬でそんな変化を起こすと言うことは相当な熱量の炎だという証拠、当たれば即座に骨だけを残して焼き尽くされる事だろう。
モニカとコレットさんの事が心配になって来たが、それでも彼女達を信じて俺達はやるべき事をさっさと終わらせよう。
二度、三度と炎のブレスが吐き出されその度に飛び退き躱して行くが、危害を加えては “傷を治す” ことなど信じてもらえるはずもなく、逃げに徹するしかないのだが責められるばかりは正直ムカつく。
ちょっとビックリさせてやろうと思いニヤリとしたところで、顔を赤くしながらも俺の首にしがみついていたサラが『あっ!』って顔したのが目に入ったが気にせず魔力を凝縮させる。
奴の腹が膨らみ、今まさにブレスを吐き出そうとしたそのとき、俺達と奴との間に巨大な氷の壁が出現する。
そんなものでは防げぬとばかりに構わず吐き出されるブレス。
だが奴の思惑は見事に外れブレスを吐き終わった後にも氷の壁は形を失うこと無くそのままの姿で俺達と奴とを隔てている。
ブレスの威力に絶対の自信があったのか、その光景に驚き細い目を見開くドラゴン。
それはそうだろう。恐らく千度を超える奴のブレス、それをたかだか氷の壁如きで防ぐのはほぼ不可能。
しかし俺は、それをやって退けた。
秘密は簡単、水は熱せられて温度が上がり百度に達する事で沸騰して蒸発する。だから、水だろうが氷だろうがそんな物で壁を作っても推定千度の炎の前では一瞬にして蒸発する筈だった。
そこで鍵となるのが温度だ、水は百度で蒸発して壁の意味が無くなる。じゃあ逆に考えて百度にならなければ蒸発しないじゃんっ、てことだ。
火魔法とは一般的に火を生み出す魔法、だが真髄はそこではない。
剣に炎を纏わせる時、付与する物や術者が熱くならないように温度を調節する。灯りとして使う際にも他に燃え移らないように温度を調節しているのだ。
『熱量のコントロール』
俺は水魔法で壁を創り出し、火魔法でその熱量を下げることで氷の壁とした。
ブレスが当たると同時、氷の壁に送り続けていた魔力で、熱せられるそばから熱量を下げ続けて温度を一定に保っていたのだ。そして残り切った氷の壁、奴のブレスと俺の魔法では俺の勝ちだったという事だ。
知ってしまえば簡単な原理だが実行するとなるとそうは行かない。触れただけで蒸発してしまう程の熱量に対抗するだけの魔力を大量に、かつ、瞬時に送り続けなければならないのだ。
あの魔法陣をぶっ壊してから増大し続ける俺の魔力、今ならばそれも可能だろうと感じてやってみた結果が今だという事だ。
予想通りのドラゴンの反応が見られた事に満足すると俺の腕の中という特等席で一部始終を見届けたサラに視線を送り一言告げる。
「そろそろやるぞ」
身体強化の魔法を高めて一気に飛び上がると、その勢いからか「キャッ」と小さな悲鳴が聞こえるがそれには構っていられない。
一瞬の間を置いて十もの水蛇がドラゴンの顔を目指して飛びかかって行くのが目に入れば、それに呼応するようにコレットさんも飛び出し加減した魔法で牽制を始める。
空中に風を圧縮した足場をいくつも作り、それを踏み台にしてドラゴンの背後から背中を目指して行くと、水蛇がドラゴンの顔の周りを飛び交いそれを鬱陶しそうに首を曲げたり羽で撃ち墜とそうとしたりして暴れている。
さらにコレットさんの水魔法が顔を狙いいくつも放たれると、その一つが顔に直撃しドラゴンが目を瞑った。
──チャンス!
この好機に一気に背中へと飛び込む。暴れる羽に当たりそうになりはするが、こちらを狙っているわけではないので軽く身を捻り、危なげなく躱して背中へと取り付いた。
「サラッ!」
「わかってる!」
俺に抱かれたまま腕だけを伸ばすと、すぐに淡い光が傷口を包み込んだが背中に降り立てばいくらなんでも気が付いたのだろう。羽をバタつかせて振り落とそうとしてくる。
モニカの水幕の真似をして風の幕で自分達を包み込むと、羽から起こる風など簡単に受け流すことが出来て全く問題が無くなる。
羽で落ちぬのならと今度は小さな棘が何本も生えた凶悪な尻尾が弧を描き俺達を横薙ぎにするべく迫ってくる。
サラが癒しの魔法を使っている今はココから離れる訳にはいかないので躱すという選択肢が消えてしまう。そうなると選択肢は受け止めるか、受け流すか。
尻尾だけでも十メートルはありそうで、それが鞭のようにしなり迫ってくる。受け止めるのはキツそうなので受け流す事にして、風の壁をジャンプ台の様に斜めに配置すると壁自体も滑りやすくする為に魔力の流れを付ける。
風の壁に尻尾が当たった瞬間、破壊されるかと思うほどの衝撃があったが見事に軌道を逸らすことに成功し、俺とサラの頭の上をトゲトゲの尻尾が通過して行った。
「一先ず傷口は塞ぎました。ある程度痛みは治まった筈ですよ」
「良くやった」とオデコにキスをするが、してから思った……モニカじゃなかった。暫くの間、抱きかかえたままだったので何と無くサラだという認識が薄れていたのだ。
真っ赤に染まるサラの顔、間違えたなどと無粋な事は言わず放って置くことにし、一先ずドラゴンの背から降りるとモニカとコレットさんの撹乱が止んだ。
さて、どうやって傷口を塞いだ事を認識させようか……。
「おのれ、ちょこまかとしよって!さっさと潰されろっ、ゴミ虫共め!!」
ドラゴンは史上最強と言われる種族だ。だが種族として強いと言うだけで当然個体差はある、そしてそれは俺達人間だって同じだ。
体格が人間の何倍もある、力だって魔力だって人間の数倍も凄いだろう。だからといって俺達小さな人間がドラゴンに敵わないかと言えば否だ。
コイツは魔族に背中を傷付けられて怒り狂っていたくせに、それすら忘れてしまったのだろうか?俺も一対一で殺り合えば勝てるだろうとは思うし、先程コイツのブレスを防いでやったのまで忘れているのか?ドラゴンは確かに強いけど自分が最強とか思ってるのはちょっと違うだろ。
勝手にやったとはいえ背中の傷も塞いでやったというのに、言うに事欠いて俺の大事なモニカや、サラ、コレットさんに対して “ゴミ虫共” とか度が過ぎるな。
──お仕置きしちゃう?
地面に降り立った俺とサラを睨みつけ、再びブレスを吐こうと鼻の穴が広がり息を吸い込みかけた瞬間を狙い奴の口を目掛けて飛び込んだ。
息を吸い込む事で腹が膨らみ、吐き出す為に口が開かれたタイミング、顔の近くまで到達した俺達は勢いそのままにサマーソルト張りに半回転しながら下顎を思い切り蹴り上げてやった。
「キャッ」
可愛らしい悲鳴が腕の中で聞こえたが奴の目の前に置き去りにするわけにはいかないので少しばかり我慢してもらって一緒に空中回転を楽しんでもらう。
下顎にクリーンヒットし、長い首が仰け反り一直線に伸びたかと思った次の瞬間、一瞬の空中停止後、力なく戻って来て大きな地響きと共に地面を打ち付ける。
流石にこの巨体だ、俺の蹴り程度ではそのまま一回転してくれることはなかった。
再び上がる土煙を風魔法で飛ばすと、そこには脳震盪を起こし動かぬドラゴンの姿。
「危害は加えないのではなかったのですか?」
俺の首にしがみ付くサラにニヤリと笑いかけると「お仕置きだから良いの」と答えて、水を含めた土で首や手足尻尾など要所要所に地面から生える輪っかを作りドラゴンを地面に拘束しておいた。
「これで動けないだろ、取り敢えず背中の傷を完治させようか。どれくらいで終わりそうだ?」
聞きながらもドラゴンの背中に飛び乗ると、俺の腕の中が定位置になりつつあったサラを降ろした。
少しばかり残念そうな顔をしたものの直ぐに気持ちを切り替えたのか傷口があった付近に手を当て魔力を込め出すと淡く白い光がドラゴンの背中を包み始めた。
サラの温もりが残る腕に何だか物足りなさを感じつつ、自分の役割を全うしている彼女を見つめた。
その横顔は魔法の行使の為に集中しているからか、普段の穏やかな彼女の顔とは違い凛としていてカッコ良い。そういえば王女として在ろうとするときのサラもそんな顔をしていたなと、ちょっと前の事を思い出した。
今ではすっかり俺達に馴染み、ある程度心を許してくれているのか気を張って王女様ぶる事も無くなった。喋り方はまだモニカと話す時のようには砕けてくれないが、それでも気を遣うことなく話してくれているのは分かっている。
俺は多分サラのことが好きだ。
モニカ程強い気持ちが湧いてくる訳では無いが、オークション会場で最初に会った時から気にはなっていた。
王城で再会した時は俺の心がモニカで一杯でサラを見る事が出来なかったが、こうして一緒に旅をしていくと素の彼女が垣間見える事もあり、モニカが側にいるのに目で追ってしまっている事もしばしばあった。彼女に悪戯をしたのも、もしかしたら小さな子供が好きな子に対してするソレと同じだったのかもしれないと今更ながらに思ったりもする。
サラの何処が好きかと言われると答える事が出来ないが、最愛のモニカが側にいつつも気になるという事はその気持ちが間違いではないのだろう。
国の王女ともあろう者が俺を助ける為だけに婚約者となるとか流石にあり得ないので、アレクや陛下が言うように彼女の気持ちもある程度有ることぐらいはそれだけでも分かる。世間からしたら特殊な愛を育もうとしている俺の事を受け入れるか否か、彼女の気持ちはどうなったのだろうと少しばかり気になった。
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