3.最強種

 暖かな布団と柔らかな感触に迎えられ、ゆっくりと意識が戻ってくる。

 心落ち着く匂いを目一杯吸い込み目を開けば、目と鼻の先にはこの世で最も可愛い愛する妻の寝顔。朝一番で目に入るものがこの世で一番大切な人だと嬉しくなり、その存在をもっと感じたくなるのは俺だけだろうか?


 満足するまで寝顔を見つめた後でオデコにキスをすれば宝石のように綺麗な青い瞳のお目見え。視線がぶつかれば愛らしい顔に花を咲かせて「おはよう」とこれまた可愛い声を発する。それだけで愛しさが倍増してしまいギュッと抱きしめると、それに応えて抱きしめ返してもくれる。

 このまま時が止まれば良いのにと一緒に目覚めた朝は毎回思うのだが、残念な事にそれが叶った試しは一度たりともない。


「モニカ〜、レイ〜、起きてる〜?イチャイチャしてないで朝ごはん食べに来なさいよ〜」


 ほらみたことか、早速俺達のラブラブ時間に水を差された。二人だけの旅ではないので仕方のない事なのだが、たまには……と思ってしまってもそれはそれで仕方のない事だと思いたい。


 渋々ながらに布団から這い出るとイチャ付きながらも服を着て身支度を整える。


「「おはよう〜」」

「トトさま、カカさま、おはようございます」


 ちょっぴり寝癖のついた頭でにこやかに朝食を摂っていた雪が元気いっぱいの笑顔で朝の挨拶を返してくれた。

 椅子に座る雪の背後に回り水魔法で手に水を纏わせると乱れた髪をといて寝癖を直し、回りに風が行かないように注意しながら乾かして仕上げてやる。


「はい、完成。可愛い雪の出来上がりだよ」


「ありがとうございます」と少し照れながら言うのを満足気に頷きながら見た後で頭を撫でてやるとモニカの隣に座わり朝食を摂った。




 女将さんに一宿のお礼を言い別れを告げると再びレピエーネへと向かい魔導車を走らせていく。

 流石に昨日の今日で運転させろとは言って来なかった暴走天使様。ちゃんと反省してくれている様子なので次は大丈夫だろう……たぶん。


「レイ様、飲み物など如何ですか?」


 コレットさんの声と共に後ろからコップが差し出され、受け取れば仄かに紅茶の匂いがした。丁度気分転換に何か欲しかった所で『流石コレットさんだな』と思いつつも口を付けると冷たくて驚く。


「日差しが暖かいですから冷たい方が良いかと思ったのですが、お気に召しませんでしたか?」

「ううん、冷たくて美味しいよ。でも何で冷たいの?魔導具に入れてたの?」

「はい。魔導車に備え付けの魔導具で『冷却箱』と言うものがあるのです。この箱に入れておけばいつでも冷たい飲み物が愉しめるのですよ」


 そんな機能まで付いているのか!?流石は貴族の乗り物、快適性求めすぎじゃないのかとも思うけどあると便利な機能だよな。


 冷たい紅茶でホッと一息吐いていると、進行方向から少し外れた先に大きな土煙のような物が上がっているのが見えた。


「なぁ、アレなんだろう?」

「……何でしょう?」


 俺の指差す方をみんなして見るが、ここからでは土煙が上がっている事しか分からない。

 それにしても結構な量、獣の集団が大移動でもしてるのかな?興味を惹かれて舵を切るとその方角へと向かった。




 近付けば近付くほど縦にも横にも大きな土煙の塊。モウモウと立ち込める様子に興味は尽きず、少し離れた場所で魔導車を止めると外に出てその様子を眺めていた。特に獣の集団がいるでも無く、そんな足音は聞こえてこない。


 だが代わりに聞こえてきたのは地響きを伴う大きな音だった。


「何!?」

「分からん、なんだろう?」


 隣に立つモニカが呟いたとき、更に大きさを増した土煙の中で何が動いたような気がした。それが見間違いでなければ相当大きな奴があそこにいる事になる。


「今、何か見えませんでしたか?」

「やっぱりそう思う?」


 どうやら俺の勘違いではなくサラも目にしたようだ。ならばと、何者が居るのか確かめようと風魔法を放ち土煙を吹き飛ばそうと風を送り始めた途端にそれは聞こえてきた。



「グォォォォオォォオォッ!!」



 辺り一面に響き渡るとてつもなく大きな鳴き声、聞き覚えのない叫び声にも似た鳴き声にビックリした雪が俺の足に飛びついてくる。風を送りつつも雪を抱き上げ土煙が晴れていくのを皆で見守っていると赤い大きな身体がちらほら見えてきた。


「ちょっと……なんですか、あれは!?」

「まさかあれが、ドラゴンッ!!」


 見えてきたのは体長三十メートルはありそうな巨大なドラゴン。全身赤い鱗に覆われており、その体格に見合うだけの羽がゆっくりと上下に動いていた。地面に首を突っ込むような姿勢で伏せてはいるが、巨大な姿が動く様子はまさに圧巻と言えるほどに衝撃を覚え、地上に存在する全ての生物の中で最強種と言わせるだけの威圧感を感じる。


「あのドラゴン、怪我してませんか?」


 雪の視線を追うと背中の羽の付け根付近に大きな切り傷のようなものが見えた。赤色の鱗で気付きにくいが結構な量の赤い血も流れているように見える。こんな強そうな奴に戦いを挑み傷を負わせた奴がいるのか……だが今はこのドラゴン以外の気配は何も感じない。傷を負わせた後でやられたのか、はたまたそれ以上は無理と悟り逃げ出したのか。



「あの魔族めがぁぁぁぁ!!!」



 耳を疑ったがその声は間違い無く俺達の声ではない。威厳すら感じる野太く大きな叫び声は人の使う言葉、ドラゴンが人語を使う事に驚いたが、それ以上に気になったのは “魔族にやられたらしい” という事だった。


「なぁサラ、あの傷癒せないかな」

「ええっ!?」


 何を馬鹿な事と言いたげに目を見開き俺を見るが、真面目な顔してそれを見つめ返す。

 あんな事をする魔族など過激派に他ならない。こんな場所で痛がっているということは自分で傷を治す術は持たず、家に帰る事もままならないのだろう。ならば手当をしてやらなくてはもしかするとそのまま命を落としてしまう可能性だってある。人間でなくとも過激派の奴らに訳もなく蹂躙されるのは我慢ならない、そう思えたのだ。


 俺が本気なのを感じ取り顎に手を当てて少し考えると結論を出した。その顔は恐怖と諦めとが折り混ざるなんとも言えない複雑な表情だったので、俺の返答がすでに予想されていることがよく分かった。


「癒すのは可能だと思います。ただ、ここからでは無理ですね。あの傷を癒そうとするのならばドラゴンの背中に乗る必要があります。……ですが怒れるドラゴンの背中に乗るなど死にに行くようなものではありませんか?」


「サラはあのドラゴンより俺が弱いと思ってるのか?だとしたら少しばかり心外だなぁ。俺達はコイツより何倍もデカイ烏賊と戦って勝ってきたんだぞ?こんなちっこい蜥蜴擬きを恐れてどうするんだ?」


『やっぱりそう言うのね』と顔に書いてあるようなある種の諦めのような表情を写すサラは一つ、大きな溜息を吐くと気持ちを切り替えてくれたようだ。

 サラもあの戦いでだいぶ成長した。今はもう旅を始めたときのか弱い王女様ではなく、普通の冒険者なら逃げ出すようなこんな強大な相手にも向かって行ける立派な冒険者となっていた。


「あの傷を塞ぐだけならば三十秒程度の時間があれば可能だと思います。ただ完治するにはもう少しかかるので、それは私達が敵ではないと認識してもらった後でもいいですよね?」


「わかった、そうしよう。モニカは水蛇を出来るだけ多く飛ばして奴の気を逸らしてくれ、コレットさんも奴の気を逸らすのに動き回ってくれ。ただし危害は一切加えないようにな。安全第一で自分の身を守ることを忘れないでくれ。

 サラは俺と一緒に奴の背中に飛び乗って傷を塞いでくれ、何があっても君を守る。俺を信じて最速で頼むよ、みんなそれでいいね?」


「りょ〜かいっ」

「わかったわ」

「はいっ」

「かしこまりました」


 モニカ、サラ、雪、コレットさん、みんなの顔を見回すとそれぞれ気合の篭った返事と視線をくれた。

 この作戦はサラ次第、頑張ってくれよ?



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