2.ブランド化した鶏
魔力探知をしながら辺りを駆け回っていると、余力を持て余した頭が別の方向へと思考を向ける。
魔導車に乗って移動する限り馬を連れて歩く訳には行かない。けど海で乗ったウェーバー、アレも魔導車と同じ原理で動いていた筈だ。
現行のウェーバーが水の上しか走れなかったとしてもルミアの元に持っていけばなんとかしてくれるのではないだろうか。そう思うとリーディネでウェーバーを手に入れられなかったのが物凄く悔やまれる。
「まぁ、また行けばいいか」
自分を納得させる為に言葉を吐き出した直後、視界に動くものが写る。走るのを止め物陰から観察するとやはり人のようだった。
焚き火の側で鍋の世話をする様子の魔族の男。気配探知でも見える範囲にも一人しか居ないのだが、他に仲間がいる可能性は捨てきれない。
さっきの男同様に見た目は人間と変わりないのだが、ソイツを魔族だと断定した理由がそいつが居る更に奥に設置された何かの台座のような装置。アレはアリサと共にベルカイム近郊の森で見た魔導具であり、推測通り魔族はここで魔石を成長させるべく瘴気を集めていたらしい。そして奴等はその装置の監視役なのだろう。
上級モンスターを生み出す赤い魔石、アレをまだ作り続けているという事はそのうちどこかの町を襲うつもりがあるという事だ。
じゃあやる事は一つ、考えるまでもない。
立ち上がると朔羅に手をかけつつ、足音を殺さないままにゆっくりと魔族の元へと歩いて行く。
思惑通り気が付いた魔族が振り返るが、思っていただろう人物と違う事にあからさまな警戒を見せつつ立ち上がった。
「こんにちわ、こんな所で人に会えるとは思ってもみませんでした。お一人ですか?」
訝しげな顔で俺の様子を観察する魔族の男。朔羅から手を離し両手を広げて敵意は無いとアピールしながら近付いて行くと、魔族とバレていないと思ったのか普通に話し始める。
「ええ、狩りをしながら旅をしていましてね、貴方は見た感じ冒険者のようだがこんな所に何しに?」
「似たようなもんですよ、武者修行とでも言えばいいのですかね?ほら冒険者って力のない奴は平凡なら暮らししか出来ないでしょう?だから自分を鍛えようと思いましてね……それより美味しそうな匂いだ、私もご一緒してもいいですか?あぁもちろん私も何か食材を……そう生肉なんてどうですか?」
食材に釣られたのか、はたまた仲間が戻ってこれば勝てると思ったのか、あっさりオッケーすると警戒を解き、火の側に寄れと言って来た。
火にかけてある鍋はどう見ても一人分では無い。だからと言って三人でこの量だと少なく思えるので恐らく轢き殺した奴と二人なのだろう。味も食材もよろしくない鍋に鞄から取り出した肉を投入、調味料を入れて味を整えてやり渡してやると「美味い美味い」と喜んで食べていた。
完全に警戒心が無くなってるけど、コイツ大丈夫か?などと思ったが、最後の食事ぐらいゆっくり食べさせてやった。
「随分たくさん作ってましたね、他にもお仲間が?」
「ああ、もう一人いるんだが……そういえば遅いな」
話していても大した情報を得られそうでもなく、恐らく下っ端なのだろうと感じたので見切りを付けモニカ達の元に戻る事にした。
「実は俺、人を探してるんですよ。アリサ ・エードルンドというとびきりの美女なんですが心当たりはありませんかね?」
目を見開く魔族だが俺の作った飯を平らげた時点でアウトじゃね?薬とか入れてたらどうするつもりだったんだ?
「な、何故その名前を……」
冷静なままであったのなら誤魔化しようはいくらでもあったに違いない。家名を含めて同じ名前など世界の何処かにはいるかも知れないのだ。
不意打ちでも動揺したら負け、揺さぶられた精神を元に戻すことが困難なのは身をもって知っている。
案の定、必死さの色濃く現れる苦々しい表情ながらも襲いかかって来てくれたので、度重なる “甘く見て後悔した” という経験から油断すること無くさっさと斬り捨てると、土魔法で埋めて皆の待つ魔導車へ向かった。
「遅かったね、何かあったの?」
姿が見えるなり駆け寄って来る可愛い俺の嫁にただいまのキスをすると、心配だったサラの様子を見に行った。
今はもう落ち着いた様子で魔導車を背に座り魔法の練習をしていたので、皆にさっきの出来事を教えると魔族の設置した魔導具の所まで魔導車で移動した。
「これで魔石が作れるの?」
警戒もせず近寄るとそこらに落ちていた木の枝で ペシペシ と叩きながら俺に問うモニカ。さっき来た時にある程度は確かめたので危険は無いとは思うが、未知の物にはもう少し注意深く接してもらいたいものだ。
水魔法の技術は一流だがこういう所が冒険者としてはまだまだだなと思う。モニカにもしもの事があったら俺は悲しいどころではないぞ?
皆で魔族の魔導具を観察した後、試しに鞄を近付けるとすんなりと収まってしまった。何らかの魔法でも掛かっていて持ち出せないようになっていたりするのかと思ったら拍子抜けだ。
アリサが管理していたモノは幻影の魔法が掛けられており、近くに行ってもソレが存在する事すら分からなかった。更に周りには結界まで張ってあって近寄れないようにするという厳重さだったのに、コレはただ置いてあるだけで大した事のない見張りが二人居るだけのずさんさ。
扱いに差があり過ぎて違和感が半端無いが魔族には魔族の事情があるのだろうと疑問に蓋をして……後でルミアに聞こうと心にメモをした。
▲▼▲▼
王都サルグレッドから西端にある海の町リーディネまで馬車で二週間かかったのだ。サルグレッドから南、あのゾルタインを経由して一週間のところに位置するレピエーネに行くまでには二週間で足りない事くらい考えるまでもない。
いくら早い魔導車とはいえ三日はかかる距離だとは予測できる。
時刻はお昼を過ぎてそろそろ夕方に差しかかろうという頃、宿を取るために近くの町へと向かう事にした。
高速の移動手段を手に入れた今、急ぐ旅でもないので視界の悪い夜間に無理して魔導車を走らせ、今度は本当に人間でも轢いたらシャレにならないのだ。
魔導車の案内で町に着くと門番さんが近寄って来た。こんなものに乗っていても検問自体は行われるのだ。
ボタン一つで開け閉め出来る透明度の高いガラス窓。そんなモノを開けるだけで門番さんは驚いていたが、魔導車自体そんなにお目にかかれない筈なので致し方が無い。
「ようこそジャレオへ、旅の途中ですか?この町の鶏の唐揚げは絶品なので是非一度お試しください」
ギルドランクSと表記されたギルドカードを見て益々ビックリした門番さん、丁寧にオススメのお店や宿まで教えてくれる。
聞けばここ〈ジャレオ〉と言う町は人口五千人程の小さな町で養鶏が盛んなのだそうだ。《ジャレオ鶏》と言うブランドで他の町にまで売り込んでいるらしく、王都在住だったサラも聞いたことがあると言っていた。
勧められた宿に向かうとお洒落な外観の高そうな宿、まぁ魔導車なんかに乗っていれば金持ちと思われて当然なのだろう。実際にお金はあるので文句も無いが、見た目とはこうも重要なのだと勉強になった。
俺とモニカ、サラと雪とコレットさんでそれぞれ一部屋取り、少し早いがすぐ用意してくれるという夕食を食べることにした。
あまり人通りの多くない町なのか宿は俺達の貸切のようで食堂も静かだった。これなら気兼ねなく五人で食事を愉しむことが出来て嬉しいのだが宿の経営は大丈夫なのかと少し心配にもなる。
「わぉ、これ美味しいよ。お兄ちゃん食べた?」
モニカが食べているのはジャレオ鶏の香草焼き、定番の料理だが鶏自体の味と香草の組み合わせにより味に差が出る意外と難しい料理だ。
俺は最初に食べたのだが鶏の旨味、脂の味と香草の加減が程よく、大好物のドードー鶏を思わせるような旨味があり一口で気に入った。
出された夕食は宮廷料理のようなお洒落なフルコースではなく、これでもか!というほどの鶏料理のフルコースだった。
シャキシャキとした新鮮な野菜の上にササミを湯がいて裂いた物が乗る、胡麻の風味香るドレッシングのかかった爽やかなサラダを手始めに、その後は焼く、煮る、蒸す、揚げるのこれでもかという種類の鶏料理のオンパレード。
脂の滴るような脂っこいのが好きな俺も、蒸して脂身が程よく落ちたあっさりとした物が好きなサラも満足出来る夕食だった。
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