第五章 変わりゆく関係

1.暴走天使降臨

「なぁ……俺達って何処に向かってるんだ?」


 そこは街道でも何でもないただの荒野、短い草がポツポツ生えるだけの何も無い平坦な場所を絶賛爆走中だ。


 何故だか理解出来ないが、もしかしたら驚かせてしまい逃げ出す途中だったのかもしれない。

 前触れもなしに飛び出してくる魔物だか動物だかすら分からない奴を時折轢きそうになりヒヤリとすることも数度。たまに凄い音が聞こえたが事もあったが魔導車は何事も無かったかのように走り続けているし、全員が “見なかった、聞かなかった” ことにしたようでビクリとしながら目を丸くして一瞬会話が止まるものの平穏な空気は保たれたままだ。


「レピエーネという町に向かうのですよね?操作球に〈レピエーネ〉と心の中で伝えて下さい、そうすればどちらの方角にあるのかを教えてくれるはずです。

 これはこの魔導車に付属された新しい機能で “教会にある転移装置の魔力を元に場所を特定してくれる” という画期的システムなのです」


 一般的に旅と言えば町から町へと続く街道を進むので迷子になる心配など皆無だ。だがそうすると当然のように全ての町を経由する必要が出てきてしまう。

 馬車ならそれで問題ないのだが俺達が乗っているのは魔導車、馬車で一日の距離を一時間で走り抜けるのだ。町に着く度にスピードを緩めていては余計な時間がかかってしまう、つまりそれだけ魔石を消費しお金がかかるってことだ。


 だが行くべき方向が正確に分かっていればわざわざ街道を通る必要もない。障害物さえなければ一直線に、最短距離で目的地まで向かう事が出来るのだ。これが素晴らしいシステムだと言わずして何を素晴らしいと言うのだろう。時間もお金も最小限に抑えられる最高のシステムだ。



 そうと分かれば早速レピエーネの方向を確認し舵を切ったところで後ろからむんずっと肩を掴まれた。恐る恐る振り返るとムスッとした暴走怪獣が半目で俺を見ていたので背中をゾクリとしたものが駆け抜ける。


「そろそろ替わってくれても良いのではないですか?一人だけ楽しむのはズルいですよ」


 すっかり忘れていたが「後で替われ」と言われていたのだった。


「ごめーん」


 軽く返事をしたモニカは短いスカートなのもモノともせず、お行儀悪くも背もたれを乗り越え後ろの席へと移動した。

 入れ替わりで隣の席に降臨した暴走天使、彼女もまたチラリと見える白い太もも眩しき短いスカートを気にもせず、念願の場所に到達するなりにこやかな笑顔と共にその魔の手を操作球に乗せてくる。


──俺だけしか知らない……こいつがどれほどのスピード狂かということを。


『やらかした事を分かってるな?』と言うつもりでしっかりと青紫の瞳を見て頷けば『大丈夫よ』とばかりに満面の笑みで頷き返してくるサラ。非常に怪しく思いつつもココで駄目とか言うと機嫌が悪くなるのは目に見えているで、仕方なしに彼女を信じて操作を手離した。



 サラの魔力を受けぐんぐん加速して行く魔導車、魔力量の加減が分からずスピードが出ているのかと思いきや、心配になり横顔を見るがやはりそうではなかった。心底楽しそうなその顔は明らかに自らの意思でコントロールしている証拠。

 俺が運転していたよりも格段に早いスピードで疾走する俺の魔導車、最初は楽しそうにしていたモニカも雪も段々怖くなったのか見るからに口数が減っていく。


 それでも尚、最高スピードを試すかのように益々速さを増していく魔導車。


「ちょ、ちょっとサラ?そろそろ危ないからゆっくりにしてよ……ねぇ、聞いてる?」


 モニカの問いにも答えることなく、口角を吊り上げるという普段見たことのない不敵な笑みを浮かべて真っ直ぐ前を向いたままだ。『これは不味い』そう感じたところで気を逸らす作戦に踏み切った。


 俺の右側に座るサラの頬へと手を伸ばし、ソッと手を添えたところでようやくハッ!としてこっちを向いた。頬を少しばかり赤らめこっちを見つめるサラに優しく諭すように語りかける。


「危ないからスピードを落とそうか」



──それが良くなかった。



「前っ!まえまえまえまえまえぇぇぇっ!!」

「キャーーーっ!」


 モニカの悲鳴にも似た叫びが耳を突き魔導車の進行方向へと視線を移した直後、驚愕の表情を浮かべる人の姿が目に飛び込む。

 慌てて操作球に手を置き緊急停止と急旋回の操作をするものの、秒速二十メートルを超えるスピードでは止まるのも避けるのも時すでに遅く、ドンッ!という魔導車に伝わる衝撃共に前に居たはずの人間が物凄い勢いではじき飛ばされて行くのを目にしていた。



──殺っちまった!



 遊びで人を殺すなど断じて許される事ではない。サラも事態を飲み込んでおり青ざめた顔で目を見開き固まっている。

 あんなスピードで鉄の塊にぶつかられて無事でいられる筈がない。しかし、息さえあればサラの癒しの魔法で何とか一命を取り留めることが出来るかもしれない。


 一縷の望みにかけ魔導車が停止するのを待って飛び出した車外。慌てて駆け寄ってみたものの、その男は既に息をしておらず命が無いことが明らかだった。

 モニカに支えられてブルブルと震えながらもやって来たサラに向き直り首を横に振ると、青い顔から更に血の気が引いたように白い肌が不健康そうな白さを増しその場にへたり込んだ。


「サラっ!しっかりして……」


 モニカに覗き込まれるものの視点が合わず心ここに在らずのサラ。だが、危険な速度で走っているのを分かりながら操作を放棄させ横を向かせた俺にも責任はある。


 しかし、だ。


 冷静に考えると街道からも外れた何もない場所に一人で居るなんておかしい。周りを見渡してみるがやはり男は一人だったようだ。

 逃亡中の犯罪者か何かかと思いギルドカードが無いかと衣服を漁ってみと、それとは違うとんでもないものが見つかった。


 上着を広げ、見えたズボンからはみ出す細いロープの様なもの、それは紛れもなく尻尾だ。

 一瞬、獣人かとも思ったが獣の尻尾とは明らかに毛色が違う。何せそれには体毛の一本も生えておらずツルリとしているのだ。


 では、なんだという話になるが、つまるところ魔族である証だ。


 魔族は大陸の東の端、辺境と呼ばれる土地で暮らすはず。もしくは人間達に混ざり存在を悟られないようにしながら生きているのだ。

 こんな大陸の真ん中にいるのだから後者なのだろうが、そこで疑問が出てくる。ここは普通の暮らしをしている者が居るような場所ではない荒野の真ん中だという事だ。


 つまり人間達と仲良く暮らしている魔族ではない。


 そこで考えが行き着くのが過激派の魔族だ。奴等は以前、人気の無いところに魔石を作る為の装置を設置し瘴気を集めていた。もしかしてこの辺りにそういう装置が在るのでは無いだろうかと疑問が湧いてくる。



 しゃがみ込むサラの元に戻り抱き上げると彼女を連れて再び魔族の死体の横に向かう。

 その尻尾を見せればショックを受けている頭でも理解出来たようで目を見開いた。


「こんなところに一人で居る魔族、不審すぎるとは思わないか?俺はちょっと回りを見てくるからサラは魔導車で休んでろ、いいな?」


 そうして魔導車にサラを座らせるとモニカ達に彼女を頼み、俺は一人で偵察へと乗り出した。



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