33.口止め
「ダメっ!絶対ダメです!旦那様は良い人です、旦那様が居なくなってしまったらここで暮らす獣人達は……私はどうなるのですかっ!?
一度大森林から出て行った者に帰る場所がない事くらい獣人の貴方なら分かっている筈です。例えそれが自分の意図としなくとも私達に帰えれる場所などなく、一生をこの人間の世界で過ごすしか道はない。貴方達は今を幸せに生きる私達の生活の場を奪おうとなさるおつもりですかっ!?
お願いします、旦那様を貶めるような事はしないで下さい。私達の平和を取らないでっ!お願いします、お願いしますっ!!」
震えたまま、組んだ両手を祈るようにして胸に当てたミミをツィアーナが優しく包み込むように抱きかかえると、ミアが静かに扉を閉め、取っ手にもたれ掛かりながらその様子を見守っている。
ジェルフォもその様子を見ながら何かを考えるように視線を落として口を噤んでいるので、室内には外から聞こえてくる小鳥のさえずりが聞こえるだけとなった。
「獣人は危険だと分かっていながらも豊かな人間の生活に憧れて大森林を飛び出して行く者が後を絶たないと聞いた。俺は大森林がどういう場所かも分からないけど、獣人達が考えるほど人間世界が良いものだとは思えないな。
ミミはどうして大森林を出たんだ?」
ツィアーナに抱かれたままのミミの隣まで歩き、彼女に手を伸ばしたところでツィアーナに叩き返される。その様子にミアがクスリと笑いを浮かべたので行き場を失った手でコリコリと頭を掻いて誤魔化した。
「私は……確か、晩ご飯に食べようと木ノ実を取りに村を出て森にいた筈なのですが、いつのまにか森から出ていたようで、人間の町の近くにいるところをハンターの人に捕まったらしいです」
「ん?らしいってどう言う事だ?」
「人間に捕まるという事は、その者の人生を左右する大きな分岐点。それなのに、この館の獣人には一番鮮明に覚えていなければおかしい筈の捕まった時の記憶が曖昧な娘が何人もいる。
貴方はこの事をどう考えるの?」
目を細めて試すような視線で俺を見るミアと少しの間見つめ合っていたが考えてもすぐに答えが出るはずもなく、振り返って見たジェルフォもただ首を横に振るだけだった。
「ジェルフォはなんで男爵が密売をしていると知ってるんだ?何か証拠でもあるのか?」
「残念ながら証拠などありません。
ただ、誰にも気付かれないように深夜にコッソリとこの館を訪れる黒ずくめの男の存在が、男爵が裏で密売者と繋がっているようにしか思わせない。奴は気付かれないように屋敷に来てるつもりかも知れないが、残念ながら私は誤魔化されない」
「ちょっ、ちょっとジェルフォ!?そんな話聞いてないわよっ!」
「すまない、君を疑う訳ではないがこの屋敷の人間は男爵の事を慕っている者が殆どだ。もしもこの事が男爵の耳に入れば、警戒を強められて証拠となり得る男の存在が消えてしまう恐れがあった。だから屋敷の人間である君に屋敷の秘密を打ち明けるのは危険だと判断したのだ」
「つまり私よりこの男の方が信用がおけるって事なのね?貴方をこんなにしたこの男の事がっ!」
ミミを離したツィアーナの怒りのグーパンチが俺の肩に炸裂した。それを間近で見たミミが両手で口を押さえて驚くが、か弱い女性のパンチなど大して痛くはない。
ツィアーナと俺とではやれる事が違う事くらい理解出来るだろうに、それを差し置いてでも俺に怒りをぶつけてくるのは二人が親密な関係だからなのだろうか。他人の人間関係など知った事ではないが、それくらいでイライラが解消されるのなら安いものだろうと特に文句も言わなかった。
「でもそれを俺以外に聞こえるように口にしたという事は、この場にいる者は信用すると言うことか?」
「いえ、今しか貴殿に打ち明けるタイミングが無いと思ったから口にしただけです。ツィアーナは私の味方なので大丈夫だと思いますが……」
「思います、ですって!?」
更なる怒りに燃えるツィアーナに再び殴られたが、それはジェルフォにやってくれないかなぁと思いつつ、男爵と一番近しい関係のはずのミアに視線を移すと人差し指を口に当てニヤリと意味深な笑いを浮かべる。
「口止め料、何くれるの?」
やはりそう来ますよね〜、と思ったがそんな言葉が来ることくらい予測済みだっ!
「ジェルフォを好きにして良いよ。煮るなり焼くなり食べるなり、ストレスの解消にサンドバッグにしてみるなり、何にでも好きに使って?」
当のジェルフォはおろか、怒り狂っていたツィアーナも、成り行きを見守っていたミミも突然の鬼畜発言に固まり『今、何て言った?』と耳を疑っている様子だが、もう一人の当事者であるミアは思わずと言った感じで プッ と吹き出すと、お腹を押さえて大爆笑し始めた。
「ちょっと貴方!何で自分じゃなくてジェルフォが犠牲にならなきゃいけないの!?」
「あ〜、そこ?それはだな『戦士が負けて捕まったのだから私はどうなってもいい』って言った奴に言ってくれる?」
物凄い速さで振り返り キッ!とジェルフォを睨みつけた視線は『そんな事言ったの!?』と雄弁に語っている。この後二人の間でどのような話し合いが持たれるのか知らないが、「面白そうだからその様子を観戦しても良いですか?」……とは、また殴られそうなので聞けないか。
「ミミ、頼みがある。君が男爵を慕っているのは分かった。でもその男爵がこれからどうなるのかは分からないけど、ミミの為に出来る限りの努力はするよ。
例え男爵が捕まろうともこの屋敷の、君達の生活だけは必ず守ると約束する。だからお願いだ、俺が居なくなるまでの間で構わないから、この事はここだけの内緒にしておいてくれないか?」
「男爵が捕まればこの生活は終わり、そうでしょう?」
笑いが収まったミアが目の端に溜まった涙を指で拭きながら指摘してくる。
普通なら男爵が捕まった事によりエルコジモ男爵家が取り潰されて獣人の館も終わりを告げるのだが、それを回避する方法が無いわけではない。
「もしも男爵が居なくなったら俺がここを買い取るよ、それなら問題ないだろ?」
皆の驚く顔を想像して緩もうとする口元を必死になって堪えて澄ました顔を保ちつつ、机の上に大きめの皮袋を ドンッ とワザと大きめな音が鳴るように置けば、狙い通り内容物同士が打つかり合い鈍い金属音が聞こえる。
こちらの思惑通り想像がついたのだろう、注目が集まる中でゆっくりと焦らすように皮袋の紐を開けてみせれば金銀宝石が顔を覗かせ、その場の四人が四人とも目を丸くしてソレに魅入る。
「こっこれは……」
「凄いっ」
「何ですかコレ!?」
「ひゅ〜っ」
その様子が面白く、ならばこれもくらえ!と、もう一つ袋を取り出すと ドンッ という重たげな音と共に独特の金属音が聞こえ、それが金貨の目一杯詰まった袋である事を主張してくれたので、皆の目が更に見開かれる。
「ちなみにまだあるぞ?これだけ見せれば嘘や口先だけじゃないって理解してもらえるよね?」
盗賊団ブラックパンサーはどこからこんなに集めたんだというほどに金を持っていた。それを根こそぎ戴いて来たのだが、わりと贅沢な旅をしてきたにも関わらず大して減っている様子もなく殆どそのまま残っている感じだ。
こんなに自慢げに人に見せたのは初めてだが、正確な価値は分からずとも大金を持っている事に素直に驚いてくれて楽しかった。あまり長時間の出しっ放しもよろしくないと思いそそくさと仕舞ったが、その価値を一番把握出来たこの中で唯一の人間であるツィアーナの視線が俺の鞄に釘付けになっていたのは致し方ないのかもしれない。
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