34.獣人達の楽園
羨望の眼差しで見つめるミミに再度口止めの約束を取り付けると、何故か彼女の尻尾がくねくねと不可思議に動いていた。
あれは一体どういう意味があったのか……謎だ。
そんな彼女も置き去りに一人で庭をぷらぷらしていると、多種多様な綺麗な花が太陽に向かい元気に花弁を広げている。水を貰ったばかりの花達は陽の光を キラキラ と反射する水滴を青々とした葉に宿し、地面に撒かれた肥料の多さからも愛情を持って育てられている事を語ってくれる。
暖かな午後の日差しが降り注ぐ中そんな花壇を眺めていると、ここの獣人達も男爵が厳選したとはいえ、それぞれ違う場所から集められた色とりどりの花のように思えて来た。
男爵の方に非があるからとて彼女達を世話する存在を奪ってしまおうとする俺は、彼女達からすれば悪にしか見えないのだろうな。
──男爵の存在はそのままに密売を止めさせる、そんなに上手く事が運ぶのだろうか?
って言うか、俺はこの町に何しに来たんだろう?
レクシャサに言われるがままに目的も分からずパーニョンに来てはみたが、成り行きとはいえジェルフォの望み通りエルコジモ男爵の密売を暴く為にこの屋敷に留まり、今度は獣人達の生活を守ろうとしている。
──まぁ、目的が無いというのもたまにはいいか。思うがままに、したい事をしよう。
庭いじりがひと段落したようで、キャッキャッと楽しげな声を上げて追いかけっこを始めた人間と獣人の女の子達の姿を庭に生えている大きな木を背もたれにして物思いに耽りながら ボーッ と眺めていると平和だなぁとしみじみ感じてしまう。
ジェルフォの言ったように、ここが獣人にとっての楽園だというのもこの光景を見ていると頷けると言うもの。
彼女達獣人は基本的に大森林で生活している。だから人間の暮らす町では個体数が少なく殆ど見かける事がない。
それならばいっそ全ての獣人達が人間と共に暮らすようになり物珍しさが無くなれば、捕まえて奴隷にしようなどと考える事も無くなるのではないだろうか?
そうすれば彼女達がこんな人数の限定された狭い楽園で生活する必要もないのでは?とかなんとか考えてみるものの、言うは易し行うは難し、現実はそう簡単には行かないのだろうな……。
▲▼▲▼
「レイ様っ!レイ様ってばっ!起きてください、レイ様ぁ〜〜っ!」
いつのまにか降りていた重い瞼を少し上げれば茜色の空を背景に手をついて俺を覗き込むノアの姿がそこにある。一眠りして酔いが醒めたのか慌てた様子で俺の肩に手を置きユサユサと揺らしているので、起きてるぞと、そっと頬を撫でた。
「お〜、起きたか酔っ払いキツネ。二日酔いで頭が痛いとかはないようだな」
ホッ とした顔で俺の手に自分の手を重ねると頬をすり寄せてくるので、程よく膨よかなほっぺを プニプニ と摘んでみれば嬉しそうに目を閉じた。
「ハッ!違うっ、違うんですっ。先程は申し訳ありませんでしたっ!まさか酔っ払って寝てしまうなどメイド失格です。お許し戴けるのであれば何かしら埋め合わせを……」
ジュースとは違い、葡萄を発酵させたワインとは酔う為に飲むものであって、逆に言えば酔わなければワインを楽しんだとは言えないと俺は思う。それなのにワインを渡した俺に「酔ってゴメン」とか意味不明も良いところだ。
木にもたれて四肢を投げ出す俺に覆いかぶさるようにして覗き込んでいるノアを引き寄せると、突然の事に可愛らしい小さな悲鳴をあげて俺の胸を枕にすっぽりと収まる。
「じゃあ、ちょっとだけこうしてて」
「…………はい」
それ程までに罪悪感を感じているのか、はたまたメイドとして逆らってはいけないと我慢しているのかは知らないが、身動ぎもせずにただ黙ってなすがままされるがままの彼女に『悪い事したかな』とは思ったが後の祭りなので『まぁいいか』と軽い感じでそれを振り払うと、目の前でピンと立つキツネ耳に触れてみたのだが ビクッ としたので俺もびっくりして手を引っ込める。
エレナもそうだが獣人にとっての獣耳とは敏感なようでエレナのなら御構い無しで触り放題なのだが、例え嫌でも拒否しそうにないノアの耳は触らない方が良いのかもしれない。
物凄く触りたい欲望に駆られながらも我慢して頭を撫でると緊張して堅くなっていた身体から力が抜けて行くのがよく分かる。
「レイ様……」
十分くらいそうしていただろうか。可愛い妹を愛でる感覚で柔らかな金の髪を撫で続けていたらノアから小さく呟くような声がかかる。
「そろそろ夕食の時間です。きっとご主人様はお待ちになってますよ」
もう少し堪能したかったが人を待たせるのもあまり良くないだろうし、何よりノアは俺を呼びに来たのだからいつまでも戻らないとノアが叱られてしまう。
「あっ……」
じゃあ最後にと思い両手で抱きしめてキツネ耳の間に顔を埋めると、日差しをいっぱい受けてふかふかになった布団のような、太陽の匂いがした。
「よし、行こうか」
彼女の肩に手を置くと身動ぎすらしなかった体が動き始めてゆっくり起き上がると、顔が目の前に来たところで動きが止まる。
丸い目の中にある俺と同じ金色の瞳に見つめられドキリとしてしまったが……ノアは俺のものではない。
「ほら、行くぞっ」
俺の声で再び動き出して立ち上がると、その横に並び屋敷の入り口へと歩き始めた。
「夕食も一緒食べてくれる?」
「え?でも……私はメイドですよ?獣人ですよ?」
「男爵だって四人の獣人と一緒に食事するんだろう?みんな怒って帰っちゃったし、俺だけ一人ぼっちとか寂しいじゃないか。ノアは俺と食事するのは嫌か?」
「いえいえっ!とんでもありませんっ!ただ……私はただのメイドなのに、あんな贅沢な料理を私だけ食べて、なんだかみんなに悪い気がするのです」
「そう、ノアは優しいんだな。じゃあこうしよう、お客様の命令だ!な〜んてなっ」
「ぷっ、あははっ。何ですか?それ」
「いけないか?」
「いいえっ。かしこまりました、お・きゃ・く・さ・まっ」
にこやかに微笑むノアの手を取り食堂へ向かえば彼女の言う通り男爵は俺達を待っていた。ノアを昼食と同じように隣に座らせると苦笑いを浮かべたが、それ以外は特に気にする様子もなく、彼の得意分野である獣人についての話を聞きながら楽しく食事をした。
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