35.間違いは誰にでもある

「あ、リリィ?」


 客室へと通された俺は遠慮なく風呂に浸かりながら通信具へと魔力を通してリリィを呼び出す。だがその第一声は彼女の気分を雄弁に語っていた。



⦅どちら様ですか?⦆



 ずいぶんお淑やかな余所行き声で帰ってきた拒絶とも取れる返事に『げっ……』と思うが、リリィがこの様子という事はまさか「ペット欲しい」発言にみんなして怒っているのか?


「え、あの……リ、リリィさん?俺は貴女の旦那様になる予定のレイシュアなのですけど……」


⦅あぁ、人違いですね。それではっ⦆


 一方的に切られた通信に『これは不味い』と思うが、顔も見えない上に “抱きしめる” という俺の常套手段も使えない……さて、どうしよう?


「リリィ、聞いてくれっ。アレはただの演技で……」

⦅五月蝿い!⦆


 再び切られた通信に呆然とし、このまま湯船に沈んでしまいたくなるが、ここで退いたら俺の負けだと思い気合いを入れ直す。


「リリィ、聞けよっ!」

⦅うざっ!!⦆


 少しも話を聞こうとしないリリィの態度に『この野郎……』と怒りが湧くが、今まで連絡もしなかった俺にも非はあるのでここは我慢だ。


「リリィっ!」

⦅五月蝿い!⦆



「聞けよ!」

⦅話しかけるな!⦆



「お前いい加減に……」

⦅うざいって言ってるでしょっ!!⦆



「いいから……」

⦅聞かない!⦆



「なぁ、リリィ……」

⦅魔力の無駄!⦆



「リリィ……」

⦅ちょーうざっ!もーいやっ!話しかけるなっつってるでしょ!!!⦆



「…………」

⦅何か言いなさいよ⦆

「……ごめん」

⦅ふんっ!謝るなら最初から言わなきゃいいでしょ!?⦆

「……ごめん」

⦅何がごめんよ、ペットと精々仲良くしてればいいじゃない⦆

「……ごめん」

⦅あんたなんか嫌いよっ!⦆

「……ごめん」

⦅……あぁぁぁぁぁっ!もぉっ!うざいっ!!!⦆

「……ごめん」

⦅…………ばか⦆

「うん、反省する」

⦅今更反省しても遅いわよっ⦆

「……リリィ」

⦅…………ぁによ?許してなんかやらないわ⦆

「……愛してるよ」

⦅……………………ばか⦆


 通信には出るものの一言で叩き切られたが、忍耐と根性の連続通信でようやく会話が成立すると、少しはリリィの気も収まったようだった。



──だがそこに思わぬハプニングが舞い込んで来る



⦅あのねぇ、貴方達が通信具をどう使おうと何も言うつもりはないけど、そういう痴話喧嘩は二人だけでやってくれるかしら?それとも何?私に見せつけたくてワザとやってるの?新しいプレイか何かなのかしら?⦆


 突如聞こえてきたルミアの声に心臓が飛び出すかと思うほどの衝撃が駆け抜けていく。それはリリィも同じだったのか、いつもならすぐに反論するだろう彼女も黙ったままでいる。


「あ、あれれ〜?もしかして全員通信になってた?」

⦅何すっとぼけてるのよ。嫌がらせなの?仲が良いのも大概にして頂戴。愛の告白は二人でやりなさい、いいわね?⦆


 チュンッ という変わった音が聞こえルミアの声が聞こえなくなったので、ルミアの通信具とは切断されたのだろう。


「あはは……ルミア苛ついていたな」

⦅あははじゃないわよっ、ばか。顔合わせ辛くなるような事しないでよね⦆

「いや、ごめん。でもリリィも悪いんだぞ?話くらい聞いてくれたら俺がムキになって間違える事もなかっただろうに……って、俺が最初に説明しなかったのが悪いのか、ごめんな」

⦅ふんっ!それで、せっかく気分転換にお風呂に入ってたのにそれを邪魔してまで聞いて欲しい言い訳って何なのよ⦆

「おおっ、俺も風呂中だぜ?一緒だな。それでな……」


 黙って話を聞いてくれるリリィに俺が男爵の屋敷に留まることにした経緯と、屋敷の状態とを説明すると大きな溜息が聞こえてくる。


「それで、頼みがあるんだ。エルコジモ男爵の所有する獣人の登録証明を調べて欲しい、全員分な。偽装の疑いと、登録の際の場所に偏りがないか、後は獣人の入手経路くらいかな。特に記憶の曖昧なミミっていう猫の獣人は偽装の可能性が高いから念入りに頼むよ。イオネに頼めばやってくれるだろう。

 あとついでにみんなの誤解を解いておいてもらえたりすると助かるかなぁなんて思ったりもして?」


⦅はぁ……勝手な物言いね。まぁいいわ、調べるのは伝えてあげるから任せなさい。言い訳の方は一応伝えてあげるけど、自分でなんとかするのね⦆


「ありがと、それで十分だよ。あと一日二日はコッチに居ると思うから……」



ガチャッ

「失礼しま〜すっ……あれれ?レイ様、居ない?おっかしいなぁ……」



 その時、扉の開く音と共に誰かの声が聞こえて来た。こんな時間に部屋に人が来るなどとは思ってもいなかった事もあるが、俺が喋っているところを聞かれなければ分かる筈もないのに、リリィと通信具を通して話していた事がバレるような焦りを感じてしまう。


「やべっ!人が来たから切るぞっ、じゃあ調べ物は頼んだからな!おやすみっ」

⦅あっ!ちょっと、レイ!?アンタ、今お風呂って……⦆


 リリィが何か喋る中、慌てて通信を切ると間髪入れずに風呂の入り口のカーテンが シャーッ と勢い良く開けられた。



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