32.密かな思い

 総勢四十二名のお披露目は一時間近くかかり、チビチビとワインを呑みながらただ見ていただけだったが一人一人丁寧に自己紹介してくれるので俺の方が緊張してしまい、会釈をした程度の軽い挨拶を返していただけなのに終わりと聞かされた時にちょっとばかり疲れを感じた。


 ネコの獣人が多く、次いで犬やヤギ、ライオン、トラにシカにネズミにと上げればキリが無いくらい実に様々な種別の娘達が姿を披露してくれた。中でも印象的なのがウシの獣人、種別を聞かされた時に思わず胸に目が行ってしまい少しばかり ムッ とされたが彼女の胸が牛のように大きい事はなかった。


 面白かったのは、最初の十人くらいだけではあったが扉を開けて部屋の中を見た瞬間に「は!?」とか「え!?」とかという驚いた顔をした事だ。

 すぐに平静を取り戻してはいたが、もちろんその理由は俺の隣で彼女達をお出迎えしたノアとミミの姿を見たから。途中から彼女達の間に情報が回ったらしく驚かなくなったが、逆に呆れたような顔を見せるようになった。


「どうでございましたか?全て私が直接赴いて厳選した娘達、見目美しいコレクションにございます。獣人とは人間よりも美しい娘が多いのも特徴の一つです。共に生活するだけでも心が癒される、そんな気分を味合わせてくれる癒しの存在なのです。

 如何でしょう?興味を持って頂けたのならこれを機に獣人の一人でも購入してみませんか?」


 実に沢山の獣人がさして大きくも無い屋敷の中でそれぞれの役割をこなしながら生活を共にしていることに驚き、まさしく獣人の館と言うに相応しいなとは思ったが、全員の表情が意外にも明るく、思っていたより伸び伸びと生活している様子が垣間見えた。


「レイしゃま〜、わたしぃも自己紹介いたしまひょうかぁ?」


 隣から聞こえてきた声が呂律が回っていない事にびっくりして視線を向けると、空になっているワインの瓶を抱きかかえたノアの目が眠たげに半分しか開いていなかった。


「お前、それ一人で空けたのか?そんなに呑んだ事ないって言ったくせに、呑み過ぎだぞ?」


「えぇ?そうれすか?まぁ、既に呑んでしまったのでしゅから今更言われても困りましゅよぉ〜?戻せと言われたら戻しましゅが、そういう趣味なのれすかぁ?レイしゃま、きったなぁ〜いっ、キャハハッ。


 それは置いといてでしゅねぇ〜、わたちの名前はノアっ言うんれすぅ、えへへっ。年はピチピチのイケイケの食べ頃二十二歳!二十二歳なんですぅよぉ!うふふっ。種別はなんとっ!なんとなんとっ!!ただのキツネちゃんなのれす、はい、ざんね〜んっれしたっ。ごくごくふちゅ〜の獣人さんなんれすね、ざんねんっ。だかられすねぇ、メイドなんて小間使いみたいな仕事を、あ〜たえられておるんでしゅっ、あははっ。これがまた色々と大変なのれすよぉ?聞いてますぅ?レイしゃま〜っ……」


 フワフワと気持ち良さそうに前後に揺れていたノア。終いには俺の首に手を回し抱きついて来たのだが、どうやら眠かったようでそのままウトウトと意識を失いかけている。


「こっ、こら!ノア!?寝るんじゃないっ。お客様の前でなんて態度!申し訳ありませんハーキース卿。彼女の言う通りノアは獣人としては珍しくもない種別なのですが良く働く活発な娘でして、いつもはキッチリしているのですが……その、アルコールには弱かったようでして粗相を……」


 もしかしたら気の荒い貴族なら「奴隷が何をする!」と怒ったかも知れないが俺は特に何も思わない、と言うか可愛いなぁくらいにしか思わなかったので謝られても逆に申し訳無く思えてしまう。


「男爵、彼女を休ませてやりたいのだが構わないか?」


「は、はいっ。お気遣いありがとうございます。ミミっ!ノアを部屋に連れて行ってくれ」


「あ、いや、案内だけ頼む。ミミ一人じゃ大変だろ?俺が運ぶよ」


「いえっ!滅相もございません!そのような事をハーキース卿にさせるわけには……」


「いいって、いいって。俺なんて所詮は冒険者上がりのポッと出なんだ。これくらい何でもないよ。別に悪戯しようとかは無いから問題ないだろ?さっ、ミミ、頼むわ」


 もう既に夢心地となっているノアを抱きかかえて立ち上がると、それでも慌てて俺を止めようとする男爵の姿をどうしたら良いのか分からない様子のミミが呆然と見ていた。


「こっち」


 いつのまにか扉の前に居た銀狼の娘が手招きするので何故か必死になって止めようとする男爵を置き去りにして歩き出すと扉を開けてくれる。


「ミア!?こらっ、戻って来なさい!ハーキース卿、そのような事は他の者が……」


 ミアが目で送った合図によりミミもサッと動くと、俺に続いて部屋から出てまだ何かを言っている男爵の声が聞こえる中、軽く頭を下げて丁寧に扉を閉めたので煩わしい声は聞こえなくなった。




「ありがとう」


 別にどうしてもノアを運びたかった訳ではないが、助け舟を出してくれたミアに感謝の意を伝えるとチラリと横目で振り返っただけで何も言わずに トコトコ と廊下を歩いて行く。横に並んだミミも特に何も言わないので静かな廊下を四人で進み、二階に上がって少しの所にある部屋の前で立ち止まった。


 無言のミアが開いた先は安宿のようなこじんまりとした部屋。一人用のベッドと机と椅子があるだけでその他のスペースなど殆ど無い殺風景な部屋で、寝るだけにしか使っていないのだろうと安易に想像できる。


 俺が部屋に入ると二人は廊下で待機したまま、パタンと音を立てて扉が閉められた。


 疑問には思ったが一先ず置いておいて、口の端にヨダレまで垂らして幸せそうに眠るノアをベッドに寝かせると布団を掛けてやり、ついでにヨダレも拭いてやる。


「レイ……さまぁ……の、えっちぃ……」


 俺は何もしていないので『待てコラ!』と突っ込んでやりたくなったが本人は夢の中。しょうがない奴だなと微笑ましく思えて、仕返しにオデコにキスをすると頭を一撫でしてその場から離れた。



「うわわわわっ」


 閉められた扉を開けるとミミが倒れ込んで来て驚きつつも抱き留めると、ミアは片手を耳に当てた格好のままで立っている。まさか二人して聞き耳を立てていたのか?何を期待してんだ、コイツら。


「あのなぁ……」

「つまらない男」


 やっぱり試したのねと溜息が出たが、普通に考えたらそう取られてもおかしくはないのかと自分の軽率さに反省する。


「いくら可愛い娘でも同意も無しにというのは嫌いだね。だいたい、女性には困っていないよ」


 逆の意味で困っている!と自分で自分に突っ込んでみたが、それに関しては “自業自得” の一言に尽きるので虚しい自問だ。


「ふぅぅんっ」


 目を細めて近付くと俺の首に手を回し、背の低い彼女らしく胸に顔を埋めて来る。そんなには大きくはないが柔らかな感触が腹の辺りに伝わり「お?」と少しだけ反応しそうになったが何のつもりだか分からずそのままにしておくと上目遣いで見上げてきた。


「私が誘っても?」


 女性にしては少し低めのハスキーな声で男を誘う怪しい視線を投げかけて来るが、ただ試したいだけなのが見え見えで答える気にすらならない。小さく吐いた溜息で応えてやると、ちょっとムッとした顔で俺から離れていく。


「ミミなら良いの?」


 そんな話題を唐突に振られて「えっ!?」って顔で半歩後退るので吹き出しそうになるが、『冗談だよね?』と書いてある顔で引き攣った笑いを浮かべている。


「ミミは同意してないぞ?」


 言わなくても分かる事を敢えて言葉にしてやると不機嫌そうに プイッ と廊下を戻り始めるので、黙ってそれに続いた。


「あの……すみません。私まだ経験なくって……その……あの……私をご希望されますか?」


 横に並び緊張気味に聞いてくるミミ。男爵の奴隷となった時から奴の求めには応じるしかない筈なのに経験が無いというのが意外だったが、ミミは奴の好みではない?

 いやいや、獣人と言えば最低でも金貨千枚近くはすると聞いている。いくら貴族と言えども安い買い物ではない筈、好みでない者をホイホイと買えるほど金持ちには見えないので実は男性としての機能が弱いとかそう言った理由なのだろうか?


「そんな事わざわざ言わなくても良いんだよ。大体、俺は別に君達を食べ散らかしに来た訳じゃない。獣人の館と言われるこの屋敷で君達がどんな生活をしてるのか興味があるだけだよ」


 あからさまにホッとした様子で両手を胸に当てる彼女を微笑ましく見ていると、ミアが再びチラリと横目で見てくる。彼女は男爵のお気に入りとしてこの館で獣人達の上に君臨する存在のようだ。俺の腹積もりを男爵に代わって探りに来た、そんなところなのだろう。


「ミア、頼みがあるんだけど聞いてくれないか?」


 再び横目で見てくるが今度は視線を戻す事なくそのまま俺の言葉を待っているような感じで、どうやら聞くだけ聞いてはくれるらしい。


「女性の獣人には会えたが、まだ男の獣人の顔は見ていない。出来れば見てみたいから紹介してくれないか?あと、ジェルフォ。さっきは調子に乗ってやり過ぎたから直接謝りたい、容態が良ければ引き合わせてくれ」


 視線を戻したミアは何も答えることなく何事も無かったように一人で トコトコ と前を歩く──あれ?これはダメって事なのか?


「勝手ね」


 短くも要点を突いた一言は彼女が何を言いたいのか如実に語っていた。事情があるとはいえ、あれだけ派手にやりたい放題やるだけやっておいて後から「ゴメン」とか虫が良いと取られても仕方のない事だろうな。ちょっと不味ったかな……




 男爵が待つだろう食堂の隣の部屋、扉を通り過ぎざまに軽く コンッ と叩いただけで止まる事も無く廊下を歩いて行くミアを不思議に思いながらも黙って付いて行くと、歩きながらミミが顔を近付けてきた。


「良かったですね、許可してもらえたみたいですよ」


 小声で囁いたにも関わらず チラッ と視線を向けてくるミアの耳の良さに驚くと、それはミミも同じだったようで ギョッ とした顔でそそくさと俺から離れた。


 少しして扉の前で立ち止まったミアがクルリと振り返り、視線で入れと訴えかけてくる。

 一応のマナーとして軽くノックをして扉を開けば、そこそこ広い部屋の奥にある窓が開いており心地の良い風が通り抜けて行った。


 間隔を空けて並べられた二つあるベッドの窓際側の方に横たわる大柄な男と、その横の椅子に座っている白衣の女性の二人だけがいる部屋。

 振り返ったお姉さん感が漂う女性は、今にも落ちそうな状態で鼻にひっかかった横に細長い眼鏡を指で摘んで持ち上げたので、その仕草になんだかとても “出来る女” を感じた。


「そう、ジェルフォをこんなにしたのは貴方なのね?何しに来たの?」


 嫌悪感すら漂わせる明らかな拒絶の言葉を受けてたじろぎそうになるが、加減したとはいえ俺がやったことには変わりないのでその言葉を素直に飲み込んだ。


「ちょっと謝りたかっただけだ、起きてる?」

「謝る?……勝手ね」


 ミアと同じ憤りと共に大きく溜息を吐いたお姉さんは立ち上がると腰に手を当てて立派な胸を揺らしながら ツカツカ とヒールの音を響かせ、入り口で立ち尽くす俺の前まで来ると敵意を孕んだ視線で ジッ と見つめて来るので逃げ出したい衝動に駆られる。


「貴方はどうしたいの?ジェルフォ」


 視線はそのままにベッドに横たわるジェルフォに声をかけると、それを合図にムクっと起き上がり苦笑いを向けて来るので、ちょっとやり過ぎたかと思ったが予定通り無事な様子に少しばかり安心した。


「ツィアーナ、そんなに突っかからないでくれ。彼が本気なら俺は既にこの世に居ない。ならば何かしらの意図があってやったことなのだろう、そう思って間違いないですな、ハーキース卿?」


 俺の魔法のコントロールのおかげか、はたまたジェルフォの身体の丈夫さからか、身体中に包帯の巻き付けられた見た目に反して大したことが無い様子でベッドに腰掛けたジェルフォに笑顔で応えた。



 ツィアーナと呼ばれた医者っぽい女の肩に手を置き横をすり抜けようとすると、それが気に入らなかったようで身を捩って俺の手を振り払う──あれあれ……初対面なのにずいぶんと嫌われたものだな。


「ジェルフォ、この館は何だ?」


 心地の良い風の来る外を眺めながら真っ直ぐ窓まで歩き、開け放たれた窓枠に腕を乗せ身を乗り出せば、長閑な庭先で庭いじりをする何人かの女の子と、それに違和感なく混じる自己紹介に現れた二人の獣人が楽しげに会話しながら作業をしている様子が目に入ってくる。

 その向こうには細身の獣人の男が畑を耕す姿もあり、何人かの人間の男が熱心にやり方を指導している。「そうそう、やれば出来るじゃないか」そう言ってにこやかに肩を叩いているのが声の届かないこの場所からでも見て取れるほどに、人間と獣人という枠を感じさせないやり取りは “平和” と言う以外の何物でもないだろう。


「男爵は自分の気に入った獣人を集めてここに住まわせています。だが決して獣人達を虐げている訳ではないのでここでの生活を不満に思っている者は少ない。贅沢が出来るわけではないが、それでも大森林での生活とは違い与えられた仕事さえこなしていれば安全に楽な暮らしが出来る、この館は人間世界における “獣人の楽園” とも言える場所だ。

 その点においてはこの館を、男爵の行動を否定する要素は無い。


 しかし男爵の財力にも限りがあり、恐らくそろそろ限界の人数なのだろう。つまりは限られた獣人しか入ることの出来ない人数制限のある楽園なのだ。


 では、この楽園に入れなかった他の獣人達はどうなる?人間世界において獣人が手厚く保護される事など稀な筈、そんな世界に無理矢理放り込まれるなど許せる事ではない。だから私は、この楽園を壊してでも密売を減らしたいのです。

 その為にどうか力をお貸し願いたい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る