31.開催!獣人コレクション

「どういうつもりだ。あれは明らかにやり過ぎだろう?まさか殺すつもりだったのではなかろな?」


 細めた目から鋭い視線を放つイオネを無視して、横たわるジェルフォの胸に手を当てて癒しの魔法を使い始めたサラの腕を取り上げ無理矢理立たせると、皆に見えるようにキスをした。


 いつものように愛情を込めてするキスとは違い、ただ気を逸らす為だけの行為。唇を重ねながらも明らかに動揺して身を離そうと抵抗するサラと目を合わせ『俺を信じろ』と心の中で強く念じる。

 それが伝わったのかどうかは分からないが何かを感じてくれたサラは抵抗を止めると、静かに目を閉じた。


「ごめん」


 唇を離した際に小さく謝っておいたがそれで許してくれたかどうかは分からないし、これからまだ火に油を注がねばならぬので心苦しい思いで一杯だ。


 部屋の入り口で待機していた俺達に棒を渡してくれたキツネのメイドさんに近寄り肩を抱くと、精一杯の悪人面で白い歯を見せ口の端を吊り上げてみた。


「エルコジモ男爵、彼のお陰で少しばかり獣人に興味が湧いた。差し障りなければ俺に良い獣人を紹介してくれないか?そうだな……彼奴みたいな屈強な戦士も遊び相手にはいいかも知れないが、この娘のように可愛い娘が良いな」


 されるがままの ポカン としていたキツネメイドだったが俺を見てみるみる顔が強張っていくので、それなりに悪人面も様になっているのだろう。


「貴様っ!何を考えている!?」


 モニカ達が俺の訳の分からぬ行動をただ黙って見守る中、未だに俺への信頼が紙より薄いイオネは最初に見せた般若のような形相で当然のように食ってかかる。


「愛人は不味いかもしれないけどペットならば話は違う。それくらいは許可してくれるんだろ、サラ?」


 ジェルフォに触れたサラは彼の容体がどの程度かはおおよそ把握したはずだ。熱で多少の火傷はさせたけど服を焦がした程度で然程のダメージは与えてはいない。どうなっても良いと言ったんだからこのくらいの演出には付き合わせても文句はあるまい。


 愛人発言にちょっと ムッ とした表情を浮かべながらと ツカツカ とイオネの横に行き腕を取ると、般若化した彼女と二人して俺を睨んでくるので『本気じゃないよね?』と焦りを覚えた。


「あの人は獣人がお気に召したようですね。あんな人は放っておいて私達は宿へ帰りましょう。ちょっとヤケ食いに付き合ってちょうだいっ。みんな、帰るわよ」


『本気じゃない……よね?演技だよね!?』と再び心の中で問うてみるが返事などある訳がない。


 背中に流れる冷や汗の冷たさにゾクリとしたが怒った素ぶりでイオネの腕を引き部屋から出て行く二人に続いて悲しそうな顔の雪を抱いたモニカとティナが退出し、本日機嫌のよろしくないリリィが ムスッ とした顔で腕を組み冷たい目で睨みつけながら通り過ぎて行くのを黙って見送ると、青い顔のままのエルコジモがようやく状況を飲み込み動き出した。


「ハーキース卿、宜しかったのですか?王女殿下は大層不機嫌なご様子でしたが……」

「あ〜、いいのいいの。それよりさ、男爵のペット達を紹介してくれよ」


 だいぶ歳上の人にタメ口というのも本来なら気が引ける事だが、奴より俺の方が上だと認識させるのには致し方ない。まぁ目上の人だと敬う気持ちがカケラもないというのもあるけど、ね。




 一先ず昼食をと誘われて再び食堂へ向かうと、さっきまでジェルフォが立っていた奥の扉の前には鎧を着た別の男の姿がある。頭に獣耳が無いことから人間なのは見て取れるが、この屋敷に男爵の他に人間もちゃんといるのだと初めて認識した。


 席を勧められて座ると俺の向かい側に男爵が座り、お気に入り四人の獣人も彼を挟んで二手に分かれて席に着いたので、じゃあ俺もと、一緒に歩いて来たキツネメイドさんを隣の席に座らせた。


「あの……私には仕事が……」

「男爵、この子が仕事をしないと屋敷がどうにかなってしまうとかあるのか?別に今くらい俺の隣で一緒に食事しても問題ないよな?」


 困り果てた様子でオロオロしていたが、そこに男爵の決定事項が放り込まれる。


「ノア、ハーキース卿はお前の事がお気に召したようだ。大切なお客様の希望とあらばそれに応えるのもメイドとしての仕事だよ、分かるね?」


 意外にも優しい口調で諭すように教えを説く男爵に「お?」と疑問符が上がるが、卑しい顔をしているこの人も実は優しいオジ様なのか?獣人達を密売人から買取り、手厚く保護して共に生活を送ることで眺めて満足している…………なぁんてわけないよなぁ。



 俺の命令で渋々席に座っていたノアと呼ばれたキツネメイドさんも、自分の主人の言うことには逆らえないようでキチンと座り直すと一度俯き心を決めたのか、再び上げた顔には素敵な笑顔が溢れていた。


「ノアをご所望なら一晩お貸し致しましょうか?」


 獣人コレクターのエルコジモ男爵が選んで集めただけあり少しだけ丸みを帯びた輪郭に整った美人顔のノアだが優しそうな丸い目がどこか幼さを感じさせる雰囲気があり、それが俺を惹きつける。美女集団である俺の嫁さん達と比べたらいけないかもしれないが世間一般的からしたら十分に美人、というより可愛いと思う……ってなんの評価だよ!


「ノアって名前なのね。この子もサラに負けず劣らず可愛いけど、他の娘も見せてくれよ。あぁ、ついでで良いけど、さっきの彼の他にも男の獣人もいるのか?居るなら一応どんな獣人がいるのか見てみたい。ほら、俺は冒険者からの成り上がりだろ?金持ちのペットなんて見る機会なくてさ、今まで獣人なんて殆ど見たことないんだよね」


「そうですな、そういうことでしたら私のコレクションをご覧に入れましょう。何せこの屋敷は獣人の館などと異名を持つほどに獣人がたくさん居ますからな。そこらの奴隷商人のところより多くの種類がご覧になれるでしょう、後ほどのご紹介を楽しみにしていてください」


 そんな俺達の会話に溜息を吐きたそうな顔を隠している感じのエルコジモ男爵のお気に入り四人衆だったが、ただ一人、銀色の髪と銀色の犬の耳を持つ切れ長の目が冷たい印象を与える娘だけは楽しげに俺を見ていた。


 奴隷の癖に!と怒られてもおかしくない頬杖を突いての上から見下すような不敵な笑み。テーブルの向こう側に座る彼女の水色の瞳に吸い込まれそうな感覚になり、そのまま見惚れてしまった。ちょっと前のコレットさんを思わせるような淫靡な感じで小さく舌を覗かせると、血色の良い赤い唇にゆっくりと這わせて行く様子にゾクリとしたものを感じる。


「こらこらこらっ、ミア!何してるんだ!ハーキース卿、駄目ですっ!此奴は駄目なのです!ミアは銀狼という超がつくほどのレアな獣人でして、SSランクの白ウサギに続くS+ランクの獣人なのです。いくらハーキース卿の希望といえどもミアだけは渡せませんよっ」


 今日イチの大焦りで立ち上がり、見詰め合う俺とミアと呼ばれた銀狼の娘との視線を遮ろうと机の上に片手を突き身を乗り出すと、男爵とミアの間に居た銀の長い毛を フサフサ と生やしたネコ耳娘に寄り掛かりながらも アタフタ ともう片方の手を伸ばして振り回す。


「彼女の了承が有ってもダメ?」


 わざと男爵を焦らせて楽しんでいるのか、顔を乗せている方の手の小指をチロチロと舐めて挑発する様子に心の中で乾いた笑いが止まらなかったが、当の男爵の方は気が気でないようで、その後の食事中に「ダメですからね!」と何度も念を押してきた。



▲▼▲▼



 昼食を共にしたメンバーのままで食堂の隣の部屋に移ると、入り口正面の奥に三人掛けのソファーが三本横一列に並べてあったので『俺が客だ!』とばかりに真ん中のソファーの更に真ん中に偉そうにドカッと座ってやった。


 特に何も思わなかったのか、はたまた最初からその予定だったのか、男爵達は両脇のソファーに別れて座ると、一番最初に出迎えてくれた青い髪のネコ耳メイドさんがワゴンを押して現れグラスに注がれたワインを手渡してくれる。

 ミアを含む男爵四人衆の獣人達もそれぞれグラスを受け取っているという事は、どうやら彼女達は他の獣人とは違い特別待遇されているようだ。


 それならばと俺の隣で大人しくちょこんと座っていたノアにグラスを渡したのだが意味が理解出来なかったようで、両手で大事そうにグラスを持ったままキョトンとして固まる。


「飲める?」

「え……あ、はい。一回だけ飲んだ事はあります」


 その様子がこれまた可愛くてちょっと前に別れたベルを思い出したが、モニカといい、雪といい、どうやら俺には妹属性があるらしい。


 俺用にもう一つのグラスを渡し終わったネコ耳メイドさんがソファーの後ろ側に回わると、ここが定位置とばかりに男爵と俺の座るソファーの間で両手を前で重ねて姿勢正しく立っている。


「ねぇ、君も良かったらここに座らない?」

「はぃぃっ!?わ、私でございますか?」


 茶色に黒の模様の混じった三角のネコ耳をピンと立て、言われる筈のない突然の申し出に戸惑っているので悪い事したか?と少しだけ不安になったが、今の俺様はサルグレット王国第二王女の婚約者という偉いお客様なのだ。その立場を上手く使うには横柄な態度でいた方が男爵の屋敷の中で自由が効くだろう。


「ミミ、ハーキース卿のご希望だ。おっしゃる通りに」


 若干呆れたような、疲れたような、そんな雰囲気を醸し出した男爵だったが、お気に入りの四人衆じゃなければそれ程文句も無いようで、すんなりと受け入れてくれるらしい。


 それでも『良いのかな』と遠慮がちに浅く腰掛けるミミの様子を見ていると、緊張からかピンと真っ直ぐに伸びた茶色地に黒の模様の細長い尻尾が目に付く。優しく掴んでみれば ビクッ として目を見開き『何してるの!』と抗議する顔を向けられた。


「ごめん、駄目だった?」

「い、いえ、大丈夫です。普段触られる事がないので少し驚いただけです」

「あ、そうなんだ。嫌じゃないのならいいけど……尻尾って耳と同じ色をしてるんだね」


 するとミミと呼ばれた彼女とは反対側から頬を撫でる柔らかな筆のような感触がしたので何かと思い振り向くと、微笑むノアのフサフサの尻尾が彼女の顔のすぐ横にあり、如何にも『見て』と訴えかけている。


「レイ様、獣人が獣の姿に変身出来るのをご存知ですか?獣の耳と尻尾を残して人間の姿を取った状態を獣人と呼ぶのです。ですから耳と尻尾が同じ色なのは当たり前なのですよ」


 そう言って両手で持って口を付けたグラスには、手渡したときの半分の量しかワインが残っていない。酒の力とはいえ先ほどよりだいぶ砕けた感じで接してくれるのは嬉しいことだが、ちょっとばかり飲むのも早ければ酔っ払うのも早くない!?ついさっき渡したばかりだぜ?



 俺達が落ち着いた頃合いを見て男爵が手を叩くと扉が開いて一人の女の子が姿を見せたのだが、正面のソファーに座るノアとミミの姿を目にすると『何してるの!?』と驚いた顔で固まるのが面白い。


 すぐに気を取り直し笑顔で部屋へと入って来たのは、何故かオタマを持ち、白いコックコートに身を包んだ赤と金を混ぜ合わせたような綺麗な髪色の娘で、緩いウェーブのかかった肩までの髪をふわふわと揺らしながらオタマを片手に腰をくねらせ俺の前までカッコよく歩いて来る。


 その頭には少し毛の長い金色のネコ耳がピクピクと動き、本来黒地のズボンを合わせるコックコートなのに彼女の履いた短いスカートから生える細長い尻尾もノアの説明通り同じ毛色で長めの毛が生えており、それをアピールするように歩くのに合わせて左右に大きく動く度に柔らかそうな毛が フワフワ と揺れていた。


 魅了されるような柔らかなウォーキングで俺達の目の前二メートルで立ち止まると、ゆっくりと一回転をして全身を披露してくれる。

 窮屈そうに見えるコックコートの膨らみは俺の手では溢れそうな程で、コックという職ならばそうたいして運動もしていないだろうに服の上からでも分かる キュッ としまったウエストラインと、その下のプリッと突き出した大きなお尻から伸びる細く長い脚線美を惜しげもなく見せ終わると、再び正面を向いてオタマを突き出し決めポーズで動きを止めた。


「一番手のワズラだよ。年は二十四歳、種別はネコ、系統はスクーカム、この屋敷では見ての通りコックをしているよ。じゃあね〜、カッコいいお兄さんっ」


 活発そうな印象を与える笑顔でウィンクと共に軽く手を振ると、クルリと振り返り腰と共に尻尾を艶めかしく振りながら部屋の外へと歩いて行った。


「先程も申しましたが、お見せするのは全て私のコレクションです。お譲りはし兼ねますのでその辺りはご了承ください。どうしてもとおっしゃられるのであれば、ハーキース卿であれば特別に一晩お貸しするくらいはしますので、お気に召した者がおればそれで我慢してもらえると助かります。ご希望があれば後日となりますが私の交友関係の総力を持って別の獣人をお探し致します」


 俺達が飯を食ってる間に屋敷中に通達がされていたようで、男爵が再び手を叩くと次の娘が姿を現し、今しがた姿を見せたワズラを皮切りに男爵自慢の獣人コレクションショーの開催となった。



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