39.昔むかしのお話し
「女神チェレッタを殺しなさい」
はぃぃ!? 女神を殺すとか意味が分かりませんが?
確か魔族の女神チェレッタは三百年前に封印されたとかって話じゃなかったっけ?封印されているモノをわざわざ殺す必要性がどこにあるというのだ?
大体さ、女神って殺せるの?神様だよ?俺達生きとし生ける者全てを創り出した存在を逆に殺せ?いやぁ、どう考えても無理でしょう?
「ルミアさん、なんでお兄ちゃんがそれをやらなけらばならないの?お師匠さんの方がお兄ちゃんより強いんでしょう?なら、お師匠さんがやった方が良いのではないですか?」
「そうよ、なんでレイがそれをやるのよ」
「その前に、何故それをやるのか、でしょ?」
「それもそうですねぇ」
「簡単に言うと必要だから。
レイ、貴方の目的はなんだった?サルグレッドに巣食う過激派の魔族の排除、違ったかしら?
彼等の目的は豊かな人間社会の支配。サルグレッド王国そのものを乗っ取り支配する事で、人間全てを支配しようと考えてるはずよ。
そして真の狙いはサルグレッドの王城に封印されている女神チェレッタを解き放つ事。そうなれば人間側の女神エルシィが姿を消した今、対抗出来る者は誰も居ない。
貴方はそれを黙って見過ごすことは出来はしない、そうよね?
女神チェレッタが解き放たれてから対応するよりも、こちらのタイミングで封印を解き、女神そのものを亡き者にしてしまえば過激派の魔族達の目的の半分を奪うと共に、彼等が力を得ることを防ぐ事が出来る。
そうなれば後は彼等を叩き出すなり、叩き潰すなり、好きにすればいいわ。
貴方の目的とも方向性は同じだと思うけど、どうなのかしら?」
いつもにも増して感情の乗らない顔なのはそれだけ真剣だということの証。こんな大それた話しを冗談や酔狂でされても困るが、彼女が言ったことは筋が通る上に概ね賛同が出来る。
──だが疑問が無い訳ではない。
そもそも三百年前に成されたと言う女神チェレッタの封印、何か方法があるのかもしれないがそう簡単に解けるものなのだろうか?もし封印が解けないのなら、魔族の目的とやらも達せないし、わざわざ俺達が封印を解いてやる必要すら無いのではないか?
もう一つ、封印が解かれる前に過激派の魔族達を叩き潰せれば女神を殺す必要など無いだろう。
そんな事が分からないルミアではない筈だ、まだ何かしら理由があるように思えてならない。
微かに微笑んだルミアは一度目を瞑り、改めて俺を見ると再び語り出した。
「あまり納得出来ない、そういう顔ね。今すぐ答えを出せって訳じゃないから自分で納得の行くまで考えるといいわ。でもそんなに時間は残されていないと考えた方が良いわよ。
その話は一先ず置いておいて、私の身の上話でもしましょう。
魔族の寿命って知ってるかしら?長くても三百年、平均すると大体二百年位で寿命を迎えて天へと還って行くわ。
人間と同じで赤子で生まれて成長し、年老いて逝く。ただその成長スピードは寿命に合わせてゆっくりと、人間のおおよそ三倍の寿命の魔族は肉体の成長スピードも三倍遅いわ。と言っても実際には人間と同じ成長の仕方ではなく、幼少期と全盛期が長いんだけどね。
それぞれの個体寿命に合わせて成長速度も異なるのだけれど、それでも大体五十年もすれば大人の体へと成長するものなの。
さっきも話したように私は魔族の中でも異常なほど長生きだわ。覚えているだけでもこの世に生を受けてから既に七百年の月日が流れている。
私の肉体は見ての通り未だに幼少期のソレに当たるわ、人間でいえば精々十二歳程度の肉体から成長していない。つまり魔族の成長速度から逆算すると、最低でも後三千年は寿命がある事になる。
そんな私だから、当時既に二百歳の幼女だった私に
──けど歴史は、あの事件の後から狂い始めた
確かに理に適った方法だけど、百年の間に一人二人しか出てこない適格者の為に、罪も無い一族皆殺しと言うのは余りにも悲しい決断。
それに加えて彼のような飛び抜けた力を発揮する者など過去には一人として居なかったのよ。それならばと監視して行く事に全人類の合意の元に決定がされた。
でも合意したとはいえ全ての者が賛同した訳ではなく、当然のように反対派もそれぞれの種族の中に居た。
殆どの反対派は反対はしても “決まった事ならば” とそれに従ったが、そうではない派閥もあった。それが魔族の反対派、後に過激派と呼ばれる派閥だったわ。
彼等は “世界の安寧の為”
世界がある程度の安定を取り戻すと全人類連合は解散し、それぞれの生活圏へと帰って行った。
反対派の魔族達もまた魔族の国へと帰還したのだけれど、そこから彼等は二百年の時をかけて徐々に力を付けて魔族を二分する程までに勢力を強めて行った。
“過激派” と呼ばれるようになった反対派の魔族達はその思想を変貌させ、当時世界の半分を占めていた人間の支配を目論むようになった。
彼等は魔族達の王を中心とする平和を望む “穏健派” を抑え込んで議会を掌握するだけでなく、軍までもその手中に収めると人間達の生活圏を手に入れるべく侵攻を開始した。
これが世に伝え残る《人魔戦争》ね。
けど重要なのは過激派の中心人物、世界を調停するはずの女神チェレッタが過激派の筆頭となり、人間達に戦いを挑んだという事。
この時既に、女神チェレッタの心は闇に堕ちていたと考えられているわ。
己の欲望を満たす為に立ち上がった女神チェレッタの加護を受けて破竹の勢いで人間達を蹂躙した魔族軍だったが、如何に優れた種族だとはいえ完全に統一されていない勢力では結局のところ力不足。
人間側の女神エルシィの加護を受けて集まったサルグレッド、スピサ、そして、かつて過激派の魔族達が滅ぼそうと意見したルイスハイデの三国を中心とした人間達の勢いと、魔族の穏健派の活躍で内部崩壊を始めた事により魔族の過激派は人間に敗れ去る事になった。
人魔戦争を起こした張本人、女神チェレッタは捕らえられ、サルグレッド王国の王城でサルグレッド、スピサ、ルイスハイデの三王家の血と三つの封印石を使い、永久に封印されたのよ。
穏健派の魔族達は戦争を止めるのに一役買ったにも関わらず戦争の責任を負わされ大陸の東の辺境に追いやられると、そこで細々と暮らし始めた。
「自分達が居なければもっと長く戦争は続いた筈なのに、何故この様な仕打ちを受けねばならぬ」
当然不満を持つ者も居たが、殆どの者達は “同じ魔族の犯した過ち” として素直に受け止め、その罰を受け入れて過酷な環境で生活していた。
不満を持つ一部は魔族だと隠し、豊かな人間社会に紛れ込み生活をする者達も居た。
だが生き残った魔族の中には過激派の思想を受け継ぐ者達もまた、命を繋いでいたのよ。
再び時が流れる中、魔族達が居なくなり広くなった土地に分散し、より豊かな暮らしを手に入れた人間達は勢力を強めることで傲慢さを増して行く。
更なる豊さを、更なる愉しみを求めるのは罪ではないわ。しかし一部の人間達はかつて闇魔戦争では共に戦った仲間であった筈の他の種族達を蹂躙し始めるようになっていった。
獣人族を捕らえては奴隷とし、ドラゴン達を筆頭とした知性を持った魔物ですら殺して自分達の生活に利用して行った。
生活圏を侵されながらも抗う術はなく、文句も言えずに人間以外の人類が隠れて生活をするようになる。そうなれば増長は留まることを知らず、人間の為に他の種族が存在するかのように我が物顔で大陸を支配するまでになってしまったのよ。
その一方で辺境の魔族達は、生活苦から次第に豊かな暮らしをする人間達を恨む者が増え、過激派が再び力を増して行くこととなる。
人魔戦争で中心となった三王国は特に豊かさを増し、人間社会を引っ張る三大国家となった。
他に敵対する国が無かった事と、三つの国のある土地が離れていた事で、互いに侵略する事も無く友好的な関係が成立していた。
その中で魔族の生活する辺境に一番近く、女神チェレッタが封印されている国、サルグレッド王国。魔族はその戦闘力を生かし王国軍に紛れ込むと、長い時間をかけて王の信頼を得るまでに成った。
そして起きた事件は貴方達も知るように〈三国戦争〉と呼ばれ、サルグレッド王国に潜む魔族を排除しようとしたルイスハイデ王国とスピサ王国は、魔族の指揮するサルグレッド王国軍に敗れ去る事になるのよ。
──更に時は流れ、六十五年の月日が経ったわ。
各地に散らばる魔族達の動きは活発化して来ている今、それに対抗しうるサルグレッド王国軍はその魔族が牛耳っている。
これで果たして人間達は守られるのかしらね?
私は魔族だけれど、平和に暮らす人間達を恨む訳でもなければ魔族の味方をするわけでもない。
私は私の気に入った者達と静かに時を過ごせればそれでいいのよ。
ただ出来る事ならば、無益な争いの無い平和な世の中である事を願うわ。
過激派の魔族は、心酔する女神チェレッタの存在がある限り止まることはない。そしてたとえ止められたとしても魔族が、いえ、人間以外の種族が虐げられている今の世の中のままでは再び争いは起こるでしょう。
レイ、
貴方にはその為の力と、そして何より大切な心がある。
貴方はその力で運命を惹き寄せる。
貴方はその力で人心を惹き寄せる。
貴方はその力で力を惹き寄せる。
知ってるかしら?貴方の力によって惹き寄せられた運命を共にする二人の乙女がいることを。
スピサ王家の正統後継者にして
今代三番目の子ながらも歴代最高の
貴方が生まれてすぐに二人とも生を受けたわ。
三王家の正統なる後継者が三人とも同じ日に生まれる、そんなこと運命としか言いようが無い。
そして今、貴方の手繰り寄せた運命の糸に導かれて一処に集まり、お互いに強い絆で結ばれてる。
それだけに留まらず、今、貴方の元には強い力を持った乙女達が貴方に惹かれてここにこうして集まっている。
カミーノ伯爵家息女、ティティアナ・カミーノとその護衛メイド、クロエ・シンプソン
ヒルヴォネン公爵家息女、モニカ・ヒルヴォネンとその護衛メイド、コレット・ライティオ
獣人族の王家の血を引く娘、エレナ
そして貴方と同じ年、同じ村に生まれたスピサ王国で代々騎士団長を務めてきたロートレック家の嫡男、アルファス・ロートレック
他にも魔族王家の正統後継者であるアリサ ・エードルンドを始めとする、ここに居ないだけで貴方の力に引き寄せられた沢山の人達と出会って来たはずよ。
貴方は貴方の力で持って、この世界を混沌へと誘う害悪を葬る義務がある。
その後に訪れる平和な世の中で、人間とその他種族との架け橋となるべく役目を負っているのよ。
もう一度言うわ。
レイシュア・ハーキース、この世界の真の平和の為に女神チェレッタを殺しなさい」
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