48.魔改造

 薬指に嵌められた真新しい銀の指輪。リリィの左手を引いて台所へと向かうが、その直前で振り払われ唖然としてしまう。

 追い抜き様に向けられた顔からは平静を装いながらも苦笑いともとれる複雑な色が見えていた。これはきっと本心では俺とくっついていたいくせに照れが先立ち、そんな姿は皆に見せたくないということなのだろう。


「おはようございますぅ」


 バレないように小さく溜息を吐き出し半歩後ろをついて扉を潜れば、朝食の準備をしてくれていたエレナが振り向きいつもの眩しいばかりの笑顔で迎えてくれる。


 席に座るとアルとクロエさん、それにティナは既に朝食を食べ始めており、その後すぐにサラやモニカに雪も来たと思ったら、師匠とルミアもやって来た。

 コレットさんとエレナとでみんなにご飯を配ってくれるのを眺めてると、エレナの左手に光る銀の指輪がキラキラと朝の光を反射し、その存在を主張しているかのようだった。



 モニカに渡した物と同じ物を造り、プロポーズの言葉と共にティナに渡した。

 同じようにエレナとサラ、そしてリリィにも渡した所、無事に三人ともに受け取ってもらえ、正式に婚約者となった。



──結婚式は、どうしようかな……



「魔力を補充しておいたわ、一つは貴方が持ってなさい。もう一つは、そうね、リリィ、貴女が持ってるといいわ。魔力を通す魔石を変えれば私とリリィとを区別して話せるようにしてあるから」


 見た目てきには女性用だと思う金の三日月イヤリング、俺が魔石の魔力を吸い取って使用不能になっていた〈通信具〉を使えるようにしてくれたらしい。

「お揃いね」と嬉しそうにピアスを外して通信具を左耳に着けているリリィ。確かにソレも可愛い形をしているのだが、色々と着け替えが出来るピアスも良いのになぁと少しばかり残念に思える。


「もう一つ造って置くからそれはまた今度のお楽しみ。それでお次はコレ。人数が多いからね、あった方が便利だと思って造ってあげたわ、感謝なさい?」


 勢い良く机に置かれたのは縦横高さが五十センチの白い箱。この家の台所にもある、入れた物を冷やしながら保存しておく為の倉庫〈保冷庫〉と同じ物だったが、家に置いてある物よりは少しばかり小さなサイズだ。

 今出すという事は旅の途中で使えという事なのだろうけど、魔導車で移動することになるので滅多に野宿はしないのになぁと不思議に思う。


「土竜に会うには必要になるわ、ベルカイムで食料を調達して行きなさい。肉なら二週間、野菜は物にもよるけど一月は持つわよ。

 それの凄いところは鞄とは違って中が覗けるところね、空間魔法がかかってるから見た目よりかなり広いわよ?貴方達の鞄であれば問題無く入るから持って行きなさい。

 魔導車とエアロライダーは外で渡すわ。あと何か欲しい物はあるかしら?」


 皆を見回しても首を振るばかりだ。まぁ特に困っていたわけでもないし、魔導車に何をされているのか心配なくらいだ。俺達の持つ空間魔法のかかった鞄を魔改造して許容量を無限にするくらいだ、魔導車が空を飛べる様になってても驚かないぞ?

 ちなみにモニカ達が持っていた鞄も、ルミアがチョチョイっと触って魔力を流しただけで俺達と同じく許容量が拡大されていたので、俺達全員の鞄はほぼ無限に物が入ると言う反則的なパーティーの誕生となった。


「後はコレも持って行きなさい」


 渡してくれたのは少し大きめの皮袋。紐を解き中を覗くと五センチ程の透明な玉が沢山入っている。コレは転移石……まさかこの家に帰って来れる、とか?


「その通りよ、帰りはそれでちゃっちゃと帰ってらっしゃい。

 それで一つ、お遣いを頼むわ。サマンサの所と同じようにそれぞれの属性竜の住処にも〈結晶くん〉を置いて来て欲しいのよ。頼んだわよ」


 横に振られた手を合図に目の前に並んだ飴ちゃん製造機、もとい〈結晶くん〉の群れ。地脈から瘴気を吸い上げ魔石を作り出す装置なのだが、表現し難い奇妙な形をしており、一見すると理解し難い芸術の一品。一番上には皿のような物が付いており、規定の魔力が貯まるとそこに魔石が出来上がるらしい。

 こんな物を五つも並べたルミアの感性を疑わざるを得なかったが、ルミア自身が超長寿であることと魔族である事を踏まえて何も言わずに飲み込むことにして、さっさと鞄に仕舞い込んだ。




 外に出たルミアはまたしても腕を一振り。すると黒光りする漆黒のボディの魔導車と、それとは対照的に真っ白な乗り物であるエアロライダーが音も無く姿を現す。


 魔導車は窓になっているガラスが透明ではなくボディと同じ黒色に変わっており、覗き込んでも内を見ることは出来なかった。また、唯一透明なままの正面からですら二列目のシートが見えず、唯一の気晴らしである “景色を眺める” ことすら出来ないのではと疑問にも思う。

 それ以外の見た目は特に変わってないようだが一体何をされているのだろう?


「操作球を開けてみなさい」


「お、おいっ。コレ、お前のなのか?なぁ、コレに乗って行くのか?」


 少年のように目を輝かせているアルの肩を叩き笑顔でコクリと頷くと扉を開けたまま最前列に腰掛けた。

 言われた通りシート間に設置された操作球の蓋を開ければ、魔導車を動かす魔石を入れて置く場所のはずなのに、その空間にピタリと嵌る真紅の丸い玉が我が物顔で居座っている。


「ルミア、こりゃなんだよ」


「驚いてくれた?それは貴方が狩ってきた魔石、大きさを調整して埋め込んでおいたわ。半永久機関、ソレのお陰で魔石の補給はしなくても良くなったわ、素敵でしょ?

 エアロライダーも同じ。出力も上げてあるから上手くやれば空も飛べるかもしれないわね」


 おいおい、マジかよ。空飛べるとか嬉しいんだけど……やり過ぎじゃね?

 横目にある人を見れば、やはりというか当然というか、両手を胸の前に組み人知れず キラキラ と目を輝かせている……大丈夫か?この間の反省は覚えているのだろうかと心配になる。暴走天使再降臨とか、やめてくれよ?


「それと、後ろの席を増やしたわ」



──はて……席を、増やした?



 外から見た感じ長くなった様子はなかったが、どういう事だ?と後ろを振り返りよくよく見れば可笑しな光景が……ルミアの言った通り席が一列増えている!?


 俺達一行はモニカにコレットさん、サラにエレナ、ティナにクロエさん、リリィにアル、俺を入れて九人もの大所帯だ。雪を含めると十人も居るので、今までの八人乗りの魔導車だとギュウギュウ詰めで乗らなくてはならなかった。広くなったのは嬉しい限りだ。


「わぉ、本当に増えてる。凄ぉいっ!これでみんな乗れるねっ、良かったね、お兄ちゃん」

「本当、流石は先生ね。なんだか前後の座席間隔まで拡がってない?」


 開け放たれた運転席のドアから半分だけ入り込み、俺に覆い被さるようにして覗き込んできたモニカとサラが嬉しそうに魔導車の中を見回している。なんでわざわざココから?とも思ったがスキンシップだと勝手に納得しておくとしよう。


「そうだな、人数の事まで考えてなかったよ、ありがとな、ルミア」


「あら、素直ね。今回はそんなところよ、旅を楽しんでらっしゃい。その代わり、アリサの事、頼んだわ?」



 魔導車とエアロライダーを鞄に仕舞うと、みんな並んで師匠とルミアに挨拶をする。知った仲だとはいえ挨拶は大事なんだぞ?


「気を付けてな」

「いってらっしゃい」


 笑顔の二人に見送られ、一先ずベルカイムへと森の中を散歩だ。

 騒がしくなった途端に静かになってしまい師匠達も寂しく思うかもしれないけど、アリサに会い、土竜に会ったら一度帰って来る話しになっているので、またすぐに会える筈だ。


 振り返ると二人寄り添い、いつまでも俺達を見ている師匠とルミアがいる。軽く手を上げ『いってきます』と心の中で呟くと再び森を歩き出した。



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