19.ベッド

 再び走り出した馬車は街道を平和に進み、森を抜けたところで宿場に到着した。今日は寝坊しなかった、というか寝ていた訳ではないので夕食の支度には参加出来る。


 森に入り、せっせと焚き木を拾っていると、いつのまにかメラニーさんが側にいた。


「あら、一人なのね。あの子は置いて来たの?」


 いや、四六時中一緒にいないし。ティナをなんだと思ってるんだろ?


「ねぇ、私の事どう思ってる?」


 笑みの消えた真剣な顔、淀みのない水色の瞳が見つめてくる。どうって、どういう意味でだろう?冒険者として?女の子として?答えあぐねていると フッ と笑われた。


「私ね、英雄って憧れるんだ。自分が成れればいいんだけど、そんなの無理だってわかってる。けど、英雄って呼ばれる人の側にいる事は出来る。

 自分で言うのもどうかと思うけど、顔も体も悪くないと思うんだよね。剣の腕も多少なりとも鍛えてきたから足手まといにはならないと思うの。だからさ……私じゃ駄目かな?」


 こ、これって告白!?まじか。


 確かによくよく見るとメラニーさん、そんなにでっかいわけじゃないけど出るとこ出ていてスタイルは良い。自分で言うように顔も整い美人だと思う。目が切れ長な分キツイ印象を受けたけど、どうやら中身は違うように思える。

 良い女、というには申し分ないのだろう。けど、俺にとってはそれだけ。会って二日しか経っていない上に殆ど話しもしていない。当然のようにどんな人かもよく分かってない。それで付き合えと言われても……ねぇ?


「俺はメラニーさんの思っているような英雄じゃないよ。ただ運良く盗賊団を退治出来ただけの新人冒険者だ。なにより俺は、メラニーさんの欲望を満たすための道具じゃない」


 しばらく見つめ合う水色と金の瞳。ちょっと言い過ぎたかな、怒られたらどうしよう?まだ二日も一緒に居るのに気まずくなっちゃうな。

 そんな考えが頭を過ぎったとき、メラニーさんの肩の力が抜けて大きなため息が漏れ出てくる。


「ごめんね、ちょっと勢い余っちゃったね。君みたいな英雄なんてそうそういないからさ、焦っちゃって。あははっ。ごめんごめん、忘れてね」


 そっぽ向く横顔には涙が浮かんでいたように見えた。悪い事しちゃったな。

 でも俺にも譲れない事はある。きちんと相手の事を理解し、好きになってから付き合いたい。軽い気持ちで女の子と付き合う様な軽い男にはなりたくないのだ。


「じゃあ私、行くね。ホントごめんね」


 足早に去っていくメラニーさんを黙って見送り、見えなくなったところで焚き木拾いの続きをしながら戻ることにした。なんだか胸がモヤモヤするが仕方ない、自分で選択した結果だもんな。



 遅れて戻ると既に火が起こっていた。その近くに拾ってきた焚き木を置くと、また馬達のご飯をあげに行く。

 モグモグと元気よく食べる二頭、その間に入り込み首を撫でながら見守っていると、なんとも形容し難い モヤモヤ とした気分が晴れていくような感じがした。


「レイさん、みーーつけたっ」


 見つかった!って、馬の陰からピョコッと腰を曲げて覗き込み、可愛い笑顔を向けてくる。ティナとなら付き合っても……なんて考えが頭を過る。いやいや、なに考えてるんだ?ティナは貴族の娘さんだ、ただの田舎の村男とじゃ釣り合わないにも程がある。でも可愛いなぁ、でへへっ。


「レイさんってば本当にこの子達が好きですよね?」

「一緒に居ると癒されるね〜」

「私と一緒でも癒されてくれますか?」


 壊れたオモチャのように首を縦に振る俺を見て満足そうに微笑むティナ。その笑顔が癒しです、はい。

 でも今、俺達は、ティナを家に送る為にレピエーネへと向かっている。当然の如く家に着いたらお別れになるだろう。いつまでもその笑顔を見られるわけではないのだ。今のうちに堪能しておこう。


「まーたココにいたっ、ココはあなた達のデートスポットじゃないのよ?」


 またしてもリリィが呼びに来てくれた。デートって……一日お世話になったお馬さんの世話をしていただけだけどな。



 食事を終え、また三人並んで寝ることにした。そういえばアルはどうしてるんだと思ったら、桃色の髪の子と楽しげに話し込んでる。フィロッタさんだったな、いつのまにか仲良くなったらしい。

 人の事はほっといて、今日も両手に花で横になる。こっちの二人はとびきりの美少女だぞ?……ちょっとした優越感に浸りながら幸せな気分で目を閉じた。



▲▼▲▼



 それから二日、魔物の襲撃があるわけでもなく平和に過ごすだけの馬車生活が過ぎ去った。ベルカイムを発ってから四日目の夕方、とうとうレピエーネへとたどり着く。

 町が見えた時に話し合って決めたのだが、今夜はもう遅いので宿を取り、明日の朝一番にティナの家へと向かうことになった。


 馬車を降りると御者さんと護衛パーティーの四人にお礼を言い、一緒に乗ってきた夫婦二組に別れを告げると宿を探しに行く。

 宿はすぐ見つかったので、久しぶりの美味しい食事を満喫して部屋に向かえば、そこは注文通りベッドが四つあるちょっと広めの部屋。久々のベッドにダイブすると固い地面とは違いフカフカだ!幸せを噛み締めているとリリィが爆弾を放り込んでくる。


「私とアルは向こうで寝るわ、あんた達はそこのベッド使いなさい。いい?変な事はしないでよね」


 完熟したトマトのように真っ赤になるティナ。いやいやリリィさん?ベッドは四つありますからっ!だいたい変な事ってなんだよっ!!


「頼むわよ?おやすみ」


 まてまて!何を頼まれた!?

 無いからっ!何も無いからっ!!


 いきなり何を言い出すんだ、まったく……。不穏な空気を作られたが、まぁ寝よう。あぁ、ベッドって幸せ〜。そういえばベッドで寝るっていつ以来だ?ずっと床で寝てた気がするぞ。お金があるって幸せなことなんだな、これからも頑張って働こう。

 しみじみ思いつつ地面より遥かに寝心地の良いベッドに身を任せれば、初めての馬車旅に疲れていた精神こころはすぐに夢の国へと誘われる。


 今夜はティナと過ごす最後の夜。けど、リリィの期待するイベントなんて起きないぞ?


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