20.貴族の屋敷
ベッドの魔力から解放され目を開けば、既に太陽が顔を覗かせ始めて明るくなっていた。顔を洗い、朝食でも行こうかと思ったらアルがいない。待ちきれず先に行ったのか?リリィに聞いても「知らないわよ!」と少し怒り気味なんだけど……なんで俺、怒られるの?
宿の一階にある食堂に向かえばアルはいた。どっかで見た桃色髪の女の子と楽しそうに食事しているけど……んんっ?あれはフィロッタさん?
「おはよう、フィロッタさん達も同じ宿だったんだね」
俺が声をかけると目を逸らされた。なんでやねんっ!
「ああ、彼女だけだがな」
言ってる意味が分からず首を傾げたタイミングで後ろから頭を小突かれる。だから、なんでやねんっ!
「鈍チン!察しなさいよっ」
そ、それはつまりアルと二人で……そういうことですかぃ?人の事情なんぞ知らないが、展開早くないですの!?
気にはなった……が、ガン見しそうだったので気にしないことにして俺達は別のテーブルで食事をする事にした。
朝から思わぬ事件があったが気を取り直してティナの家に向かう。カミーノ家はこの町レピエーネを治める貴族で、家は町の中心に近い場所にあるらしい。
歩きながら町並を眺めているとベルカイムと似たような印象を受ける。レピエーネの方が少し小さな町かな?それでもフォルテア村に比べたら遥かに大きな町だ。
メインストリートを歩けば店屋が沢山並んでいる。まだ朝の早めの時間だったので開いてないお店もあったのだが、ご飯屋さんからは美味しそうな良い匂いが漂っていた。
ティナと手を繋いで歩いていると「あのお店は……」「こっちのお店のご飯が……」とか、いろいろ説明してくれる。お貴族様なのに町のことに詳し過ぎる。頻繁に町中をフラついているのか?そりゃ、攫われてもおかしくないぞ……。
「ここだよ」
ティナが指差す家を見て目を疑った。こ、これが貴族様のお住まいですか……王様のお住まいと違います?
五メートルくらい高さのあるでっかい門。閉ざされた鉄柵扉から覗くだだっ広い庭の中ほどには大きな噴水があり、そこを中心に枝葉を綺麗に整えられた木が何かの模様を描くように規則正しく植えられている。
門から噴水へと続くメイン通路には手入れがしっかりとされた花壇が敷かれ、所狭しと咲き誇る色とりどりの花が庭全体に彩りを与えていて門から見る景色は華やかで美しい。
庭の大部分を占める青々とした芝生は見てるだけで気持ちがよく、あそこで寝転び昼寝などしたら最高だろうなぁなどと思ってみたりした。
噴水の更に奥には広い庭に負けじと三階建ての茶色い建物が威風堂々と建っており、初めて見る貴族の屋敷の大きさに唖然としてしまう。
門の前でポカーンとしていると中から訝しげな顔をした門番らしき人が俺達を見に来た。見知らぬ田舎冒険者が中を覗いてたら追い払うのも彼等の仕事なのだろう。
しかしティナに気がついた途端に目を丸くし、大慌てで飛んでくる。
「お嬢様!!ご無事でなによりですっ!旦那様も心配しておいでですよ。ささっ、早く顔を見せてあげてください」
慌てふためく門番の人に催促されて大きな門をくぐった。でかい屋敷のちょうど真ん中、縦横三メートルはあるこれまた大きな扉を開けると早く入れと急かされる。
ガラスの嵌め込まれた高い天井までの広い吹き抜け、光の降り注ぐエントランスホールの正面には二階へと続く階段があり、十人は横に並べるくらいの広さがある。
外から見ても大きかったが、内に入ればその広さが倍増したみたいに感じてしまい開いた口が塞がらない。
入ってすぐ横に設置された小洒落た細工の施された小さな物置台、そこに置かれた呼び鈴を鳴らせばすぐに現れた執事さん。出て来てティナ見るなり大慌てすれば、メイドさんもわらわらと出てきてみんなあたふたしている。
昨日、町に着いた時点で連絡だけでもしておいた方が良かったんじゃ……。
「お嬢様!!おかえりなさいなのですっ、ご無事でなによりなのですっ!心配で心配で死んでしまいそうだったのです。今度から町に出るときは私も一緒に行くのですっ。
旦那様は食堂にいるのです、そちらに向かうのです」
背中まである桜色の髪のメイドさんがティナを連れて歩き出す。俺達もその後に付いて行くが屋敷の廊下は静まり返っていて人の気配が無い。こんな広い屋敷なのに住んでる人は少ないのかな?勿体ない気がするのは庶民だからだろうか?
何枚もの絵画や調度品の置いてある広々とした廊下を歩き、少し大き目の扉の前で立ち止まった。俺達に向き直り、ノックをしてから開けてくれるにこやかな顔の桃色メイドさん。
部屋の中には見たことのない大きな長テーブルがあり、ゆったりと三十人は座れそうなのに、二人の男女が端っこに座っているだけだった。
「おおっ、ティナ!おかえりっ、元気そうで何よりだ。怪我は無いんだろ?さぁ、おいで」
白いシャツの上からでも分かるがっしりとした身体付き、髭を蓄えた中年男性が立ち上がると両手を広げてティナを迎え入れる。
「お父様!ただいま戻りましたっ。心配をおかけして申し訳ありません!」
父親を見るなり駆け寄り飛び付くティナ。その二人を暖かく見守る隣の女性は、少し膨よかながらもティナが歳を重ねるとあんな感じなんだろうと想像できるほど顔の作りがそっくりだ。
家族の無事を確かめ合う三人、俺達の仕事はこれで終わりだな。盗賊のアジトからずっと一緒にいたティナともここでお別れになる、少し寂しくなるが仕方ないよな。
「君達が娘を救ってくれた冒険者達だな?娘が世話になった、感謝してもしきれぬよ。ありがとう。座って食事でも一緒にどうだね?」
「お父様、朝食は済ませて来ました。クロエ、お茶の用意をしてもらえますか?」
「はいなのです」
さっきの桜色の髪のメイドさん──クロエさんがツインテールを靡かせ部屋を出て行く。
「レイさん、立ち話もなんですので座って話しませんか?」
仕事は終わり、はい、サヨウナラも無いんでお茶をご馳走になることにした。ティナに促されるまま席に座るとカミーノさんがじっと見ているのに気がついた。何か粗相をしたかな?相手は貴族なんだ、気を遣わないといけないな。
少し不安に思っているとティナが立ち上がる。
「お父様、お母様、心配をおかけしてすみませんでした。私はこちらにみえるレイさん、リリィさん、アルさんに助けられて無事この家まで戻って来られました。
レイさん、こちらは私の父ランドーア・カミーノと、母のクレマニー・カミーノです」
クロエさんがワゴンを押して戻ると紅茶を用意してくれた。紅茶なんて高級なモノは初めて飲むけど、心が和むような凄く良い香りのするお茶なんだな。しかし、出されたカップは普段俺達が使うような耐久性に優れた物ではなく、薄くて真っ白な、いかにも高価そうなカップなので少しばかり緊張する。
それに加えて真っ直ぐ向けられるティナと同じ薄紅色の瞳、なんだかさっきより威圧感が増したような気がした。
「改めて自己紹介しようか。ティナの父ランドーア・カミーノだ、ランドーアでいい。娘を助け出してくれたこと、ここまで連れて来てくれたことに心より感謝する。ありがとう。
ティナがいなくなったと知ったときは正直生きている心地がしなかった、本当にありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます