18.レピエーネへの道のり

 朝食は昨晩の残りのスープ。それに持って来たパンを浸して食べるとキャンプの後片付けをして出発だ。


 静かな森の中、ガタゴトと音を立て整備された道を順調に走って行く。街道は国が定期的に点検しているため例え穴ぼこが空いてもすぐに補修してくれるらしい。


 暇を持て余した俺は外を眺めようと御者席への出入り口に立った。

 朝の森は清々しく、軽く霧がかかる時なんかは幻想的で昔から好きだ。俺達の育ったフォルテア村の森と違い、木と木の間隔が広くて見晴らしがいい。森と一言で言っても色々なんだな。


 物思いに耽っていると視線を感じる。それを辿るとメラニーさんが俺に向いて座り直した所だった。護衛の仕事中なのに周りを見てなくていいのかな?

 昨日少し話した印象だと騎士みたいな硬いイメージのお姉さん、目が合うとニコッと笑う姿が意外にも可愛いと思えた。


「今日は寝てないのね。寝るのにも飽きたのかな?」

「ちょっとお姉ちゃん、それは失礼じゃない?」


 御者さんを挟んで反対側に座る桃色の髪の女の子が似たような声を発する、顔も似ているが姉妹なのか?水色と桃色って対称的な髪色の姉妹だな、印象強すぎだろっ。

 メラニーさんもペロッと舌なんか出して軽い感じ、最初のイメージと違いすぎだ……。


「ねぇ、レイ君で良かったわよね?あの子は彼女じゃないのよね?」


 ティナの事かな?昨日もそう言ったと思ったけど……何でいきなりそんなこと聞いた?


「私と付き合わない?」


 髪と同じ水色の瞳がまじまじと見つめてくる……ごめん、今なんて言った?

 御者さんもこれ見よがしに振り向くと『こんなとこで何言い出すの!?』と言いたげな顔をしている。信じられない一言ではあったが、どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。


「きゃっ!」


 その時起きる軽くない揺れ、思わず踏鞴を踏みそうになり出入り口を掴んでいた手に力を込めて体勢を維持したは良いのだが、耐えられなかった誰かがぶつかってきた。しがみつかれてなんぞ?と見れば、そこにいたのは席に座ってたはずのティナだった。


「大丈夫?座ってないと危ないよ?」


 目を瞑り、ぴったりと俺にくっ付く姿は母親にしがみ付く子猿のよう。さっきみたいな強い揺れは滅多にないしそんなに必死に掴まらなくても大丈夫じゃないかな?


「じゃあ、レイさんも一緒に座ろ?」


 今にも泣き出しそうな感じに瞳を潤ませた美少女の至近距離からの上目遣い、抱きつかれている状況と伝わってくる温もりも相まって思わず ドキッ としたのは不可抗力というやつ!



 何故かムムム顔のメラニーさんだったが突然顔色が変わり森を見つめる。かと思いきや揺れる御者台で一点を見据えたまま慌てて立ち上がった。


「止めてっ!」


 突然の強い声に御者さんが慌てて手綱を引けば立っていた俺は勢い余って体勢を崩しそうになる。ティナを片手で抱きしめ、もう片手と両足でなんとか踏ん張り耐えきった。


「お客さんよっ!」


 俺の脇の隙間から馬車の中に顔を突っ込み一言叫ぶと御者席を飛び降りていく。着地と共に剣を抜き放つメラニーさん、彼女の視線を辿れば森の奥から此方に向かい走って来る黒い犬が四頭いた。

 ヤツらは《ハングリードッグ》と呼ばれる害獣で、普段は草原などで生活してるのに餌を求めて街道までやってくることもある最もポピュラーな魔物だ。


 馬車の中でのんびりしていた護衛の二人もその声を聞いた途端に慌てて飛び出して行く。


「メラニーさんっ、手伝う?」

「これは私達の仕事よっ!英雄君はそこで大人しくしていてっ。フィロッタ行くわよ!」


 御者席から飛び降りざまに剣を抜いた妹のフィロッタさん、着地と同時にハングリードッグに向けて駆けて行く。

 あの人ウインクしてから行ったけど、余裕なのかな?



 魔物とは戦ってみたかったが邪魔をしてはいけない、そこは自重して観戦に留める。


 剣を振り降ろすメラニーさんだが軽い横っ飛びで簡単に避けてしまうハングリードッグ。だが、それを狙い澄ましたかのようにフィロッタさんが迫り、突き出した剣が身を翻す寸前の首元に刺さればあっという間に一匹を仕留めるに至った。


「はぁぁぁっ!」


 逆にそのフィロッタさんを狙い飛び掛って行く一頭。しかし、体勢を立て直しフォローに入ったメラニーさんにカウンターで叩き切られてあっという間に二頭を片付けた、凄いな。


 残る二頭は後ろから降りた二人と対峙してる時にメラニーさん姉妹が駆けつけ、相手が四人に増えた事により既に逃げ腰になってる。回り込んだメラニーさんが一頭に傷を負わせたと思ったら二頭同時にトドメが刺され、いとも簡単に討伐が完了した。



 思わず拍手したくなるような鮮やかさに感心していると、二人が御者席に戻ってくる。


「惚れた?」

爽やかな笑みを浮かべて問いかけてくるメラニーさん。


「お手並みには惚れましたね」

「固いなぁ、まぁ行きましょ」


 それくらいで惚れてたら何人恋人ができるんだよっ!未だしがみ付いたままのティナを連れて席へ戻ればリリィが興味津々に聞いてくる。


「なんだった?モンスター?」

「ううん、黒犬が四匹。あっという間に終わったよ」


 姿形からは判断し難いのだがモンスターと獣は似て非なるものらしく、獣は生物だがモンスターはモンスターであって……生物ではない。魔石から出来ているらしく、倒すと魔石になる……らしい。よくわからない!てへぺろっ。

 獣よりモンスターの方が強いみたいで、そいつ等の落とす魔石は金貨何枚という良い値段で売れるのに対し、獣は食べると美味しいのが多いイメージ。


〈モンスター = 魔石→お金、獣 = 肉→食料〉


 俺の認識はそんなとこだな。


 ちなみに “魔物” って枠組の中に〈モンスター〉も〈獣〉もカテゴライズされるのだが、その獣の枠には、人に害を成す獣を『害獣』、それ以外の生き物が『獣』と呼ばれていて、害獣に指定されるモノは基本的に食べても美味しくないらしい。つまり、ハングリードッグは害獣なので美味しくない。よって、誰も食べないのだそうだ。

 気の毒だが襲いかかって来た彼奴らが悪いのでそのまま放置になる。街道から森に投げ入れとけば他の獣の餌となるらしいよ。


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