29.獣人の館
隣に転がる癖のある純白の細い髪に手を伸ばし、柔らかく ツルツル とした感触を楽しめば反対を向いていた満足気な顔がこちらを向く。以前とは違いどこか幸せそうな雰囲気の漂う顔は俺に向いた瞬間に曇りが混じり、せっかく見えた俺の中で世界第二位の美人顔も枕に半分埋まってしまう。
「申し訳ありません。老婆のような白髪など触っても楽しくはないですよね」
「何言ってるの?俺は触りたいから触ってるんだよ?大体さ、こんな雪みたいな綺麗な髪をしてるのになんでお婆ちゃんみたいって思うのさ。コレットさんの
最初の頃はもっと上からガツガツ来るお姉さんのような感じだったのに、いつしか俺に対して遠慮が混じるようになってしまった。それはモニカと結婚したことによりコレットさんの主人となってしまった所為なのかもしれない。
彼女との行為も六日に一回という安定した周期になったからなのか、以前のように喰い殺されるように激しく求められて朝まで寝かせてもらえないという事もなくなり、俺の精神も彼女の精神も穏やかに安定を保っている。
「コレットさんは料理好きだよね?やっぱりその道の一流の人に指導してもらえるって嬉しいの?」
「はい、もちろんです。殆ど自己流の私などよりも専門として切磋琢磨して来られた料理長から学べる事は沢山あり過ぎて覚えきれないほどです。まさか料理長の方から明日も来ないかとお誘い頂いたときはびっくり致しましたが、願ってもないチャンスに胸がときめく思いです」
「そっかぁ、魔導車で旅してるとご飯屋さんや宿の料理ばかりになっちゃうけど、コレットさんの料理楽しみにしてるね」
メイドメイドと普段は自分を殺している彼女だが、やはり好きなモノは好きなようで顔を上げて笑顔で話し始める。だが、うつ伏せから上体を反らしたものだから勢い余って柔らかなお胸様が視界に入ると悪戯心に火が灯った。
「はいっ。ご期待に応えられるように三日間頑張って参りますので、機会が巡って料理を作っ……ひゃぅっ!レイ様!?」
無駄な肉の無いしなやかなスベスベの背中に手を伸ばし指先でソッと触れてみると期待通りの反応が返って来た事に口元をニヤリと歪ませる。
「料理を何?」
「んふぅ……う、腕によりを掛けて料理を、はぅっ……料理を作らせて頂きますので、その時は存分に召し上がってください。はぁぁぁっ……ちょっとレイ様?」
「うんうん、聞いてたよ。美味しい料理を作って食べさせてくれるって事だよね?でも今は違うモノを食べさせてもらおうかなぁ、ねぇ、コレットさんもそう思うよね?」
背中を襲っていた感触から解放されたコレットさんは ポフッ と枕に顔を沈めると恨めしそうな目で俺を見てくる。
「最近、レイ様の方が積極的ですよね」
「そうかな……だめ?」
「いいえ、嬉しい限りです。レイ様の思うがままにもっといっぱいしてください」
「そう……じゃあ “レイ様” じゃなくて名前で呼んでくれたらコレットさんのして欲しい事を満足行くまでしてあげるよ?」
「え?そ、それはですね……」
「ほらっ言ってみて……さん、はいっ」
照れたような表情を枕で隠し、片側しか見えていない目を泳がせる様子に俺の胸が高鳴る。こんなに綺麗な人なのにそれに加えて可愛いとか反則級だろ。
「レイ……シュア……お願い、します」
掠れるような小さな声で恥ずかし気に名前を呼ばれた事により胸を撃ち抜かれたような衝撃が駆け抜けて行き我慢の限界点に達すると、うつ伏せに転がるコレットさんを強引にひっくり返して僅かに赤らめた顔に近付き唇を奪った。
▲▼▲▼
「「「行ってきま〜す」」」
「料理人さん達の迷惑にならないようにな」
エレナとコレットさんが微笑んで小さく手を振る横でエマがあっかんべーっとしながら宿で用意してくれた馬車に揺られて行くのを見送ると、隣にいたイオネに視線を向けた。
「俺達は何で行く?」
「そうだな、サラの事も耳に入っているだろう。奴はな獣人を集める事に心血を注いでいる。何がそこまで駆り立てるのかは知らんが魔導車などという金を食う乗り物にはどうしてもという必要最低限の時にしか乗らぬのだよ。
つまりだな、奴への当てつけを含めて我々は魔導車で乗り付けてやろうではないか」
意地の悪そうな顔でニッと白い歯を見せる様子からしても彼女は心底エルコジモ男爵の事が嫌いらしい。まぁ、獣人を集めるのは悪い趣味ではないだろうが、卑しいオッサンがそんなモノを集めているとなると獣人達の待遇が心配に思えるのは極自然な事だろう。女性からしたら敵とも言える存在に対して嫌悪感を抱くのも無理もない話だ。
そういう訳で魔導車に乗り込んだ俺達は男爵の屋敷、通称 “獣人の館” へと向かった。
パーニョンの町は奴隷の町と言われるだけあり店先で働く人達の中にも、それと意識しないと分からないような目立たない首輪を付けた者がちらほら目に出来る。裏方の多い奴隷の仕事だが信頼を得てこうして人並みの仕事を任されるというのも昨日見たパーニョン奴隷商会の人材教育の賜物なのかもしれない。
そんな思いに駆られつつ町を抜け、十メートルはありそうな高い鉄格子の柵に囲われた屋敷へと到着すると門番をしていたのは強面の輩が二人ほど。
やぁと、笑顔で手を挙げると訝し気な顔でこちらに歩いてくる。
「お前、名前はなんだ?この屋敷が誰のものか知ってて来ているのか?」
俺が開けた窓から魔導車の中を覗き込んだお兄さんはすぐ後ろの席で不機嫌そうな鋭い目付きで腕を組み、足まで組んでふんぞり返っていたイオネと目が合うと狐に摘ままれたかのように固まって動かなくなった。
「誰が来たのか分かったのならさっさと通せ。貴様の主人が私を呼んだのだぞ?来たくもない場所に足を運んでやっているのだからさっさとしろ。さもなくば今すぐ帰るが、そうなると困るのは貴様等ではないのか?」
どうにか正気を取り戻したお兄さんは慌てて魔導車から離れると、門の所で待機したままだったもう一人に「早く門を開けろ!」と怒鳴っていたのが妙に笑えた。
「人見て態度を変える奴等ってうっざい」
何故か不機嫌な隣に座るリリィに苦笑いを送ると、開き始めた門の隣に立つ先程の門番のお兄さんにガンを付け始めた。おいおい止めてくれよと思いながらもリリィに言っても聞きはしないだろうと判断して放っておいたが、門を通り過ぎる時でも相手は直立不動の姿勢で俺達と目を合わせる事すらない。
「うざっ」
それですら気に入らなかったのか、ワザと聞こえるように吐き捨てたが奴等にとって俺達は逆らってはいけない相手のようで、姿勢を崩す事なく石像のように動く事は無かった。
「リリィ、口が悪いぞ」
「うっさいわね、私は自分に正直なのよ」
今日はどうやら虫の居所が悪いらしい。プリプリ怒るリリィに溜息を吐くとやはり無駄かと諦めて魔導車を進め、屋敷前のロータリーで停めた。
「ようこそおいでくださいました。ご足労ありがとうございます、サラ王女殿下、イオネ姫様。旦那様がお待ちになっておりますので中の方へどうぞ」
屋敷の扉の前で俺達を待っていたのは一人のメイドさんだった。凹凸のはっきりした所謂ナイスバディを、紺色を基調とし白色が所々に目立つごく普通のメイド服に身を包み姿勢正しく立つ姿は綺麗なメイドさんで間違いなのだが、青い髪の間に見えるメイドの証、小さめの白いプリムの両脇にはネコの耳が顔を覗かせていた。
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