28.別行動

 パーニョン奴隷商会で衝撃の告白を受けた俺達はバスチアスに説明を求めたのだが、彼が言うには正式なルートでハンターから購入した獣人であり、それを裏付けるギルド発行の《獣人登録証明書》もあるので今更ながらに逃げ延びたくて彼女が嘘を言っているのだろうとの事だった。


「姫様、奴隷商会のトラの獣人ですが、証明書を発行したギルドに確認したところ正式な手続きを取った事が判明いたしました。どうやらバスチアスの言うように嘘をついているのは獣人のようでございます」


 奴隷商会を出て宿に向かうと、イオネの指示で証明書の裏付けを行った。これはバスチアス自身が疑うならどうぞと言った事で、実際に確認しても不備はなかったらしい。


 獣人は冒険者やハンターの手によって捕らえられると最寄のギルドに連れて行かれて登録がされる。その時に何処で捕まったのかを獣人本人に聞かれるのだが、審議の際には “嘘が判る魔道具” などというモノが使われるらしく、大森林で捕まったのなら戻れるというルールを知っている獣人が嘘をついても誤魔化しは効かないのだそうだ。


 つまり獣人登録証明書が発行されたということは偽造でも無い限り奴隷としての地位が確定したという事に他ならない。


「やっぱりそれだけ人間の奴隷になるってことが嫌だったんじゃないの?」

「まぁな、あんな可愛い子なら慰み者にされる可能性が高いから、逃げられるものなら逃げ出したいんだろうな」

「私だって愛する人以外となんて嫌よ?なんとかならないの?お兄ちゃん」


「モニカ、私とて女だ。その気持ちは分かるつもりだが、あのトラ娘を助けるとなればその隣に居たネコ娘はどうなのだ?あそこに居た獣人八人を全部買い取って面倒を見ると?それとも何か?人間に飼われている全ての獣人を手に入れるつもりなのか?


 残念ながら世の中の流れを変えでもしない限り我々だけでは不幸な娘達を救う手段はありはしないのだよ。

 大森林を出て人間世界をうろついていた以上、こうなる事は覚悟の上のはず。だがもしも、何らかの方法で不当に連れ去られて来たのだとすれば、その時は断じて許す訳にはいかない。それが判明した時には全力を持って助け出してやろうではないか」


 あの娘の流した涙は嘘では無いように感じられたが、魔道具まで使って書かれた書類に間違いは無いだろう。だとすれば、やはり俺の勘違いという事になり、女の涙にコロッと騙されたという事になる。


「たっだいまーっ!いや〜よく働いた……って、あれ?どうしたの?」


 勢い良く開かれた扉からご機嫌度MAXのクリスを先頭にエレナとエマ、それにコレットさんが部屋に入って来たが、そんな状態のクリスでも分かるほどに神妙な空気となってしまっていた。


「なに、大した事ではないから気にするな。それより、お前達は今までずっと厨房にいたのか?」


 時刻は既に夕暮れ時を迎え夜の気配が増して来た頃、そろそろ夕食の時間なのにまだ帰って来ないなぁと思っていた矢先での帰宅だった。昼食の後に厨房に向かった筈なのに一体何時間お邪魔していたのやら……本物の “お邪魔” になっていなければいいがと少し心配になる。


「それがですね、料理長にお話を伺いながら夕食の仕込みまで見させてもらったのですが……」

「ちょっとやってみる?って聞かれてさ、やってみたら、ほら、私ってそれなりに出来る子じゃん?」

「明日からお手伝いに来いって言われたよ?」


 エレナ、クリス、エマがお芝居のように順番にセリフを並べてくれた。お手伝いってなんだよ?とコレットさんを見ても微笑んだままで機嫌良さげな様子……まさかのアルバイト?


「明日から三日間、薔薇の朝露の厨房で料理長の方から実技研修のお誘いを受けました。もちろん店長であるヒデ爺様から許可は頂いておりますので、後はイオネ様とレイ様の許可待ちとなっております。お許し頂けますか?」


「私は構わんがエマもやるのか?お前が料理を作る方に興味があるとは知らなかったぞ?」

「食べる方が好きだけど、エレナ姉様が教えてくれてやってみたら楽しかったよ?」

「エマちゃんは初めてやるって言ってたのに凄く器用なのでなんでもすぐ出来るようになってしまってびっくりしました」


 関心した様子でイオネが俺に視線を向けると、それに釣られるように当事者の四人が期待を孕んだ熱い眼差しを向けてくるので思わず半歩退がりたくなったが今は椅子の上だ。拒否する理由も無いし、拒否するような事でもないので先方が迷惑でなければやりたい事をやってこればいいだろう。


「ちゃんと料理長さんの言う事を聞くんだぞ?」


「「「わーいっ!」」」


 返事は無しかよと思ったが、嬉しそうに微笑むコレットさん以外の三人が喜びを露わに飛び跳ねながら抱き合う姿にほっこりすると、やりたい事が出来るというというのは幸せな事だなと昼間見た獣人の娘達を再び思い出した。



コンコンッ

「失礼します。姫様、今しがたパーニョンの統治者であるエルコジモ男爵の使者が参りまして、明日、ご挨拶に伺いたいとの事で都合の良い時間帯を聞かれたのですがお返事はいかが致しましょう?」


 調査報告をしてくれたダンディーな執事さんの隣に並び立った綺麗なメイドさん。高級な所とはいえなぜ宿屋に執事やらメイドがいるのかは疑問に思うが、この宿もオーキュスト家のモノだと言っていたのでイオネに付いて俺達とは別で移動して来たのかもしれない。


「ふむ、そうだな……奴の屋敷の中を見る丁度良い機会だな。明日の午前中にこちらから伺うと伝えておいてくれ」


「はい、畏まりました。それと、そろそろ夕食の時間となりますので一階にございます食堂の方へとお越しくださいますようお願い致します」


 待ってましたと意気揚々と立ち上がったリリィだったが、珍しく食事の事を差し置いて何かを思い出したようにその場で動きを止めた。


「アル達は?」


「アル様、クロエ様はこちらに一度顔を出されたのですが、二日程町を空けられると伝言を残してお出かけになられました」


「あっそ」と素っ気ない返事でメイドさんの背中を押すと早く食堂に連れて行けとばかりに部屋を出るリリィ。それに続いて立ち上がるとみんなでぞろぞろ部屋を後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る