27.パーニョン奴隷商会

「はいはーい、みんな静かに〜!そのお兄さんはみんなより字が上手ではないかもしれません。でもみんなが怖がるような強い魔物にだって勇敢に立ち向かいみんなを守ってくれることでしょう。

分かりますか〜?人にはそれぞれ上手にやれることと、上手に出来ない事があるのです。

 お兄さんはこれから字の練習を頑張る事でしょう。みんなは負けないくらいに他の勉強も頑張りながらお兄さんのように強くなるための練習もしなくてはなりません。みんなの方が大変なのですよ?

 さぁさぁ遊びは終わりです。前を向いてちょうだいっ、あと少しで休憩ですから頑張って終わらせてしまいましょうっ!」


 教師役の若い女の先生が子供達を促すと、それだけで元どおり静かになった部屋の中。凄い統率力だと感心しながら見ていると先生と目が合いウインクが送られてきた。恐らく今のうちに部屋から出ろという合図なのだろう。


 席を立とうとすると、俺の隣でレクチャーしてくれた女の子が声を出さずに口だけで「頑張ってね」とエールをくれたので、ウインクと共に親指を立てて返事をしておいた。



 部屋から出ると、すぐ隣の部屋の扉を開けて待つバスチアスがいた。中に入れと言うので誰も居ない部屋に入ると彼は窓際まで行き外を眺め始める。それに倣ってみれば中庭というには広過ぎる庭があり、半分を占める広場ではボールを使った運動をする子供達と、もう半分を占めるプールに入り、泳ぎの練習をしている子供達の姿があった。


「子供とは勉強もさる事ながら、遊びや運動も大事だと考えております。彼等は遊びの中で人との関わり方や距離感、連帯感といった集団生活をする上で最も重要な事を自分達で考えて学んで行きますし、運動をする事によって身体の使い方を覚えつつ未熟な身体を鍛えて行くのです。

 そういった観点から一日の内の二講義時間は身体を動かすことにしているのです。


 皆楽しそうでしょう?あの子達はほぼ全員が少なからず心に傷を負っています。親に売られたと正確に状況を理解出来ている者や、理由は理解していないが親と離れ離れになってしまって悲しむ者、盗賊団の襲撃で悲惨な光景を目にして来た者など様々です。そんな子達がこれから長い人生を生きていく上で最初の試練が奴隷としての厳しい生活になるのです。

 しかしそれでも希望を持って生き抜いて欲しい、奴隷生活の先にある未来で幸せな人生を送って欲しいと思うのは間違いでしょうか?


 私は奴隷商人です。彼等を買い取り、売り捌く事で利益を得て生活しています。ですが決して彼等の事を物としては見ておりません。彼等は不運なだけの同じ人間、ならば我々の仕事とは奴隷という過酷な環境下での努力の先にある、不運から脱出を果たした時にいかに幸せな人生を掴ませてあげられるか、そのお手伝いが出来る最高の仕事だと思っております」


 端まで泳ぎきりプールから上がったばかりの一人の少女が窓を開けたバスチアスに気が付き笑顔で手を振って来た。


「ミルリ、また泳ぎが上手くなったね。次は早く泳げるように頑張ってみようか?」


「あっ!所長だっ」

「おっホント!所長だ!」

「所長〜っ!」

「所長!俺も上手くなっただろ?」

「俺も見てくれた?」


 少女に声をかけると二階から見下ろすバスチアスに気が付いた沢山の子供達が指を指したり話しかけたりして来ている。そんな中バスチアスがミルリと呼んだ女の子は腰に手を当て頬を膨らませて怒ってますとアピールしていた。


「もぉ!所長ったらっ!せっかく私が気を遣って声を掛けなかったのに、所長から声を掛けてきたらみんなにバレるのは当たり前じゃないっ」


「いや〜、ごめんごめん。みんなを見てたらついうっかり……ハハハッ。今度から気を付けるよ」


「やーい所長っ、おっこられた〜」

「子供に怒られてちゃ駄目駄目じゃな〜い?」

「所長は所長だから良いんだよっ!」

「お前意味分かんないぞ?」

「所長は所長って事だよ」

「そっか、あははははっ」


 頭を掻き申し訳なさを演出するバスチアスだが、どうやらそれが子供達とのコミュニケーションの一端なのだろう。って言うか、ここって奴隷市場じゃなかったっけ?まるで高級な孤児院か何かにしか思えない。こういう集団教育施設があっても子供達にとっては楽しそうだな。


「はいはいはいっ、僕の失態はいいから今は貴重なプールの時間だろ?練習の時間が減っちゃうからみんな泳ぐのに集中しようか?」


「「「「「「はーい」」」」」」




 素直に泳ぎの練習に戻って行った子供達を満足気に見届けると、俺達に振り返りやり切った感のある清々しい笑顔を見せる。


「以上が我がパーニョン奴隷商会の全容になります。我が商会では他には無い手厚い教育と訓練を施し、奴隷を希望されるお客様の元にお届けしております。それが功を成して奴隷を買われたお客様だけでなく奴隷達自身からも好評頂いております。


 如何でしょう?ハーキース卿の奴隷というモノの見方は変わりましたでしょうか?


 全ての奴隷商会がこのような事を行なっているわけではありませんが、顧客も奴隷も全ての人間が幸せな人生を送れるように奴隷という立場が変わって行ったらと願っております」


 隣に居た俺以外には気付かれないような小さな溜息を吐くとイオネが半歩前に出て冷たい視線をバスチアスに注いだ。


「バスチアス、お前の商会のやり方には賛同するし、これからも続けてもらいたいと思う。だが、綺麗にまとめたつもりでもまだ終わっていないだろう?三つ目の奴隷の紹介はしないつもりか?」


「三つ目……と、仰いますと獣人の事でしょうか?アレは私の中では奴隷ではありません。言うなれば人の形をしたペットです。もちろんお客様の要望に応える為にいくつかはおりますが、ご覧になられますか?」


 清々しい笑顔から一転、顔に浮かべた営業スマイルとは裏腹に明らかに不服そうな感じの漂い始めたバスチアスに続き二階の端にある階段を降りると、犯罪者奴隷の居た地下への扉とは反対側になる建物の端にも別の鉄扉が設置されていた。


 扉に鍵を刺し開くと、中にはあのオールバックの男が表情なく立っていた。目で合図したバスチアスに応じて部屋の奥にあった鉄格子を開けると、そのまま門番のように立ち尽くしている。


 その横を通りバスチアスに続いて鉄格子の中に入って行く感じは、なんだか俺達がこの檻の中に収容されて行くかのような気分だ。

 暗い螺旋階段を降りきると再び鉄格子を開けることで着いた地下室は軽犯罪者奴隷が居たのと同じ様子の清潔感のある地下牢獄。一つだけ違うのは鉄格子の正面にある壁に何かが書かれた紙が貼ってある事くらいか。


「ここには現在八頭の獣人が居ります。詳細は檻の向かい側の壁に貼ってあります《獣人登録証明書》に書いてあります。これはギルドから発行された正式な書類で獣人が捕らえられた場所とそれを認定したギルドマスターの名前が入ったものです。獣人の種別、氏名、年齢なども書かれておりますのでご購入の際はこちらをお確かめになった上で実物をご覧ください」


 一つ目の檻を覗くと部屋の隅で膝を抱えて座る小さな白い耳の生えた獣人だった。驚く事にその耳の前辺りには小さな突起が二つあり、証明書を見る限りどうやらヤギの角のようだ。


 俺が今まで見た獣人は四人、その四人共が角の生えるタイプでは無かった事から獣人に角があるのに驚いてしまった。


「アン、お客様が来たら顔くらい見せろと言ってあるだろ?せっかくの綺麗な顔をお見せしないといつまで経っても主人が決まらないぞ?ずっとそこにいる訳にはいかない事くらい分かってるだろ?」


 耳をピクピクさせたがバスチアスの呼びかけにも膝を抱えて動かないヤギの獣人の檻を通り過ぎ隣の檻を覗くと、ヤル気なさそうにダラリと足を投げ出してボーッとしている猫の獣人が興味なさ気に俺達を見ていた。

 これが彼女としてのアピールなのかも知れないが全身を無防備に晒してるので本物の猫の様にスラッとした美しい身体のラインも当然丸見えで、思わず上から下までじっくりと見てしまう。



──おっぱいは小さいんだな



 正直にそう思ってしまった時、彼女の細い眉がピクッと動いたのが分かったので慌てて『ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!』と心の中で呟くと、それ以上の反応はなかったのでほっと胸を撫で下ろした。

 だが手を繋いで横にいたモニカはそんな俺の様子に気付いたようで耳元に口を寄せると俺にしか聞こえない小さな声で「えっち」と微笑みながら呟いたので困ってしまった。



 なんだか俺達の方が観察されているような猫の獣人の檻を通り過ぎると同時に鉄格子にしがみ付いた細い手があった。びっくりして視線を向けると、目に涙を溜めながらこっちを見ている女の子がいる。当然の事ながらその頭には人間の物ではない三角形をした耳が乗っかっており、忙しなく ピクピク と動くたびに裏側にある黄色地に黒のラインの入ったトラ模様が見え隠れしている。


「彼女は最近入ったばかりの子で……」


「助けてくださいっ!わたし……わたし、大森林で狩りをしてるときに攫われたんです!」


 バスチアスの言葉を遮り可愛らしいが悲痛な思いを孕んだ声で目に溜めた涙を流しながら自分の思いを訴え始めた女の子。可愛いそうと思うよりも先に彼女が口にした一言が俺達の中を衝撃と共に駆け抜けた。



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