19.懐かしき我が家

「アル、ただいま。リリィが大変なんだって?」


 台所に入るとテーブルに両肘を突き頭を抱える金髪の男がいた。顔を上げたアルは俺を見るなり立ち上がるといきなり飛びかかり、胸ぐらを掴んで顔を寄せて怒りを露わにする。


「テメェ!今まで何処をほっつき歩いていたんだっ!テメェがのうのうと遊んでる間にリリィはっ!!」


「すまん、それについては後で話すよ。リリィはどうしたんだ?エレナも教えてくれなかったんだ、リリィに何かあったのか?」


 血が滲むほど唇を噛み締めると手を離し、一歩退がって俯いてしまう。アルらしくない態度に何があったのか分からないがリリィが深刻な状態にある事だけは理解できた。


「俺の方こそすまん。またお前に八つ当たりする所だった、許せ。

 リリィは一週間前から昏睡状態になってしまったんだ。俺じゃどうする事も出来なかった」


「おやおや、アルが騒いでいると思ったらこんなに沢山の美人さんが来とるではないか。まあ座っておくれ。エレナ、お客さんにお茶を淹れてもらえるかの?」


 おいっエロじじぃ、俺はガン無視かよっ!


「おや?レイじゃないか、美人さんに気を取られて気が付かなんだわい。すまんすまん、お前も適当に座れ」


 んな訳ないだろっ!何この対応の違いっ、激怒げきおこプンプンだぞ!


「座れって言っても椅子が足りないじゃない」


 いつものように宙を飛んで来たルミアに皆が目を丸くする。そんな事などお構いなしに異空間に手を突っ込むと、二つもの長椅子を取り出して無造作に床に置いていく。

 その様子を唖然として眺めるモニカ達。俺達も最初来たときはそうなったが、なんだか通過儀礼みたいになってるな。


「あら、レイ、居たの?」


 感情を浮かべる事なく平然と言い放つが俺は見た、口の端が僅かに吊り上がったのを。

 そんなルミアからは久しぶりの再会を嬉しく思ってくれているのが感じられ、ようやく帰って来たのだとほっとする。



 エレナがお茶を淹れてくれる間にみんなの紹介をすると王女様やら、妻やら、婚約者やらで誰もが認めるイケメンであるアルは口が開きっぱなしになっていて笑えたのだが、師匠とルミアは微笑んでいただけだった。


「それでリリィはどうなったんだ?昏睡状態って、病気なのか?」


「そうねぇ、病気といえば病気ね。簡単に言うとショックで寝込んじゃったってとこね。もともとフォルテア村の事で弱ってた所に、ユリアーネの死と誰かさんが行方不明になったって事が引き金になり、とうとう自分の殻に閉じ籠ったってところ。

 やれることはやってみたんだけどね、私やアルじゃ反応しなかったわ。サルグレッドの治癒魔法とリリィが求める貴方ならばもしかしたら彼女を取り戻せるかも知れないわね。

 まぁ、それは取り敢えず置いておくとして……レイ、貴方封印を解いたわね?」


 封印?ルミアの言うものが俺が破壊した魔法陣の事ならば解いたと言えるだろう。それの説明をするとやはりそうだと言われ溜息を吐かれた。


「リリィは一日二日で死んだりしないわ。一先ずこれまでの事を話しましょう。

 レイ、貴方が転移されてから一体何処で何をしていたのか、詳しく教えて頂戴。いい?詳しくよ」


 転移されてから、かぁ。経緯説明も散々して来たがこれが最後だろうと思い、モニカの実家ヒルヴォネン家で拾われてから今に至るまでの事を話す事にした。

 流石にコレットさんとモニカとの事情まで話して聞かせた訳ではないが、ルミアの要望通り俺が思い出せる限りで詳しく話した。




 細い目を更に細め、紫色の瞳が冷たさを訴えかける。だがそんな目で見ても何も出ないし何も言わないぞ?

 すると人の顔を見て溜息を吐くではないか……それって酷くない?だいたい俺が転移したのってルミアの所為なんだけど?


「まず一つづつ片付けましょう。

レイ、通信具を外しなさい。これが動いてないのは多分貴方が魔力を吸い尽くしたからね。転移した後に体の調子が良かったって言ったわね?それはその魔力のお陰よ。最上級の魔石の魔力を四つも取り込めば能力も上がるわ。ただ、魔石の魔力は人間の扱う魔力とは違う、だから普通はそんなこと出来ないんだけどねぇ……はい、次。

 ついでたから魔導具関連を片付けましょう。例のでっかい魔石は使ってあげるから出しなさい」


 言われるがままに台所の隅の方に直径二メートルの赤色魔石を取り出しドンっと置くと、それを見た事がなかったティナにクロエさん、アルは目を丸くしたまま動かなくなる……お目目、乾燥するよ?


「あらあらご立派な赤球ね、一体何年経ったらこんなに大きくなるのかしら。やり甲斐がありそうね」


「魔石の大きさって変わるのもなのか?そんな話聞いたことないぞ?」


「変わるわよ?ただ成長速度がかなりゆっくりだから、普通のモンスターじゃ大きさなんてほぼ一緒ね。これだけの大きさの魔石だと何百年か、下手をすれば千年を越えてたんじゃないかしらね。海の主だったと言っても過言ではなかったかもしれないわ。

 それで魔導車はレイが持ってるの?外に出してきてくれる?あとエアロライダーも置いて来てくれるかしら。ちょっといじってあげるわ」


 楽しげな顔のルミアが魔石に触れると一瞬にしてその姿が消えて無くなる。


 莫大な価値があるのは分かっているが俺の手には余る代物だった。たとえ大事に持っていたとて鞄の肥やしとなっていたのは明白な事実、あの魔石をどうするのか気になりはするがルミアに任せておけば大丈夫だろう。

 人はこれを “丸投げ” と評するかもしれないが “猫に小判” ならまだしも “豚に真珠” などとは言われたくないし、有用な物はカビが生える前に有効に使われるべきだと一人で納得しておいた。



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