18.それよりも……

 ウィリックさんに促され、食事が終わると食料を調達してからベルカイムを後にした。いきなりこの人数で押しかけるとご飯が無くて買いに走らされる事が容易に想像出来たからだ。まぁ歩いても二時間もあれば着くから別に構わないんだけど、持って行くのが大変な訳でもないし手間は無い方がいい。

 長閑な森の中を男一人、美女六人で歩いて行く。変な輩が付けて来ないかと心配したがどうやら大丈夫だったようだ。


 しかし、ようやく家の近くまで来た時、殺気にも似た強い気配がしたので驚いてしまう。


「大丈夫だから手出し無用な?」


 只ならぬ気配に全員気が付き身構えるものの、感じる魔力は俺がよく知るもの。


 一人離れて先頭を歩き始めれば、一分も経たずして木陰から飛び出して来る風の刃。その数なんと三枚、碌に魔法も使えなかったアイツがよくもまぁ短期間で成長したもんだと褒めてやりたくなる。


 後ろには飛んで行かないようにと全て乗っ取り、自分の魔法として飛んで来た方向に投げ返してやる。それでも懲りずに、今度は左右から挟み込むように飛んで来るいくつもの風の刃。


 同じように投げ返すと同時、真正面から突風のように近付く影が目に入った。慌てて身を躱せば緑色の魔力を纏わせた槍の刃先が顔のすぐ横を通り抜ける。

 間髪入れずに何度も突き入れられる槍を躱し続けること五度。訳も分からず襲われるのがいい加減鬱陶しくなり、自分の正面に風の魔力で壁を作れば思惑通り相手が距離をとる。


 固く結んだ唇は感情を殺そうとでもしているのか、その可愛らしいき顔にはいつも明るかった彼女には似合わない怒りを滲ませていた。


「何の真似だよ、エレナ」


 一呼吸の後、これが返事だと言わんばかりに尚も果敢に挑んで来る兎の獣人。

 嬉しそうに短剣を握り、危なっかしく振り回していたのが嘘のように上手に槍を使いこなしている。その事に多少の驚きがあるが本気で殺しに来ている訳ではない彼女の意図が詠めない。


「私がどれだけっ!」


 風の魔法を自分の身体に纏わせる、つまり風の身体強化を施したエレナは、手に持つ槍にも風を纏わせると再び槍を突き入れる。

 まるで槍が増えたかのようにさえ感じる連続した素早い三段突き、すんでで躱すが当たったらごめんなさいじゃ済まないぞ?


「心配したとっ!」


 避ける俺を追い更に三段突きが入れば、俺の背後にあったはずの大木が粉砕されて メキメキ と音を立てる。

 おいおい、素人の威力じゃないぞ?


「思ってるんですかぁっ!!」


 動き続ける俺を追って横薙ぎに振られる刃。更なる跳躍で躱すと、その軌道に出来た緑色の残像が風の刃となって追いかけてくる。同じく風の刃を放ち相殺させれば、その隙を突いてまたしても三段突きが迫りくる。


「いつもいつもいっつも私だけ置いてけぼりでっ!」


 覚えたてとは思えないほどに強力な風の身体強化、達人級の速さを手に入れた突きが執拗なまでに襲ってくる。だが繰り出されるは “突く” か “薙ぐ” かの二択、文句なしの速さとて見極めるのはさほど困難ではない。


「どれだけ私が寂しい思いをしていたとぉっ!」


 引かれた槍、言葉途中で僅かにだけ噛み締められた奥歯、ほんの僅かにだけさっきより反れた身体からは渾身の一撃が来ると予測できる。

 放たれたるは彼女必殺の三段突き、猛進する三本の槍を身をよじって躱せば、僅かな間を挟み小さな風の刃が追撃にくる。


 その全てを乗っ取り彼方へと投げ捨てれば、二段構えだった三段突きが再び襲いかかる。この短期間で覚えた技だ、これしか出来かったとしてもランクCの冒険者程度なら圧倒できる事だろう。


「思ってるんですかぁっ!!」


 だが、誰かの悪戯だとて仮にもSという最高峰のランクを持っている俺には驚異足り得ない。


 僅かに身を捻ればすぐ目の前を緑の槍が通り過ぎる。それを掴んで逆に引き寄せれば、バランスを崩したエレナが俺へとよろめいた。ぶつかり合う視線、その碧い眼の端には木漏れ日に光るモノが見て取れる。

 胸に飛び込むようにやって来る身体を全身で受け止めると、再会の喜びと申し訳なさの入り混じる想いを胸にキツく抱き締めた。


「エレナ、ごめん。心配かけたことは済まないと思ってる。けど……君を迎えに来たよ」


 怒りのあまり刺されるのなら甘んじて受けようと思っていた。だがそんな心配を他所に、動きをめたエレナは槍を手放す。カラン と乾いた音が静かな森に響く、それは戦いの終わりを告げる鐘だったようだ。


「うぇ〜〜んっレイしゃん、無事でよがったぁ〜っ。心配、したんだからぁ……心配……えっぐえっぐ……」


 泣きじゃくるエレナを強く抱きしめ「ごめん」と何度も告げるものの、たったそれだけでは彼女を何度も置き去りにした事に釣り合いが取れないことくらい理解している。

 オークション会場で再会した時のように声をあげて泣きじゃくるエレナ、あの時とは違い抱きしめたまま彼女の気が済むまで頭を撫で続けた。


「その子がエレナちゃん?獣人って初めて見たけど可愛いのね」


 落ち着いてきた頃合いを見計らってモニカが頭を撫でた。もう離さないとばかりに俺にしがみ付いたまま、涙でクシャクシャの顔を上げてそれが誰かを確認するものの、見知った者でないと分かると鼻水さえ垂れるひどい顔をこちらに向けてくる。


「レイしゃん、この人は誰でしゅか?」

「モニカだ、俺の嫁。仲良くしてくれよ?」

「へ?」


 キョトンとした顔は本気で理解が及ばないのだろう。長い耳を傾けて小首を傾げる様子は可愛いものだったが、そんな事はお構い無しに勢いよく伸びてきた手が彼女のオデコを叩いた。


「はぅっ!」

「はろ〜っ、レイの婚約者のティナ様だよ」

「はぃぃぃぃっ?……妻?……婚約者??」


 突然の襲撃に痛むオデコを抑えてペタンと座り込む。そんなエレナにかかる追撃はますます彼女を混乱させる言葉。

 事態を飲み込めず何度も何度もモニカとティナを交互に繰り返し見るエレナ。


 見るに見かねて彼女の前にしゃがみ込むと、これ以上ないくらいにくしゃくしゃになった顔をハンカチで拭いてやった。


「エレナ、よく聞いて欲しい。ユリアーネが亡くなったすぐで何考えてるんだと思うだろうけど、ユリアーネの意志で俺は俺を想ってくれる人の気持ちを受け入れる事にしたんだ。

 だからモニカと結婚し、ずっと想いを寄せてくれていたティナとも婚約した。そして俺を想ってくれていたお前を迎えに来たんだ。

 お前は今でも俺の事が好きか?お前の他に嫁さんが居ても俺と一緒に居たいと想ってくれるか? もしそれでもと言ってくれるのならお前にも俺の嫁さんになって欲しい。どうだ?」


 せっかく拭いてやったというのに、徐々に表情が崩れていくと同時に再び涙が泉のように湧く。

 時間をかけずに溢れ出した涙は拭いたばかりの頬を濡らし、またしてもあられもないクシャクシャな顔で飛びついて来た。


 押し付けられた顔をグリグリと動かしやがるが、さっきの涙もまだ残っていて俺の服は雨でも降ったかのようにベタベタなんですけど?


 押し倒される形になったが抱き付くエレナの背中に手を回し再び頭を撫でると嗚咽を漏らして泣き始める。オッケーなのか駄目なのかハッキリした答えを貰ってないが……多分オッケーなのだろう。

 泣き止むのを待とうと頭を撫でていると、突然ガバッと顔を上げたかと思いきや熱烈なキスをされた。それは唇が触れ合うだけのキスだったのだが、今までのエレナの想いが詰まっているかのような長い長い口付けだった。


「今までお前の想いを受け入れてやれなくてすまなかった。それで、それは俺の嫁になってくれるってことでいいのか?」

「うん、うん、もちろんです。私はレイさんが好きです!私をレイさんのお嫁さんにしてくださいっ!!」


 再びガバッと抱きしめられた。想いが強い所為なのか、いちいち行動に勢いがある。それも彼女の性格だろうと背中に手を回して頭を撫でていると、やがて満足したのか、ゆっくりと体を離して立ち上がり太陽のように眩しい笑顔を浮かべて俺へと手を伸ばしてくる。


「エヘヘッ、もう離しませんからねっ!私を置いていくのはもう駄目ですっ。今度は駄目って言われても付いていきますからねっ!良いですよね?」

「あぁ、これからはずっと一緒にいよう。ただ、モニカともティナとも仲良くしてくれよ?」


 有言実行を体現するかのように、痛みを覚えるほど強く腕へと絡みつく。それは彼女の想いの強さなのだと自分に言い聞かせ、嬉しく思いながら黙ってそれを受け入れた。




 騒動のひと段落を見計らい、改めて近寄ってきたモニカがにっこり笑いながらエレナに向けて手を差し伸べる。


「私はモニカよ。よろしくねエレナ」


 俺にしがみ付いたままモニカの顔をしっかりと見つめ、その手を取りにこやかに握手を交わした。

 続いてその横に立ち、モニカの真似をしてバッと手を出すのはティナだった。


「私もレイの婚約者になったのよ。貴女と同じね、これからよろしくっ!」


 ティナとも握手を交わすと微笑み合ったのだが、一先ずは仲良く行きそうで一安心したのも束の間、エレナの口から衝撃的な情報が吐き出される。


「レイさん、私は幸せになりましたけど、早く先生の所に行ってください。今、リリィさんが大変なんです」


「どういうことだ」と聞いても「行けばわかります」としか答えない。

 先程とは打って変わり憂鬱そうな顔で視線を落とす始末。しかし取り乱した様子はなく、それほど深刻でもないのかと理解しようとするも、胸の奥では嫌な予感が蠢いている。


 喋らなくなったエレナに付き添われるようにして、もうすぐ到着する我が家へと足を急がせた。



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