20.嘘でしょ!?

 エアロライダーを持つティナが腕を絡ませ、魔導車を持つ俺と共に言われた通り家の外に二つを置いて戻ってくると、後ろから抱きつかれた雪がどうしていいのか分からずに困った顔をしていた。


「おいっ。雪をイジメるのはやめてくれよ?」


 ルミアの顔は何時もの無表情だったが何処か真剣さが感じられる……どうやらイジメているわけではなさそうだ。

 俺の茶化しにも応えず目を瞑り何かを感じ取っているのか、雪にピッタリとくっ付いたまま身動ぎすらない。


 同じように俺の腕にピッタリとくっ付き動かないティナと二人して入り口に立ったまま成り行きを見守っていれば、やがてルミアの目が開き、それに合わせるように若干ながらも怒りのオーラが漏れ出ている。


「貴女は後でシャロの所に連れて行くわ。あの娘、お仕置き決定ね。

 はい、次っ。レイ、貴方の刀も見せなさい。白結氣もよ」


「ヘイヘイ仰せのままに」


 白と黒、対なる二本の刀をルミアの前に置くと、皆が見守る中、朔羅を手に取りまた目を瞑って黙り込む。

 誰も喋ることなく静かに時間だけが過ぎていき、時折誰かがお茶を飲む ズズズッ という音だけが聞こえていた。


 十分くらいそうしていただろうか、目を開くと今度は ニコリ と微笑みを浮かべる。


「良い娘に育ってるわね。これからも大事にしてあげなさい。問題はこっちね」


 そう言うと今度は白結氣を手にして目を瞑った。また暫くかかるのかなと思われたが、ツルツルお肌の可愛らしくも幼い顔の眉間に皺が寄ったと思いきや「やっぱりか」と小さく呟くと目を開き、何やら師匠と頷き合っている。


「レイ、手を出しなさい」


 机に置かれた少女のような手、言われるがままに自分の手のひらを重ねれば柔らかな感触に包み込まれる。

 思えばこんな風に手を繋いだのは初めてのこと。見た目、十歳ちょっとの年齢不詳のおばあちゃまの手は潤いに満ちており、大きさは多少違えど、目を瞑ってしまえば雪の手と錯覚するほどに柔らかだった。


 集中するよう、目を瞑るルミアの姿を眺めていれば、握られている手がじんわりと暖かくなるのを感じてなんだか変な気分になってくる。


 人形のように整った顔は各パーツが控え目に出来ており見目麗しき容姿。見た目の年齢的にか、はたまた最初から師匠という旦那がいたからかは分からないが、今の今まで女性として意識した事はなかった。

 しかし、王宮という世界でも最高峰の場所で大切に育てられたサラと同じくらい透明感のある真っ白な肌に触れられていれば否応無しに異性を感じさせられ、相方である師匠に対する罪悪感がニョキニョキと芽を生やす。


 そんな折、長いまつ毛を従えた瞼が持ち上がり、隠されていた紫色の瞳が姿を見せる。


 正に人形の如く表情の無かった美しき顔、だが視線が合ったその時、かつて見たことのないような華やかな色を付けた。


「そんなに見つめて、私に惚れたのかしら?」

「へ?」


 思わず漏れた上擦った声、皆の視線が集まる中での痴態に顔が熱を帯びてゆく。


「まぁ、ルミアだからな。いい女じゃろ?しかし、ワシのじゃからな?」

「師匠っ!違うっ、違うから!」


 俺が慌てふためく様子を見てみんなして笑いやがった。くそぉ……恥ずかしいったらありゃしない。


「冗談よ。それよりレイ、貴方とんでもないモノに化けたわね。光魔法、使ったことあるのかしら?」

「光魔法?たぶん無いけど、あれって適性者が少ないんじゃなかったっけ?俺が使えるの?」

「習うより慣れろって上手いこと言った人間も居たものね。目を瞑りなさい。私の手から流れる魔力を感じ取るの、いいわね?」


 両手を繋いだまま言われた通りに目を閉じると、手の温もりが一層感じられ内心ドキドキしている自分がいた──いやいやルミアは母であり、姉であり、妹だから……。

 一人無意味な言い訳をしていると、感じたことのない魔力が流れ込んでくる。


 魔力はそれぞれの属性によって感じ方が異なる。


 火属性の魔力は揺らめく炎のような暖かくも モヤモヤ とした感じ。

 水属性の魔力は水が手を伝い流れて行くような柔らかな サラリ とした感じ。

 風属性の魔力は微風が身体に纏わり付きながらも吹き抜けていくような心地の良い感じ。

 土属性の魔力は湿った土を掴んだ時のようなしっとりとした、それでいて少し重いような感じ。


 属性のイメージに沿った感じ方をするが、もしかしたら人それぞれ多少は違うのかもしれない。


 ルミアの手を通して流れてきたのは暗闇を照らすぼんやりとした灯りのような魔力。時折り キラキラ と煌めく感じがするが、これが光属性の魔力なのだろうか。


「分かった?じゃあ目を開けてよく見て」


 目を開けるとルミアの指先に一センチにも満たない小さな光る球が浮いていた──これを作れと言うことだな?


 ならばと再び目を瞑り、先程教えてもらったばかりのイメージを思い浮かべるれば程なくして集まって来る光の粒達。瞼の裏では夜空を彩る星達がゆっくりとした流れ星のように中心である一点へと向かって流れ行く。


 やがてそれは大きく膨らみ、月のように丸い塊となった。


 見えている魔力をそのまま魔法とすべく、つい今しがた見せてくれた光る球が指先に顕現するようにとイメージを強める。


「眩しっ!」


 集中していた深い意識の奥まで差し込んだモニカの声。慌てて目を開ければ月どころか、自分自身でも目が絡むほどの強い光を放つ手のひらサイズの太陽がそこに在る。

 すぐさま魔力を絞るとそれに伴い光は弱まり、夜空を彩るホタルのように優しく光る米粒のような球へと変化した。


「わぁ、綺麗ですねぇ〜」

「本当だね、きれ〜」

「ええ、綺麗ね」


 皆が口々に褒めてくれる中、ルミアも満足そうに微笑んでいるので無事及第点をもらえたようだ。

 でも、これが出来たからって何なんだ?


「精霊石については聞いたのよね?」


 精霊石……雪自身であるシュレーゼの柄に紐で結ばれている青色の勾玉、だったな。

 剣に魔力を通すことで精霊石に精霊が溜まって……ん?


「なぁルミア、朔羅はこの中に居る。って事は、シュレーゼのように朔羅に俺の血を吸わせれば朔羅は実体化……」


「ばかっ!」


 名案を告げ終わらぬうちに何処からか取り出した一メートルもある巨大なハリセンが頭を襲い スッパーン! と心地良い音が鳴り響く──痛くはないけど結構な衝撃が来たんですけど!?


 ビクリ!と身を震わしたモニカの両腕にティナとエレナがしがみ付き、物事に動じない雪ですら一番近かったサラへと飛び付いていた。

 みんな凄く怯えた顔してこっちを見ていたので少しばかり笑えたよ。


「あのねぇ、雪が今どんな状態になってるのかちゃんと分かってるの?

 いいこと?精霊石は精霊を貯める為のモノなの。精霊が具現化する為に必要な量が溜まる前に無理矢理具現化させたからこそ今のように不完全な身体になってるわけ。朔羅まで同じ状態にしたいのかしら?


 精霊を集めるには地道に魔力を通すしかない、そうすることで彼女達は少しずつ成長して行くものなの。朔羅と会ってるのなら、その成長も見てるはずよね?毎日ちゃんと魔力を通してあげなさい、それしかあの娘が成長する術はないわ。


 一応言っておくけどそれぞれに合った属性の魔力を通さないと意味が無いからね?

 精霊石の色を見れば分かると思うけど朔羅の属性は “闇” 、それも貴方にしか扱えない特別な闇の魔力。つまりいくら精霊石があっても貴方しか朔羅を具現化することは出来ないのよ、頑張りなさい」


 闇属性の魔力ってあの黒い霧の事か?要するにあれを朔羅に纏わせると朔羅に栄養が行って成長するってことだな。たくさん使えとはそう言う意味だったのか。

 でもあの黒い霧、あれを使うと心が暗くなるんだよな。闇に引っ張られるとでも言うのか?


「その様子なら大丈夫そうね。心配の通り貴方の闇の魔力は危険なものよ、闇に心を惹かれて受け入れてしまえば貴方は貴方じゃなくなるわ。

 だから貴方があの力に耐えられるようになるまで使えなくする為に私が封印しておいた。その副作用ですべての魔法が使えなかった、それだけのことよ。

 レイ、心を強く持ちなさい。邪な欲望に流されて力を使わされるのではなく、貴方の信じるモノの為に力を使うのよ」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!ルミア、今何て言った?ルミアが俺の魔法を封印したってどういうことだよ?俺とルミアが会ったのはここに来てからだろ?それ以前から魔法は使えなかったのにおかしいじゃないか」


 俺が魔法を使えないのは生まれたときからの筈だ。なのに俺の魔法を封印したのはルミアだと言う、これは一体……。

 無理矢理にでも辻褄を合わせるのならば俺の魔法を封印する為にルミアはフォルテア村を訪れていたということになるのか?


「あら、ちゃんと想像力があるじゃない。生まれて半年くらいのレイ、ちっちゃくて可愛かったわよ?それが今じゃこんなに大きくなっちゃって、ねぇ?」


 まじか!? 衝撃の事実発覚だよ!



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