23.エルフの里
地上に降り立ったエレナは、お姫様のように丁寧な扱いをするイェレンツにエスコートされてご機嫌で戻って来る。
しかし俺から発する陰湿な視線に気が付くと、まるで凍らされたかのように ピシッ と音を立てて一瞬にして身を固まらせた。
──それはそうだ
事情を知る四人のエルフを含めみんなが苦笑いで見守る中、サクラを盾に半分だけ覗かせる俺の顔を見つければ、否応無しに何を言いたいのか理解した事だろう。
「浮気者……」
半分だけ開いた冷たい目で ボソリ と呟く様は恨みがましく、我ながらなかなかの名演技だったとは ピンッ と天へと伸びた長い耳と、あからさまに動揺した顔で口元に当てた拳とが物語ってくれている。
「そ、そんな……私はそんなつもりなんて……そりゃあ、ちょっと……ちょっとだけですよ?イェレンツさんカッコ良いなぁなんて思ったりしましたけど、それだけですよ?それなのにそんな顔しなくても……」
「そんなにその男が良ければ、そいつのモノになっちまえ」
「ひぐっ!……そんなぁ、私はレイさんの妻ですよぉ!?他の誰のモノにもなりませんっ!
そんな顔止めて下さいよぉ、ねぇ、レイさぁぁんっっ」
俺の言葉がオデコにでも当たったのか、そのまま倒れやしないかという勢いで仰け反りながらもすぐに元に戻ると、慌てて駆け寄り縋り付いてくる。
「離せ、浮気者。浮気癖が感染る」
「えぇっ!?嫌ぁっ!ずっと一緒にいるっでやぐぞぐじだじゃないでずが!!ズビッ お願いっ、わだじを捨でないで!?ごめんなさい、謝りまず!ごめんなざい!!お願い!レイざんど一緒にいだいの!!!」
どの口が言うのだと言葉にしなくても分かる視線は一先ず無視して、エレナの手を軽く振り払う真似をすれば大粒の涙が ボロボロ と溢れ出した。
ちょっとばかりやり過ぎたかと胸に顔を擦り付けているエレナの頭に手を置こうとした時、視界の端にゆっくり寄ってくる大きな影が映る。
「ブフッ、ブルッ、ブルルル」
視線を向ければ顔を擦り付けてくる翼の生えた白い馬、その子はさっきまでエレナを背に乗せ空を駆けていたペガサスだった。
何だか『泣かせちゃダメでしょ?』と諭されているような、それでいて慰められているような不思議な感じで、手で触れて撫でてみれば馬特有の短いながらも艶やかな肌触り。
「うぉぉおおぉっ?」
好意的な状況は一転、突然襟首に噛み付かれたかと思ったら一瞬にして空へと投げ飛ばされる。
訳が分からないままに、取り敢えずこのままでは不味いだろうと体勢を立て直そうとした時には優しい魔力が身体を包み込んだ。
──ん?
気が付いた次の瞬間には落下速度が弱まり、されるがままになっていれば、そのまま ストン とペガサスの背に座らされる。
だが驚いたのも束の間、グンッ と加速した馬体に置いて行かれそうになり慌てて股を締めて踏ん張り首にかかる手綱を引けば、止まるどころか空へと急上昇を始める。
「ちょっ……こらっ」
「ヒヒヒヒヒヒッッ!」
何処か愉しげな声にまぁ良いかと、もう片方の手で銀にも似た白いたてがみを掴んでバランスを取り、その子の気の向くままに空へと駆け登った。
魔導車に近いスピードで大空を自由に駆け回るペガサスは、動物であるにも関わらず、風魔法を操るようで向かい来る風を軽減させてくれている。
それでも、風を切って進む空の旅は モヤモヤ としていた気持ちを吹き飛ばし、楽しい気分だけを残していく。
地面が見えない程に葉に覆われた大森林の緑の絨毯の中、木が間引かれ地面が疎らにでも見えれば興味を引くのに十分だろう。
知ってさえいれば分かるエルフの里の上空を大きく何周も回った俺達は、みんなの見守る目の前へと降り立った。
「また乗せてくれよ、ありがとな」
「ブルルルッ」
気分良く帰還し、感謝を込めてペガサスの首を撫でる俺の前に立ったのは、口元に手を当てたまま キョロキョロ として視線の定まらないままに顔色を伺ってくるエレナと、その横に立つイェレンツ。
「すっかり仲良しさんだな、ヴィーニス。その男が気に入ったのかい?」
俺の元を離れるとイェレンツに近寄り、顔を擦り付ける様子に嫉妬心が再燃しそうになるがアレは彼の馬なのだろう。俺が嫉妬する方がおかしいのは分かるが、なんとも言えぬもどかしさがある。
「レイシュア、と言ったね?このヴィーニスは女性だ。私のヴィーニスと一緒に空の散歩を楽しんだ君は、エレナ嬢の事を浮気者と罵る権利があるのだろうか?
それに、君達が夫婦だというのには驚いたが、夫たる者、些細な事で腹を立ててないでもっと懐の深いところを……」
「別に本気で浮気者なんて言ってやしないさ。ただ俺の気持ちを伝える為に敢えてああいうシチュエイションをしただけ、俺とエレナとのコミュニケーションに他人のあんたがグダグダ口を出すなよ」
「レイさんっっ!!」
心底嬉しそうな顔で勢いよく飛び付いて来たエレナを抱き留め、力の限りグリグリと擦りくけてくる頭を撫でてやる。やり過ぎた事に多少の罪悪感が胸を突いたが、謝罪のつもりで頬にキスをすれば、唇を尖らせ口にしろとせがむのでお望み通りもう一度キスをした。
「大体だな、俺に誰かの事を浮気者なんて呼ぶ権利など無いんだ。そこにいるモニカも妻だし、コレットさんは口説き中だし、サクラは俺のモノだし、アリサだって……あれ?アリサは……何?」
「わたくしとレイとの関係は何処なのでしょうね、ご主人様?うふふっ」
「こらーっ!ご主人様は僕だって言ってるじゃないか!アリサの命を助けたのはレイじゃなくて僕!アリサのご主人様もこの僕なのぉっ!!」
「はいはい」とアリサが抱き寄せて頭を撫でれば、コロッ と表情を変え、猫のように目を細めて胸に顔を擦り付ける。
そんなサクラの様子を羨む目で見ていたのは、いつの間にか集まって来ていた大勢のエルフ達だった。
一族全員がお揃いの服なのはフェルニアに来ていい加減慣れたものだが、肩まで真っ直ぐ伸びた金髪を几帳面に切り揃えたところや、緑色の瞳に、造られた人形のように区別がつかない程に良く似た顔や体型まで同じとなると失礼ながら少々気味が悪い。
流石に男性と女性とでは身体の造りが違うようだが、女性の特徴である胸もそれほど目立つモノではない。
男性と比べると少しふっくらとした体型に見えるので パッ と見で女性だと分かるものの、大きく違うのは髪の長さくらいだろうか。
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