24.交換条件
シャランッ、シャランッ
百人以上居るだろうエルフの人垣が割れて姿を見せたのは、少々歳をとっているようにも見えるが然程変わらない容姿なのに、纏う雰囲気が威圧的ないけ好かない男。
左手に握るのは二メートルはある細い金の杖で、先端に取り付けられた輪っかの部分には左右三つずつに分かれて遊環と呼ばれる金の輪が嵌っている。
「父上、ただいま戻りました」
錫杖と呼ばれる儀式用の杖を突きながらエルフ達の前まで進み出ると、イェレンツが軽く頭を下げるのに合わせて俺達を迎えに来た四人も恭しくお辞儀をする。
慌てて居住まいを正しエルフ達に倣おうとするエレナを小突いて止めると『なんで?』と不思議そうな顔で見上げて来るが、あれはエルフの族長であって俺達が敬うべき存在ではない。
「この者がお前の言っていたエレナか?なかなかに可愛らしいお嬢さんじゃないか。それに、共の者も美人揃いだな」
舐め回すような視線に白い耳が ピンッ と天を突けば、気持ちの悪い笑顔はモニカ達へも向けられる。
「父上、エレナ嬢を含め、ここにいる女性達は皆その男レイシュアの伴侶だとの事です。誇り高きエルフとしての品格のある行動をお願いします」
「何ぃ?全て、だと?」
「はい、その通りです」
これ見よがしに一歩前に出て族長の視線を奪ったイェレンツのお陰で、視線というにはあまりにも気色の悪い呪縛から解放されてサクラが大きな溜息を吐いた。
当の族長はさっきまでの ニタニタ とした笑いが鳴りを潜め、眉間に皺を寄せて明らかな不機嫌さを前面に押し出すと、こちらも大きく溜息を吐く。
「それで?わざわざこんな森の奥地まで我等を探して来たと言うが、一体何用があると言うのだ?
我々はこの地で平和な毎日を送っておる。他の種族は知らぬが、百年以上も前に交流の途絶えた獣人などと今更話す事があるとは思えないが?」
「あ、改めまして御目通りありがとうございます。私は獣人王国ラブリヴァの現国王セルジルの娘であるアリシアの子、エレナと申します。
この度は次期国王に就任します母に頼まれ、あなた方エルフへの遣いとして手紙を持って参りましたのでお読みになってください」
やらなくては!と気概だけで己を奮い立たせ、嫌がる身体を無理に動かしているのは右手と右足が同時に動いているのを見れば一目瞭然。
それでもどうにか族長の前まで辿り着き、次期国王にはまだ決まっていない筈のアリシアから預かった手紙を渡して読み終わるのを待つエレナの顔は緊張で強張っていた。
「さっきも言ったが我々エルフは現状に何の不満も無い。つまりフェルニアの未来になど興味が無いという事だ。
まぁ、お前の態度次第では “お願い” を聞いてやらなくはないが……」
再び卑しい顔になると、奴の手がエレナに向かって伸びて行く。
『触るんじゃねぇ!!』と全力で身体強化を施して一瞬で距離を詰めると、触りたくもないその手ではあったが、エレナに触れられるよりはマシだと割り切って横から捕まえる。
「む?」
「私は何をすればいいですか? 何をしたらラブリヴァまで一緒に来て下さいますか?」
何か言われる前に口を塞いだエレナは、普段のおっとりさんとは違い言葉のタイミングというものを弁えていた。
不機嫌そうに俺の手を振り払った族長は顎に手をやり少し考えるとイェレンツに視線を向ける。
「盗人は捕まったのか?」
「申し訳ございません。目下捜索中です」
先程とは違う意地の悪そうな目で再び ニヤリ と笑みを浮かべると、左手の錫杖を掲げてペガサスを指さす。
「アレがなんだか分かるかね?」
第一印象の悪さに加えて、人の嫁だと分かりながらも俺の目の前で喰いものにしようとする太々しい態度、更に意味の分からない質問が乗っかり苛々が積り積もってゆく。
「アレはただの動物ではない、魔物の一種だ」
「えっ!?」
「何を……」
驚く俺達を満足げな目で眺めると、自分に注目を集めるべく錫杖を地面に突き シャランッ と音を立てた。
「生まれ出て三百年経つ俺より長生きの馬がいる、と?馬鹿を言うな。アレは風魔法を操り空を駆ける、そんな馬はこの世に存在しないだろう。
俺の言葉を疑うのなら殺してみるが良い。その目で魔石に変わり果てるのを見届ければ疑いも晴れよう。もっとも、そうはさせまいと止める者達を退けられれば、だがな」
つい先程、共に空を駆けたペガサスが魔物……いや、人間に害する魔物の中でも自然に生まれる魔石から成る凶暴なモンスターだというのは、にわかには受け入れ難い事実だった。
だからと言って、まるで邪気を感じられない、寧ろ友好的にみえる彼女達を提案通りに殺してみようなどとは思えないが、少なくない衝撃を受けたのもまた事実。
「最近になってどこの種族とも知れぬ輩がこの里の回りをちょろちょろと嗅ぎ回っているのが度々報告されている。恐らくペガサスを狙っての事だろう。
現在、我々が見つけたペガサスはその三頭だけだ。最初は物珍しいペットのようだった存在も、今となってはたとえ魔物であろうとも寝食を共にして来た家族も同然。そんな娘達を何処の馬の骨とも分からぬ輩にくれてやる気などサラサラないのだが、我々を嘲笑うかのように警備の網をすり抜け、未だに何者であるのかすら掴めておらんのだ」
遠くを見つめ溜息を吐き出す長老はさっきまでの気持ちの悪いエロオヤジではなく、ごく普通に家族を思いやるエルフの一人にしか見えなかった。
ペットや家畜であろうとも家族であるのは変わりなく、危害を加えられると分かっていれば守ってやるのが飼い主の務め。たとえそれが魔物であろうとも、心通わせ共に生きてきたペガサスはここに居るエルフ達にとってかけがえのない存在なのだろう。
「そこまで言えば分かるだろうが、お前達の要求を飲んでラブリヴァに行く代わりに条件がある。
盗人を捕まえ、俺の前に連れて来い。
それが出来ないのなら諦めて帰るか……一晩俺の玩具にされるか、どちらでも好きな方を選ぶがいい」
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