20.彼等の住処
大きな翼の一煽りで空へと舞い上がったが、風壁にも似たノンニーナの空気制御により文字通り飛ぶように速く空を駆けて行くのに向かい来る風など微塵も感じられない。
「軍部にて中将の職を任されておりますリュエーヴと申します」
「サラマンダー軍第一魔法部隊所属、収束魔法特別分隊隊長のミルドレッドと申します。
先程はリュエーヴ様の危ないところを助けていただきありがとうございます。改めてお礼申し上げます」
ギルベルトの広い背中で輪になって座り改めて自己紹介を終えた俺達に向かってミルドレッドが頭を下げると、彼女とそっくりな赤い瞳を持つリュエーヴも慌ててそれに倣って頭を下げる。
「こんな幼い娘が軍の中核である “中将” などという役にあるのはおかしいと思っただろう?
その二人はあまり似てないが血の繋がる姉妹でな、サラマンダー族族長オレリーズの娘なのだ。ミルドレッドも役職こそ隊長だがサラマンダー達の中でも最高の部隊を預かる者なのだぞ」
二千人と聞いたサルグレッドの騎士団より多い総勢三千人を誇るサラマンダーの軍隊は、その全ての構成員が女性なのだと言う。何故かと疑問に思うのも当然なのだが理由は単純明快で、サラマンダーという種族には女性しかいないのだと言うからそっちの方が驚きだ。
「私達が産めるのは基本的に女児だけなのですが、サラマンダー族の内で一、二年に一人という極稀に男児を出産する事もあります。
しかし、産まれるてくる全ての男子は猛々しい赤色のドラゴンへと姿を変えられるレッドドラゴン族となるのでサラマンダー族には女しかいないというわけです」
五百年は生きているギルベルトが最年長だとしてもレッドドラゴンが長寿の種族であるのは間違い無いだろう。仮に二年に一人のペースで産まれて来るのであれば単純に考えて二百五十人、何年寿命があるのかは分からないがそれに対してサラマンダーは軍隊に所属しているだけでも三千人はいるとなるとその比率だけでも凄まじいモノだと言えよう。
「獣人族は一夫多妻が珍しくないとは聞いたけど、そんなの目じゃないよな」
「一夫多妻……ですか?」
意味が分からないと言った様子で二人して首を傾げたミルドレッドとリュエーヴ。噛み合わない俺達に対して豪快な笑い声を上げたのは広い背中を提供しているギルベルトだった。
「人間達も地域地域で文化が違うように、種族毎に常識が異なるのは仕方のないことだ。己の物差しだけで物事を推し量るのはどうかと思うぞ?
まぁ、俺達が変わっていると言えばそれまでだが、男であるレッドドラゴン族と女であるサラマンダー族においては “夫婦” という観念は無い。強者であるレッドドラゴンが気に入ったサラマンダーに種を植え付け子を成す、そういう形式が一般的なんだよ」
「はぁ!? 何なのよ、それ……」
「女は子供を産む為の道具ではありませんよ」
「同感〜、愛する人の子だからこそ子供にも愛情を持って接してあげられると思いますぅ」
「お兄ちゃん、赤ちゃんまだ?」
「レイくん、私にも赤ちゃん頂戴?」
「お母さん!?笑えないからっ!!」
つまり、アレか?
ハーレムと言えば一人の男が複数の女性を囲う事を言うのだろうが、この二種族は集団ハーレム状態とでも理解すればいいのだろうか?
「私達サラマンダーは種を戴くタイミングを選ぶ事が出来ません。ですが軍の上層部となると子供を儲けた場合に代わりとなる者が居ない可能性があるために、殿方からのお誘いを受けても自分の意思でお断りする事を許されております。
母は少し変わった方で、私達が気に入った相手を選べるよう軍の中枢で無理に昇格させたので、私のような右も左も分からない幼子が中将などと分不相応な役職にあるのです」
レッドドラゴンの本能に従い望んでもいない子を授かり育てる、俺達からすれば娘の幸せを願う母の気持ちは当然の事なのだが彼女達の中ではその感覚は無いようだ。
フェルニアに来る前に立ち寄ったコレットさんの故郷イニーツィオが思い出されモヤモヤとした気持ちが湧いて来たのは、共にあの村に立ち寄ったみんなも同じだろう。
「お前達は目的があってこの地を訪れたのだろう?別に俺が作った制度と言うわけではないし取り立てて関心があるわけでもないが、余所者があまり首を突っ込まないようにとは忠告しておいてやる」
言外に『見て見ぬふりをしろ』と含めたギルベルトが身体を少し傾け高度を落とし始めると、向かう先の岩壁に無数の黒い斑点があるのが見えてきた。
「もしかしてアレがサラマンダー族の家ですか?」
「はい、私達の里 《ロシェニード》です。獣人族のエレナ様なら見えているかもしれませんが、あの斑点はそれぞれの家の入り口で、遙か昔にこの地へと招かれたドワーフ達の手により造られたと聞いてます。
ここからの見た目では窮屈そうに見えますが、中は蟻の巣のようになっており不思議と風も通るように造られているので外の家よりも快適なのです」
規則正しく口を開ける住居の入り口は五段に分かれており、その一番下の段の両脇には恐らく人数の関係で入りきれなかった者達の為の木造の小屋のような物が建ち並んでいる。
「俺達の住処はこっちだ」
俺達がよく見えるようロシェニードの手前で空中浮揚すると、ゆったりと翼を羽ばたかせながら上昇を始めた。
「えっ!?さっきは無かったのに……なんで?」
「好きに造ったはいいけど目立ち過ぎて困った。それならばと結界で目立たなくしていた、そんな所よね?」
「ご明察だ、護り姫。要らぬ争いは避けるべき、正しき在り方だと笑わないでおいてくれ」
見えてきたのはサルグレッド王城の二倍はあろうかというほどに壮大な城。
岩を削り出しただけの色合いの無い巨大な彫刻は、高さ違いで三重に取り囲む城壁と大小様々な建物が織り成す奥行きの深さ、そこに生えるとんがり屋根が合わさって芸術など嗜みのない俺でも感嘆が漏れる程に存在感のある立派なものだった。
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