19.族長ギルベルト

「親父……まさか!あの女が持ち主というのは本当の事なのか!?」


 こっちの方が驚いてしまう言葉を発して唖然とするクラウスは闘気と共に力まで抜けてしまったようで、手にした巨大な剣の先端が鈍い音を立てて地面にめり込んだ。

 その音を聞いただけでも剣の重量が相当なものだと分かり “超重量のデカイ剣を振り回す最強の剣士” という幼き頃に抱いた俺の憧れが蘇るが『俺にはこっちの方が良いな』と二本の愛刀に視線を送りつつ白結氣を腰に戻す。


「なんだ?クラウス、居たのか。まさかお前、こいつらにちょっかいかけたんじゃないだろうな?」


 クラウス同様、光に包まれたギルベルトが変えた姿は五十歳くらいの中年親父。親子揃って癖のある赤い髪に金色の瞳で、息子には敵わぬまでもムキムキの筋肉ダルマなところまでそっくりだ。


 だが、年を重ねてきたことで出来たであろう顔に刻まれる皺と、鼻の下と顎に生やされている手入れの行き届いた黒い髭がクラウスには無い落ち着いた力強さを醸し出しており、人間の姿を取ったことで威厳に満ちた “族長” としての風格がより一層良く分かるようになった。


「ぐふっ……」


 全てお見通しの様子の涼しい顔をした父親さんは唇を噛み締め言い訳の出来ない息子の脇を通り過ぎざまに軽く腹パンを入れると、歩く姿にさえ強者の覇気が纏うようなゆったりとした足取りで俺達の前に……来る途中で足を止め、今初めて気が付いたように横を向いた。


「リュエーヴ、そんな大勢引き連れて何してんだ?軍隊ごっこは良いが、あまり皆を巻き込むのは感心せんぞ?」


 俺に喧嘩を売ったクラウスが軽く制裁を受けたのを見ていた彼女達。

 クラウスは身内で喧嘩も未遂であったためあの程度で済んだが、自分達サラマンダーは下位種族である上に俺達に戦闘を仕掛けてしまった。

 で、あれば、もっとキツイお叱りを受けるに違いない……そう思ったのではなかろうか。



 向けられた視線にブルリと身震いして覚悟を決めると、少女ながらもマーゴットがしたように ピシッ と姿勢を正して意を決し言葉を紡ぐ。


「私共防衛部隊は母オレリーズの命により領地に侵入して来た……」


「あぁ、分かった分かった。つまりオレリーズの早とちりって事だな?まぁ間違いなど誰にでもある事だからそれは構わんよ。こいつらが有害な者達で無いのは俺が保証するから、隊は解散し里に帰るがいい。

 あ〜っと、リュエーヴは俺に付き合え。ミルドレッドもだ。

 マーゴット、お前が帰路の指揮を取れ。隊を安全に且つ速やかに里に戻すのがお前の仕事だ。ついでに帰ったらこの事を報告してオレリーズに俺のところまで来るように伝えろ、良いな?」


「ハッ! 聞いての通りだ、全員帰還するぞっ」


「クラウスっ!お前も遊んでないでさっさと帰れ。突然飛び出して行ったとセレステルが文句を言いに来たぞ?少しはあいつの講義をまともに受けて、この俺を族長などという面倒なものからさっさと解放してくれ」


 指示通り動き出した百名余りの巨乳軍団を笑みを浮かべて見届けると再び歩き始め、今度こそ俺の前まで来たギルベルト。

 背後で光に包まれたクラウスが大きくなると、赤い翼を羽ばたかせて飛び上がり大空へと消えて行く。


「ったく、馬鹿息子が……」


 目を細めて見送るギルベルトからは親の愛情というものが見受けられ、自分達にも子供が出来たら同じように苦労させられるのかなとまだまだ遠い未来を想像しかけた時、そんな俺を見透かしたサラが雪の居なくなった左手をキュッと握り微笑みかけてくる。


「癒し姫も久しぶりだな。あの時より美しさに磨きがかかっているのは闇の皇子と契りを結んだからか? はっはっはっ!若いとは羨ましい事だなっ。お前はあの時一緒にいた嬢ちゃんだな?そんな大きな子供が……ん?お前は、精霊か?そうかそうか、そういう事か」


 俺達を見回したギルベルトは顎髭を触りながら一人で勝手に納得すると、アリシアで視線を止めた。


「お前には一度だけ会ったことがあるな。セルジルの娘で名前は確か……」


「あら、覚えていて下さったんですね。獣人王国ラブリヴァ国王セルジルの娘でアリシアと申します。そしてコレが私の愛娘エレナです、どうぞお見知り置きを」


「ほぅ、娘さんは獣人であるのに風魔法が使えるのか。お前も闇の皇子を支える星の一つだと言うわけだな?揃いも揃って美人ばかりを集めるお前の運命とは……羨ましいかぎりだな。どうだ?一晩だけ代わってやろうか?がははははははっ」


「運命とやらだけならいつでも代わってやるよ。それよりさ、その “闇の皇子” ってなんだかむず痒いから止めてくれよ」


「ん?そうか?俺はお前の存在そのものが嬉しいんだが、それならば仕方あるまい。

 まぁ、それはそうと、ラブリヴァの状況と失踪したと聞いているアリシアがここに居る事を考えれば自ずと答えは見えてくるが、俺の勘違いという事もあるから一応の確認がてら問うとしよう。

レイシュア、お前達は何故ここに来た?」


 孫を見る老人のように穏やかな表情をしているが、肩に座るヘルミをチラリと見ただけで真っ直ぐ俺へと向かう金色の瞳は真剣なモノだった。


「恐らくお察しの通りですが、詳しい事はレイ君に話しておりません。サラマンダーの族長をお呼びになったのなら、お二方纏めて話を聞いて頂きたいのですが席を設けてもらえませんか?」


「ギルベルト、アリシアの話は其方の想像を超えるモノだぞ?長くなる故、久しぶりに酒でも酌み交わしながらと行こうではないか」


「なんだノンニーナ、起きてたのか?お前の目的はアリシアの話か?それとも俺達の酒か? くっくっくっ。お前の明け透けな考えなど聞くまでもないか」


「当たり前だ、我の目的など酒に決まっている。寝ぼけた事を言っとらんでいいからさっさと里に連れて行け」


 そう言えば二人は同じくらい長生きだったな。

今は違う部族として別々に暮らしているが、闇魔戦争を共に戦った盟友であれば勝手知ったる仲であってもおかしくはない。


 俺の肩から飛び立ったノンニーナはギルベルトの背中に回ると両手でポカポカと叩き始める。

 何がしたいのか分からなかったが、ほのぼのとした親子のじゃれ合いのような光景を見ながら『居心地の良い椅子より酒か』とノンニーナの性格の一片を心のノートに書いているとギルベルトが光に包まれ再びドラゴンの姿となる。


「ノンニーナがいれば俺の飛行にも耐えられるだろう。里までひとっ飛びするから、乗り心地が良い保証はないが背中に乗せてやるよ。レッドドラゴンに乗る機会なんて滅多にないぜ?リュエーヴ、お前達もさっさと来い」


 片翼を地面に伸ばし登りやすいように配慮してくれるのは彼の人柄なのだろう。


 空に浮かんだままだった風の絨毯を広い背中へとゆっくり降ろしていれば、意気揚々と軽いステップで階段代わりの翼を登って行くティナに続き、命令であらばと自分の上官とも言えそうな感じのギルベルトの翼に恐る恐る足を乗せたミルドレッドと、その後に付いて覚束ない足取りで登り始めたリュエーヴ。


 凸凹とした力強い骨格と柔軟性のある翼の主要部分から成る坂を登るのはまだ成長途中の少女には中々の試練のようで、自らの体重で沈んでしまい歩きにくい足場に苦戦していたのだが、ミルドレッドに言われて真っ直ぐ伸びる外側の太い骨の上を両手を付きながらもゆっくり進み始めた。


「あっ……」


 なんだか危なっかしいなと思いつつ雪を抱っこして下から見ていると、あと数歩というところで油断したのかバランスを崩して重心が背後へと移ってしまい身体が傾き始める。


「リューっ!!」


 どうしたらいいのか分からずされるがままに重力に引かれて落ちて行くリュエーヴを捉まえようと必死になって手を伸ばしたミルドレッドだったが、人一人分の距離は遠く、願い虚しくも空を切っただけに終わった。


「くっ!」


 失敗を悟った彼女は迷う事なく飛び出したが、そんな事をすれば自分が怪我をするだろうに身を挺してリュエーヴを守ろうと考えたのだろうか?

 だが残念な事に地上まで五メートルと大して距離も無いのに今更飛び出した所で間に合う筈もない。



──こんな事もあろうかと近くで見ていて正解だったな



 纏まりがなくなる事で陽の光を浴び、より一層鮮やかさを増した朱色の髪を靡かせ宙を舞うリュエーヴを風の魔力で包み込むと、落下速度を緩めつつ空いている右手に収まるように誘導すればすぐに重みが伝わってくる。


 落下の衝撃が来るのに備えて身を強張らせていたようだが、想像していたのとは違う感触が来た事に疑問を感じて眉間に皺が寄るほど固く瞑っていた目を恐る恐る開くと、同じ赤でもリリィの薔薇色やティナの薄紅色とは違う、真紅とも言えるほどに濃い赤色をした瞳が姿を現す。


 無事受け止めた彼女を見ていたので目が合うのは当然と言えば当然なのだが『大丈夫だぞ』と思いを込めて笑顔を向けると、理解が追い付かない様子で目をパチパチとさせてゆっくりと視線を逸らし、すぐ向かいで微笑む雪を見て小首を傾げた。


「良かった……リュエーヴ様を助けて頂きありがとうございます」


 宙に浮いたままなど経験が無いだろうに、我が身の事など気にもせずされるがままのミルドレッドは心底 ホッ としたように胸を撫で下ろして笑顔を向けて来たのだが、初めて見せた穏やかな顔にユリアーネが重なり再び チクリ とした小さな痛みが胸に走った。



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