37.癒しの時間
「ぶぅぅぅぅぅぅんっ!」
操作球に手を置き、ご機嫌で魔導車の運転をするのは焼けた肌が魅力の健康的な女の子。右に左にと砂埃を撒き散らしながら高速で砂の海を駆け抜けて行く。
「ちょっと!真っ直ぐ走りなさいよっ!」
「そ、そうね……あんまり フラフラ と蛇行されると、気持ちが悪くなって来るわ」
「そう言うものですかぁ?私はまったく気にならないのですが……」
「エレナは変態だからね!私はそろそろ限界……ちょっとアンタ!いい加減にしないとアンタの服にゲロリンチョするわよっ!うぷ……」
「お、おいリリィ、大丈夫か?」
前を向いたまま ペロリ と舌を出したミカエラは反省しているのかしていないのか分からない顔をしていたが、一先ず蛇行は止めてくれたので皆の体調がこれ以上悪化する心配は無いだろう。
「兄さん、アレ、なんやろか?」
ミカエラの指差す先にはこの砂漠に入って初めて目にする砂以外の物。言ってる間にも緑色の塊は徐々にその大きさを増し、そこがオアシスである事をアピールし始める。
「砂漠のオアシス?」
「そうみたいだけど、砂以外何もない所なんだから、魔物にとってもいい場所なのではありませんか?」
「ボスとか居たりして……」
「居たら倒してしまえばいいのですっ!」
「アンタに任せたわ」
「ええっ!?リリィさん酷いっ!」
程なくしてオアシスに着いた俺達は我が目を疑った。
【安全地帯
注)このオアシスに魔物は入れません】
ふざけた事が書いてある古びた木の看板に出迎えられたオアシスは、ざっと見で直径が二百メートルはあろうかという緑地帯。そこ一帯だけ別世界のように地面を覆う芝生のような短い草が敷き詰められ、南国を思わせる背の高い木が何本も生えて長閑な木陰を作り出している。
「何ここ?罠……じゃないよね?」
「何の為の魔法探知なんだ?自分の持てる技術は使ってこそ真価を発揮するんだぞ?」
「うぐ……今やってるわよ!」
「本当に魔物の気配がありませんね」
「サラ!?もう調べ終わったの!」
「クスクスッ、ティナはもう少し修練が必要なのではありませんか?」
中心にある直径百メートル程の池は澄んだ水を蓄え、その真ん中にある大きな石の上にはサルグレッド王宮の玄関にあったような水瓶を持った人魚の石像が座り、例に漏れずその水瓶から ドドドドッ と豪快な音を立てて水が溢れ出ている。
近寄ってみれば地面を切り取ったような水際。いきなり水深が一メートル程もあり、池というよりは人工的に作られたプール、そう言った方がしっくり来る感じだ。
ここはダンジョン、何者かに作られた場所なのだと改めて認識すると、この不可解な場所も何かしら意図があって作られたのだろうと理解出来る。もしもあの看板が本当なら、ここまで辿り着いた冒険者を労う為の場所なのかもしれない。
「ねぇっ!魔物、居ないんだよね?」
キラキラ した目で俺を見るティナの隣に何故かミカエラまで ウキウキ した顔で並ぶ。
「あぁ、そうみたいだな……」
「じゃあさっ、泳いでも良い?」
物凄い勢いで振られる犬の尻尾の幻視が見えるので止めても止まらないだろうと予測される。何かしらの悪意ある仕掛けが無いとも限らないので本当は『駄目』と言いたいのだが、転移魔法陣の部屋が本当に安全地帯だった事を考えるとそういう悪質なトラップが仕掛けられている可能性は低いようにも思える。
「わかった、わかった。ただし何があるか分からないから気を付けるんだぞ……って聞いてないし」
オッケーを出した瞬間に駆け出したティナの後を追い、ミカエラも池に向けて一直線に走り出した。
ドッボーーンッ!
ドボンッ!
小さな水柱が上がり気持ち良さげに泳ぐ二人の姿を見ると、やはりというか当然というか、他のメンバーも浮き足立たずにはいられない。
お互いに顔を見合わせ『良いよね?』と無言で頷き合うと、誰とも無しに走り出し、次から次へと水柱を上げて池に飛び込んで行った。
「うっひゃっ!冷たーーいっ!でも、気持ちいい〜」
仰向けに浮かび全身で水を感じているモニカの姿を目で追い、羨ましそうにしていた雪を抱き上げると不意を突かれたように ビクッ と驚いていたので思わず笑ってしまった。
「トトさま、いきなりはビックリします」
俺のせいで少し怒ったように頬を膨らますが、真意はそれだけではない事くらいお見通しだ。
「雪、行くぞっ」
「えっ?行くって……トトさま!?」
返事など待たずに池へと走り出すと思い切りジャンプ、風に揺れる水色の髪の中に見える雪の顔は驚きや焦りよりも喜びが多くを占めていた。やっぱり一人だけ取り残されて寂しかったんだなと思った時、水飛沫を上げて水の中へと入り込んだ。
「プハッ!本当に冷たいな。気持ちいいよな?」
「はい、冷たくて気持ちいいです。でも、服がベタベタになってしまいました」
それを気にして入るのを躊躇っていたの……か?
「そんなの後で乾かせばいいだろ?ん?待てよ、雪って泳げたんだっけ?」
「……トトさまが鈍感なのは知ってました」
そうか、そういう事だったのか。呆れた顔して見てくるが俺が鈍感うんぬんは置いておくとして、水の精霊なのに泳げないとかいただけないな。
「ん〜、服のままで泳ぎの練習は辛いかな。水着あったよな?教えてやるから着替えて練習するか?」
微笑む雪の顔から同意を得たのを感じると、一旦、池から出て服を乾かした。その時ある物が目に入り溜息が出たのだが、一先ずシュレーゼと共に地面に転がるモニカの鞄から雪の水着を取り出すと、既に張られたテントの中で着替えるように言っておいた。
鞄から出すだけの状態になっているとは言え既に三つのテントが張られており、四つ目のテントを出した人物に忍び寄り、油断している背後から抱き上げた。
「キャッ!……もぉ、レイ様。それは気配を殺してやる事ですか?」
「みんなが遊んでるのに一人だけ仕事してる悪い子には、そういう措置も必要だろ?」
「私は私の仕事をしていただけです。それのどこを見たら悪い子な……んっ」
大人しくお姫様抱っこされたままな癖に、俺が言いたい事を分かってて反論する捻くれ者の口を俺の口で塞ぐと、抵抗するでも無く、首に手を回してそれに応えてくれる。
「何度も言うけど俺はコレットさんの事をメイドとして見ていない。そんな事は後で俺がやるから今はみんなと楽しもうよ」
「レイ様がそう言われても私の考えも立場も変わりませんよ」
「あっそ……じゃあ、ご主人様の命令!みんなと仲良く遊びましょう、なんてどうだい?」
「なんですか、それ……」
「うるさいっ、ご主人様の命令が聞けない悪いメイドは強制連行します」
走り出した俺に ギュッ としがみ付くコレットさんは、やはり、何処となく嬉しそうだ。クロエさんを見習っていい加減にメイドという仮面を外してくれると助かるんだけどなぁと思いつつ水の中へと飛び込んだ。
▲▼▲▼
六日に及ぶ暗く狭い地下迷宮でのストレスを癒すべく思い切り水の中で楽しんでいると、青空が変化し茜色へと変わって行く。そんな中、水に浮かび、 何も考えずにただ ボーッ と変わり行く空擬きを眺めていると、太陽が無かった事から予想はしていたが星も無ければ月も見当たらない。どうやらそこまで細やかな芸は、このダンジョンには無いようだ。
「暗くなりましたね。でも迷宮とは違って真っ暗ではないのは何故なのでしょうね」
手を繋ぎ、隣で同じように漂うサラから疑問の声が上がる。
「だだっ広いところで真っ暗になると松明やランタンでは灯りが足りなくて魔物に対処出来ないからじゃないかな」
「こんな安全な場所も用意しているという事は、このダンジョンは攻略してもらいたいと思って設計されているのでしょうか?」
「うーん、やっぱりサラもそう思うか?徐々に強くなってくる魔物といい、何度も中身が復活するという宝箱といい、人に来て欲しいという意図は煤けて見えるよな。そんな中で俺達みたいな力ある者達には最下層まで攻略して欲しい、そんな感じなのかもな」
空が暗くなったからか、ずっと冷たい水に身を浸していたからか、心なしか寒くなってきたので立ち上がるとサラも真似して立ち上がる。
「お兄ちゃ〜ん、サラーっ、ご飯出来たよ〜っ」
ちょうどモニカの呼ぶ声が聞こえて来たので「今行く〜」と返事をするとサラを抱き上げた。
「戻りましょうか、お姫様」
「そうしましょうか、王子様」
クスリと笑いながら俺の首に手を回して来るので、顔を近付け唇を重ねた。
「こんなダンジョンさっさと攻略して本物の太陽の下で泳ごうぜ?またウェーバーぶっとばすのもいいな」
「あら、また二人だけの世界に行きたいのかしら?」
「おいおい、また暴走するつもりか?まぁ何にしても、最下層まで行って土竜に会って一言言ってからだな」
「何て言うつもりなのですか?」
「属性竜のくせに寂しがりやか、ボケ!」
拳を握り怒った真似をすると、それが面白かったのか口に手を当ててコロコロと笑い出したサラ。
「へっぷしっ!」
誰かのくしゃみが聞こえて来たが、気のせいではなく少し冷えてきたようだ。風魔法に火魔法を加えて水から出ているサラの服を乾かしながら水辺まで歩くと、みんなの元へと向かった。
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