7.サプライズ!婚約披露パーティー

「いやぁ〜、遠路遥々よく来てくれたね!サラ王女殿下と婚約したという話は聞いていたけど、まさか本当に一緒だとは正直驚いたよ。そちらの獣人さん達は初めましてだね、白ウサギが三人も居るとは前代未聞の光景だよね。二人共美人さんでレイ君が羨ましいよ。


 一応自己紹介すると、私の名前はケヴィン・サザーランド、ティナの父であるランドーア・カミーノの妹であるイルゼの夫で、叔父に当たる存在だよ。以後お見知り置きを。

 まぁ、立ち話もなんだから一先ず午後のお茶でも一緒にどうだい?」


 玄関の扉を開くとお供のメイドさんすら連れずに一人で出迎えてくれた金髪オールバックの男。

 三十代前半のキビキビとしたやり手の商人風のケヴィンさんは、カミーノ家と同じく伯爵の位を持つ歴とした貴族様だ。ただ、何世代か前に商人から貴族になった家系らしく、貴族となった今でも自ら矢面に立ち商売を営んでいるので商人の風格があるのは当たり前の事かも知れない。


 首の後ろで一つに纏められた背中まで垂れる長い髪を揺らしながら食堂まで案内してくれると、貴族という身分は何処へやら、やはり自分で扉を開け放つ。


 そこで待って居たのは目元がランドーアさんそっくりのイルゼさん。金に近いオレンジの髪を頭の上の方で一つに束ねた感じは王都で会った貴婦人の印象とはだいぶ違い、ティナを思わせるような活発そうな雰囲気がする。


 その隣にいる金髪の少女は二人の娘であるセリーナなのだろう。彼女に会うのは初めてだが、父母両方に似た顔立ちと頭の後ろで一つに纏めた髪が二人の子供を物語っており、まだ九歳だというのに利発そうな美人だという印象を与える。


「あらあら、いらっしゃい!お昼食べたら来るって聞いてたのに、なっかなか来ないから待ちくたびれちゃったわ。でも、こんな遠いところまでよく来てくれたわね、まぁ座って?」


 俺達の姿を見るなり二人して立ち上がると優雅さを感じさせるゆったりとした手付きで席を勧めてくれる。

 ティナももう少し大人になって落ち着くとこんな感じになるのだろうか?今の元気いっぱいのティナも好きだけど、こういった大人の女性っぽいのも良いなぁなんて考えてたら、ティナが小さく手を振りながら席に向かい歩き出したので慌ててそれに倣った。




「セリーナは相変わらず勉強三昧なの?少しは外で身体を動かす事もしてる?」


 一通りの自己紹介が終わったところでティナがお姉さんぶってセリーナに問いかけると、終始背筋をピンと伸ばし姿勢良く座る年不相応な少女は、最初の印象通り賢そうな感じながらも溌剌とした口調で喋り始める。


「ティナ姉様の長年の想いが叶いレイシュア様と婚約されたように、私にもお父様の跡を継ぐという夢があります。その為にはまだまだ沢山の事を学ばねばなりませんので、今はひたすらに勉強を頑張っているのです。

 ティナ姉様の言う通り身体を動かす事も大事だとは分かっているのですが、それよりも勉強の方を優先してしまうのは私の悪い所ですね」


「あら、自覚はあったの?それなら話は早いわ。貴女、偏り過ぎなのよ。せっかくティナ達が来てくれたんだから、みんなが居る間は勉強禁止ねっ!」


 ニヤリと笑うイルゼさんはやはり企みがあったようだ。ここぞとばかりに俺達をダシにして娘の教育の方向修正を図る……別にそんなことくらいならいくらでも使ってくれて構わないのだが、これはもしかして俺達を呼んだ目的の一つじゃないのか?


「そっ、そんなっ!お母様、それはあまりにも横暴です!それでは私の予定というものが……」


「お黙りなさい、もう決まった事です。約束を破ったら罰としてみんなが帰った後、一週間勉強禁止ぃ〜っ。いいわね?約束破ったのを隠したら更に一週間追加よ? たまには年相応に伸び伸びと外で遊びなさい、レイ君頼んだわよ?」


 若干の涙目で抗議するセリーナ。そんなにまでして勉強したいのならさせてやればいいのにとも思うが、確かに運動を全くしないというのは成長期の体には良くないだろう。って事は何か?俺達は彼女の為にも何日かはここに留まらなくてはならないのだな。すぐに帰れるとは思っていなかったが……まぁいいか。


「ははははっ、セリーナ、イルゼが言い出したら聞かないのは君も良く知ってるだろ?

 もちろん知識というのも大事だが、商売をする上ではその経験だけでなく、君の歩む人生の中で体験して来た全ての経験が何よりモノを言うんだ。それに加えて体力が無ければ出来ない職種でもあるしな。


 私の跡を継いでくれるという気持ちは嬉しいが、身体を作る事も大事な事だとは分かっているのだろう?じゃあ、気持ちを切り替えて今やれる事を全力でやりなさい。それがセリーナの夢を叶える為の一番の近道だよ」


 両親に言われてしまっては跳ね除ける事は出来ないのだろう。返事はしたものの不服なのが見え見えで俯いてしまったセリーナだったが、すぐに気持ちを切り替えたのか、顔を上げてニコリと微笑んできた。


「まぁ、それはそれでレイ君達に頼むとしてだ、君達の来訪の報告を受けてだね、今この町に居る私達の友人に声をかけたんだ。


 何故だって話だよね?……実は、こういう事が好きじゃないって話のレイ君には申し訳ないんだが、今夜ティナの婚約を祝うちょっとしたパーティーを計画したんだ。そう、ささやかな仲の良い身内だけのそれはそれは小さなパーティーにするつもりだったんだよ?

 けどね、一人誘えばこっちも誘わなくては、こっちを、誘えばあっちも誘わなくてはと気が付いたら百人を超える人数が参加することになってしまったんだよね〜、はははっ」


 この時の俺を、俺は自分で褒めてやりたいと思う。『はははっ、じゃねーよっ!!』と言ってやりたい気持ちを喉の下へと押し戻し、顔はどうにか笑顔を保てていた筈だ。

 例え『嫌だ!』と拒否したとて今更覆る訳でもなく、ただ俺を説得する為に無駄な時間を費やされるだけだろう。で、あれば、俺が快く『分かりました』と言えばみんな嫌な気持ちにならずに今夜のパーティーを楽しめるというもの。


「ねえっ!ライナーツ、今の聞いた!?パーティーですって!私達も参加出来るのかなぁ?ねぇねぇねぇっ?ちょっと聞いてみてよっ」


 困惑するライナーツさんの腕を取りユサユサと揺する既にノリノリのアリシアに向けて「勿論ですよ」と笑顔で答えるケヴィンさんと「ドレスも沢山用意してあるから後で選びましょう」と、にこやかに手を合わせて微笑むイルゼさんに『準備万端かよ……』と撃沈させられることとなった。




 ギルドで時間を使った為にパーティーが始まるまでそれほど猶予があるわけではなかった。

 それならばと女性陣は着替えに準備にと取り掛かるべく席を立つ。


「コレットさん」


 そこで一つ釘を刺しておかねばならぬのがモニカに付いて出て行こうとするコレットさん。お客様な立場であるはずなのに放っておくと絶対仕事を始めるはずだ。


「レイ様、私はメイドです。お断りします」


『コレットさんもドレスを』と言おうとした矢先に言葉を口を封じられ、反撃しようとした時には既に扉の向こう側へと姿を消すところで、なす術なく完敗する。

 そんな俺をクスクス笑いながらみんなが出て行くとジェルフォも二メートル近い身長なので服の調整に時間が掛かりそうだとすぐに連れて行かれ、ライナーツさんも「付き添う」と言って一緒になって出て行くので、悲しいかな、今夜の主役の筈なのに一人だけ取り残されてしまった。


 ケヴィンさんも『諸々の準備があるので』と部屋を出て行こうとするので、このタイミングを逃してはダメだと、すかさず腕を取り引き留める。


「そんな顔してどうしたんだい?」


「ケヴィンさん、ちょっと無理目なお願いがあるんですけど聞くだけ聞いてもらえませんか?」


 俺の真剣な表情に何事かと向き直り、隣の椅子に腰を掛けてくれたところで俺の相談事を聞いてもらえば、最初は難しい顔をしていたものの押しに押されて心が折れたのか、にこやかな笑顔を向けてくれた。


「これからは親族となるレイ君のお願いだ、私に出来る事ならば君達の為に力を貸そうじゃないか。何も心配せず、君は君のやりたい事をやるといい」


 快くお願いを聞き入れてくれたケヴィンさんは、俺の肩をポンと叩くと「こうしちゃおれんっ」と慌てて部屋を出て行く。忙しそうな人なのに更にやる事を増やしてしまった事に「すみません」と心の中で謝りつつも無理を許してくれたことに感謝した。



▲▼▲▼



「失礼します」



 王都でヒルヴォネン家が作ってくれたタキシード、何度着ても着慣れない正装に着替え終わったところで聞き慣れない声がして扉が開けられる。

 サザーランド家のメイドさんに続いて入って来たのは真っ赤なドレスに身を包んだ見違えるほど綺麗なティナ。せっかくのドレスに似合わない不服そうな顔をしているのは、俺が無理矢理呼び出したからだろう。


「何? 私、忙しいんだけど?」


「うん、ごめん。けど、こっちの準備が出来たからなるべく早く来て欲しかったんだ」


「準備?」


 首を傾げるティナに部屋の奥を指差せば、そこに置いてあるものを目にした途端に目を見開く。俺の意図を理解し、両手を口に当てたままで動かなくなったのでどうやらサプライズは成功したらしい。


 だが、ここからが本番。


 他人と違い既に三度もの経験はあるが、何度目でも緊張するらしく、ソレを少しでも緩和する為に生唾を飲み込みつつ床へと膝を突く。


「ティナ、君と出会ったのは十歳の、まだ俺が冒険者に成り立ての時だった。あの頃からずっと好きだと言ってくれていた君の気持ちに応える勇気が無かった俺を待ち続け、終いには君まで冒険者となり家を飛び出そうとしていたよね。それを聞いた時は本当にびっくりしたよ。


 俺も貴族という立場を得て世間的にはなんの障害も無くなったけど、モニカ、サラ、リリィにエレナと他にも妻を迎える事を知って尚俺と一緒になる事を決めてくれた事には感謝しても仕切れない。


 生まれた時から一緒のリリィを除けばみんなの中で一番最初に出会ったのに、モニカに、そしてエレナにと結婚の先を越された事に不満を持っていた君は貴族だからと自分の想いを押し殺して来たよね。

 でも、今日のギルドでの事で俺は思ったんだ。ティナがそこまで想ってくれるのなら、それを見て見ぬ振りして我慢させる必要などないんじゃないかって、ね。


 だって、そうだろ?結婚ってさ、お互いがお互いの事を好きだから二度と離れませんって女神の前で約束することだろ?

 だったら、カミーノ家の世間体があるのも分かるけど結婚を待たせる理由にはならない筈だ。


 もちろん貴族として結婚パーティーはやるべき仕事なのかもしれないから、それは後日やるにしても、俺達は一足先に結婚してしまっても問題は無いだろう。


 ティティアナ・カミーノ、指輪を渡した時にも言ったけど、俺は君を生涯の伴侶として生有る限り共に生きて行きたいと願う。

 色々抜けている所だらけの俺だけど、君と幸せな人生を送れるよう努力は惜しまないつもりだ」


 固まったままのティナの手を取れば、視線だけは俺に向けてくれた。そのまま想いの丈を伝えると、目に溜まっていた涙が頬を伝って行く。


「俺と結婚してもらえませんか?」


 全てを言い終えれば、折角のドレスが汚れるのも気にせず抱きついて来るので、あまりの勢いに押し倒されてしまった。だがそんなのは些細なこと。

 今の気持ちを込めて強く抱き締め返すと、顔を埋めたティナの流す涙がシャツに染み込み暖かな感触がする。


──返事は……OKなのかな?


 はっきりとした言葉が貰えず少し不安に思いつつも、そのまま頭を撫でていると、しばらくした後に顔が俺へと向けられる。


「本当に……結婚してくれるの?」


「ランドーアさんには叱られるだろうが、その責任は俺が取る。だから何も心配する事はないだろ?それともティナは俺と結婚するのは嫌か?」


 涙目で俺を見下ろすティナが フルフル と僅かに首を横に振る様子が可愛いこと可愛いこと。あまりの可愛さに思わずキスをしてしまうと、近くで誰かが動いた気配がして、そういえばメイドさんも居たんだっけと少しだけ恥ずかしくなった。


「ティナ、俺と結婚してくれ」

「はい……ティティアナはレイシュアと結婚します。愛してるわ、レイっ!」



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