6.結婚の理由

「ありがとう、海賊については分かった。それでさ、ギルドって三ヶ月に一度は仕事しないと駄目じゃん?そろそろ期限なんだと思うけど調べて欲しいんだ」


 ギルドカードを取り出し渡そうとすると受付嬢が手のひらを見せて断って来るので『何故?』と首を傾げてしまう。


「えっとですね、レイシュア様は冒険者から貴族になられたのですよね?三ヶ月に一度は依頼をこなして下さいというのは一般の方のルールでして、貴族の方には当て嵌まらないのです。

 なのでレイシュア様は特に依頼をこなしていただく必要はございません」


「知らなかったの?」


 隣に来てあっけらかんと言い放ったティナに『そんな話初めて聞きましたが?』とジト目で見てやれば ポンポン と慰めるように肩を叩かれた。


「エレナ、ちょっと」


 もしやと思い手招きして呼ぶと「お呼びですか?だ・ん・な・さ・まっ♪」と、ご機嫌で寄って来たエレナのギルドカードを受付嬢さんに渡して見てくれとお願いすれば、手にしたカードを銀色の箱へとかざす。


「エレナ様はレイシュア様とご結婚なされておいでですよね?つまりエレナ様も身分としては貴族となりますので特段依頼をしていただく必要はございません」


「あっらぁ〜、聞きました?レイさん、聞きましたよね!?レイさんのお嫁さんって事がこのカードにも載っちゃってるんですね、うふふっ」


 デレッとした顔で頭を預けてくるエレナを撫で、コレットさんとリリィは貴族じゃないよなと視線を向けると、我関せずと話すら聞いてなかったリリィとは違いコレットさんが近寄って来る。


「貴族に遣えるメイドとしての申請が受理された私もその規定は当てはまりません。ですので、このメンバーで唯一引っかかるのはリリィ様だけかと思います」


 冒険者以外の人がギルドカードを持つのは身分証明の為だ。なのでギルドランクなど必要が無いので三ヶ月という縛りなど無縁なのだ。

 それでも定職に就きつつギルドランクも欲しいという人は三ヶ月に一度依頼を受ける、もしくは一月に一度依頼を出せば良い。


 だがそれが難しい職、つまりコレットさんのように四六時中仕事をしているような特殊な職務の場合、申請が通ればそういった事も免除されるのだそうだ。



「リリィ、ちょっと来てくれる?」


 ぼーっと何か考え事をしていた様子のリリィは名前を呼ばれてやっと気が付くと「何よ」とエレナと入れ違いで寄って来たのでギルドカードを出させて受付嬢さんに渡した。


「えーーっとですね、大変申し上げにくいのですが……リリアンヌ様のギルドランクは現在凍結されております。今はまだ執行猶予期間なので良いのですが、このままだと現在のギルドランクが失われてしまいまして、再取得しようとするとまたギルドランクEからとなってしま……」



「はぁぁぁぁぁぁぁっ!冗談でしょ!?」



 俺達の登場で静かになっていたギルドの食堂もしばらく経てば元の喧騒が戻ると言うもの。しかしリリィの大きな声で再びシーンと静まり返ったギルド内、楽しく食事をしている所にウチの婚約者がお騒がせして申し訳ない……。


「リリィが誰かさんにフラれて引き篭もってたからよね?」


 クスクス笑うサラに何も言い返せずに真っ赤な顔をすると、カウンターを両手で バンッ! と叩き「何とかしなさい!」と受付嬢さんに当り始めたのでこっちが焦ってしまう。


「あ、ああああのあのあのあの……ですね、今ならまだ失効した訳ではなななく、と、ととと凍結されているだけなのでペナルティである “無償労働” として、こっ、この内のどれでも良いので、みみみみ三つの依頼をこなしていただければ、も、元に戻りま、す……」


 食いつかんばかりの勢いでカウンターに乗り出し受付嬢さんと鼻が付く距離で睨みつけるリリィ。荒事を多く目にするとはいえ一般人である彼女にそんな事すれば怯えてしまうのも無理はない。

 金に困ってる訳でも無いのに「なんで私がタダ働きしないといけないの!」とキレ気味のリリィの首根っこを掴んで慌てて引き離し「ごめんね」と受付嬢さんに謝っておく。


「リリィ様、一つ簡単な解決方法が御座いますよ?」


 青筋を立て、怒りのあまり鬼のような顔で振り返るリリィに涼しげな顔で微笑みながら人差し指を立てたコレットさん。その悪戯チックな顔から延びる視線が一瞬だけ俺を向くので嫌な予感がしたが既に遅かった。


「エレナ様はレイ様と結婚なされたので貴族となり制約から解き放たれました。ではリリィ様も一般人から貴族へと昇格なされば良いのではありませんか?」


 意味が理解出来るまでの五秒間、ゆっくりと瞬きを繰り返しつつ静まり返ったギルド内でキョトンとしたままじっくりと熟考したリリィは、コレットさんの助言を飲み込んだ後でニヤリと悪い顔をする。



「レイ!結婚よ!今すぐ結婚して!!」



「待ちなさいっ!そんな不純な動機で結婚なんて私が認めないわよ!?」


 サラはこうなるのを分かっていたのか異論を唱えたティナを暖かい目で見守るばかりだが、結婚というモノに並々ならぬ想いがある様子のティナはそうはいかない。


「婚約だろうが結婚だろうが一緒じゃない。だいたい、私が結婚するのにアンタに認めてもらう必要があるの?」


「あるに決まってるでしょ!?レイは貴女のモノでもあるかもしれないけど、私のモノでもあるのよ!!リリィはエレナみたいに抜け駆けしないって言ったじゃない!」


「エレナ、貴女抜け駆けしたの?駄目よ?大勢狙ってる時はキチンと挨拶しとかないと後々の禍根を残すわ。でも羨むならティナちゃんもさっさと結婚しちゃえば良いのにねぇ」


「ちょっとちょっと!お母さんは黙ってて!」

「そうだぞ、ティナお嬢様にも事情があるんだ」


 アリシアの突っ込みが聞こえながらも唇を噛み締めてスルーすると、軽い気持ちで結婚と言ったリリィと俺の間に割って入り断固拒否の姿勢を見せるティナに対し、そんな事は御構い無しにどこ吹く風のリリィ。

 頼むからこんな所で喧嘩しないでくれよ……。



「興味ないって言っただけで、しないとは言ってないし、そんな事をアンタにつべこべ言われたくないわね。私が決めた事に反して自分の意思を突きたいのなら、それなりの力を示すべきよね」


「……それはリリィに勝てたらって、事?」


 両手に嵌るケイオスファラシオンから小さな稲妻が起こると、パリパリと乾いた音を立てながらゆっくりとした速さで腕を登って行く。

 見つめ合うリリィもティナのヤル気に触発されて目が座り、表情が抜けて真剣なモノへと変わって行くから困ったものだ。


 だが、そんな一触即発の二人に水を差すように パンパン と手が叩かれる。


「はいはい、二人ともそれくらいにしておきなさい。ティナもその件に関しては諦めなさいってエレナの時にも言ったじゃない?結局私達はどうあがいても結婚のタイミングは変わらないんだから、リリィを羨むだけならまだしも足を引っ張ってはダメよ。

 リリィもっ、ティナの気持ちは知ってるのでしょう?意味も無くわざわざ煽るのはどうなのかしら?」


 いつもみんなの輪を取り持ってくれるサラ、頼れる彼女だが頼りっきりなのは良くない事くらい分かってはいる。

 雪をモニカに預けると、サラの言葉で俯いたティナを背後から抱きしめた。


「ティナが苛々するのは俺の所為だ、ごめんな」


「……違う、私が悪いの。分かってるけど、どうしても不満なの。私はいつレイのお嫁さんになれるの?私やっぱり婚約者のままじゃ嫌なの。本当の意味でレイのモノになりたいの……って我儘言ってもレイが困るだけよね。リリィもごめんね」


 腕を組み、そっぽを向いたリリィもボソリと「私も言い過ぎたわ」と呟くので悪いとは思っているのだろう。


「リリィ、結婚の件は取り敢えず保留な。すぐにギルドランクが失効する訳じゃないんだから少し考えよう。

 お姉さんも怖い思いをさせてごめんね」


 プルプルと首を振る受付嬢に「出直すよ」と告げてから静まり返った食堂へと足を運ぶと、食堂を取り仕切るおっちゃんを含め全員が俺達の行動に注目して静まり返ったままだ。


「悪い、騒がせたな。それで皆に酒でも振舞ってやってくれ」


 そこに居たのは十二、三人。一人二、三杯は飲めるだろうという計算でキリ良く金貨一枚を食堂のおっちゃんに投げると、それを皮切りに温かい野次が飛び出し始めたので、笑顔の彼等に手を振りギルドを後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る