34.見えた!希望の光

「う、嘘だろ?」


 倒したはずのオーガが魔石から復活した事は衝撃以外の何物でもない。


 理解し難い光景に我が目を疑うが、気怠そうに首をもたげてこちらを睨む赤い目は紛れもなくオーガそのもの。


「レイ!動いて!!」


 隣をすり抜け俺の背後へと飛んでいくユリアーネ。慌てて視線を向ければ別のオーガが棍棒を両手で振りかぶり、今まさに振り降ろさんとしていたところ。そのガラ空きとなった腹へと彼女の飛び蹴りが炸裂する。

 腹を中心にくの字に折れ曲がる赤黒い巨体。不用意に近付いてきた首を目掛けて朔羅を振り切れば、赤い液体が尾を引きながら大きな頭が胴体と別れる。


 一息つく間も無く復活したばかりのオーガの棍棒が振り下ろされやむなくその場から飛び退いた。その一撃でグチャリと嫌な音を立て粉砕される地に落ちたオーガの頭、光になり代わり薄れて消えたかと思うと、赤い魔石が光を発して元のオーガへと戻っていく。


「こんなのどうするんだよ!」


 襲いかかる二つの棍棒、大振りな一撃は速度は速いが避ける分には何とかなる。だが二匹もいるとなると攻めるのは難しい。


「楽しんでるようだなっ!って言うかよ、お前等、なんで俺の行くとこ行くとこに現れるんだ?邪魔クセェ野郎共だな、ストーカーか?」


 聞き覚えのある、と言うより死んでも忘れないアノ声が上から降ってきた!

 声を聞いただけで即座に煮え返る腹の中、見上げれば三階の屋上に腕を組んで立つ頭に布を巻き付けたアノ男の姿がある。



「ケネーーーースっっ!!!!」



「レイ駄目よ!周りを見てっ!貴方がするべき事をして!」


 力強く肩を掴んだユリアーネは言葉を残して二匹のオーガに向かい飛び出して行く。

 腹の底に噴き出したドス黒い怒り、力一杯奥歯を噛み締めヤツを殺したい衝動を抑えつつユリアーネの後を追う。


「なんだなんだ?どうしたよ?なぁ、おいっ、俺が憎くないのかぁ?んん?お前の村を滅ぼしたこの俺様がココに居るぜ?どうしたよ、かかって来ないのか? かかってこいよ!!」


 放置された事に不思議そうな顔をするケネスだが、俺とて今すぐぶち殺してやりたいのを我慢してるんだ!今やるべき事はここにいる三体のオーガの鎮静化、無限に復活しやがるモンスターをどうにかしないことには戦いが終わらない。


「んだよ、胸糞悪い奴だな。せっかく遊んでやろうと思ったのによぉ!フンッ!そんなにオーガが良いのなら、オマケをくれてやるよっ」


 奴等の動きに慣れたユリアーネが二匹目のオーガの腕を切り捨てトドメを刺す。ケネスの言葉に嫌なものを感じて振り返ってみれば、ヤツの手から赤く光る小さな物が捨てられるのを目にした。


 離れていても妙にハッキリ分かった赤い魔石。まさか!と言う言葉が出る直前、二つの赤い光が大きく膨らみ、地面に着くのに合わせて赤黒い巨体へと変わる。


「クソ!こんなのどうするんだ!キリがないぞっ」


 真っ赤に染まる剣身に炎を纏わせたアルの剣が棍棒ごとオーガを叩き斬った。だがそこに向かう次のオーガ。力任せに振られる棍棒に対し燃え盛る剣を打ち当て、身の丈三メートルのオーガに対して力で対抗する。


「俺に力で勝とうなんて、十年早ぇぇっ!!」


 棍棒を弾き返すと反動で仰け反りよろめくオーガ。横薙ぎに腹を切り裂き、間髪入れずに懐に飛び込んで胸に剣を突き立てた。

 しかし既に先程倒したオーガが光と共に復活し、アルを視界に捉えてグルルルッと唸り声を上げている。


「どうした?オーガが好きなんだろ?もっと欲しいのか?クハハハハっ、変態、お前変態だなっ!そんな筋肉ダルマの何がいいんだ?変態の考える事は分からんなぁ」


 機嫌良さげに投げ付けられる言葉、言いたい放題言いやがってとキッ睨むとケネスの隣に紫の影が現れた。


「何を遊んでるの?作戦は聞いてたわよね?ちゃんと仕事しなさい。一箇所にこんなにオーガが居ても意味が無いわ」


「そう言うなよ、面白い奴を見つけちまったんだよ。オーガ好きの変態野郎でよぉ、俺が声かけてやってるのに無視してオーガと遊ぶのに夢中なんだぜ、笑えるだろぉ?」


「アリサっ!」


 気が付けば大声で名前を叫んでいた。


 襲いかかる棍棒を必死で転がり避け、隙だらけの脚に朔羅を振りかざせば片足を無くしたオーガがバランスを失い倒れ込む。


「アリサ俺はっ!」


「てめぇ!他人の女の名前を気安く呼ぶんじゃねぇっ!」


 アリサの腰に手を回し抱き寄せるケネス、ニヤニヤとした嫌らしい笑みに反吐が出るが……他人の女ってどう言う事だ?アリサがケネスの女!?


 眉根を寄せて押し退けるアリサだが、ケネスはそれすらも嬉しいのかニヤニヤとした気持ちの悪い笑みが絶えない。


「ただの人間にオーガの弱点なんて分かりっこない。魔石がある限り・・・・・・・彼等に勝ち目なんてないんだから、貴方は手筈通り次の場所に移動してちょうだい」

「そうだな、早く帰って楽しもうってことだな?クククッ」


 唇を噛みしめ感情を押し殺そうとするようなアリサの悲痛な表情かお。そんな顔をさせるケネスに対し、押し殺したはずの怒りが爆発的に込み上げてくる。


「あら、私とは遊んでくれないのかしら?随分と久しぶりだと言うのにケチな娘ねぇ。そんな娘に育てた覚えは、ないんだけど?」


 空中に現れたルミアの周りには光る玉が無数に浮いている。よく見ると赤や緑、茶色に青色をしており四属性の魔法であることが分かるのだが、小さいとはいえそんな物がパッと見で四十個以上空中に漂っている。


「先生……」


 アリサの呟きを引き金に漂っていた魔法の玉がオーガに向けて動き出した。

 高速で迫りオーガの周りをクルクルと回れば、首をあちらこちらに回すものの動きを捉えきれていない。棍棒を振り回し叩き落とそうとするが闇雲に振り回すだけでは到底当たらず、一つ、また一つと身体にめり込み、その度に噴き出す赤い血潮。

 全てのオーガが同時に光に包まれると六つの赤い魔石が地に転がる。


「凄い……」


 その光景に目を奪われ思わず呟いた。


「さて、次は貴女よ?アリサ」


 再びルミアの周りに浮かび上がった光玉、アリサも無言で宙に浮き上がるとその周りには八本の黒剣が取り囲むように現れる。


「馬鹿な事をしでかした悪い子にはお仕置きが必要よね、覚悟はいいかしら?」


 悪戯をする時の愉しげな表情を浮かべるルミアとは対照的に、硬く口を結び、強張った顔をしているアリサ。

 光玉が動き出せば、それに合わせて黒剣も踊り出す。


 二人の中間で次々と切り落とされる光玉、だがそんなことは御構い無しとばかりにルミアの周囲に生まれて来る新たなる魔法の玉。

 生み出されては撃ち落とされ、撃ち落とされては生み出され、高速で繰り返される破壊と再生。空に浮かんだ花火の如く凄まじいスピードで爆発の花が咲く。


 黒剣も負けじと縦横無尽に宙を舞うが、やがて絶えきれなくなったのか、一本、また一本と壊れてその数を減らしていく。


 最初の言葉通り遊んでいるのか、黒剣の数が減ったにも関わらずアリサに接近する光玉が一つも無い。

 やがて全ての黒剣が破壊されると光る玉も動きを止め、ルミアの周りに漂うオブジェとなった。


「あらあら、もうお終いかしら?それとも遊びは終わりで帰ってイイコトでもするのかしらねぇ?貴女も大人になったものねぇ、ウフフッ」


「おい、嬢ちゃん。あんまり他人の女虐めてくれるなよ。なんなら俺が相手してやろうか?泣かされる前に帰れや」


 空中に向かい叫ぶケネスに今初めて気がついたような顔つき、見下ろし、目を細めて観察するが、これ見よがしに大きな溜息を吐いて見せる。


「貴女、あんなショボい男に抱かれてるの?つまらない人生送ってるわね。他人の好みにケチつける訳じゃないけど、あんなの止めておきなさい。ウチに良い子がいるけど、昔の誼みで紹介してあげましょうか?」


 わざと聞こえるように発せられたルミアの挑発に直情型のケネスは怒りを抑える様子もない。溢れかえる怒気は相手が手の届かぬ空中にいるというのに背中の剣を握らせる。

 もう一方ではルミアの言わんとしている意味を理解して奥歯を噛み締め屈辱に耐えるアリサだったが、彼女の意思を伝えるように、再び八本の黒剣が現れた。


「頑固な娘ね……」


 呟きと同時、黒剣と共に動き出したアリサと距離を保ちながら光玉で応戦を始めるルミア。無言で爆炎を巻き起こす二人は、更に上空に登りながら徐々に町の外へと戦場を移動させて行った。



▲▼▲▼



 オーガ六体が俺達三人を取り囲もうと唸り声をあげる。

 獲物を狩るべくジワリジワリと距離を詰めてくるが、このまま囲まれるのは不味い。アルに目配せすると狙い澄ました一体に向かい地を蹴った。


 身体強化を得た肉体は俊敏に動き、オーガまでの距離を一息で縮める。そんな俺を目掛けて振り下ろされる棍棒。だが振り下ろすか薙ぎ払う、あまりにも単調な動きは、いくら破壊力が驚異的だとはいえ見慣れてしまった。


 それを躱して横をすり抜けようとすれば、残る片腕が俺を捉えるべくやってくる。しかしそれは想定内。

 急ブレーキからのバク転、飛び退き距離を取れば入れ違いに飛び出して行くアル。完全に俺にしか目が行ってなかったオーガは心臓を一突きにされてその巨体を地面に倒す。


 赤い粒子と成り代わるオーガに飛び込んでいくオレンジの影。霧散し、代わりに現れた赤い魔石に白結氣が振り下ろされた。


ピキッ!


 ガラスの割れるような甲高い音を立て砕け散る魔石。

 緑の魔力を纏った刃が半分に叩き割ると同時に粉々に砕け散り、モンスターが姿を消すときのように光の粒子となり宙に消えていった。


「魔石を破壊するのよ!そうすれば復活しないわっ」


 瘴気の結晶である魔石。魔石はモンスターになり、倒すとまた魔石となる。繰り返させない為にはモンスターの元となる魔石を無くしてしまえば良い、つまりそういうことのようだ。


 アルの剣が棍棒を叩き返す。その隙に後ろから脚を切断すればバランスを崩して動きが止まる。地面に倒れゆく背中から心臓を狙い朔羅を突き刺すと、ズブリという感触と共に胸を貫通した。


「なっ!?」


 光に包まれたオーガが姿を変えた魔石。間髪入れずに朔羅を振り下ろしたのだが、あっさり跳ね返され唖然としてしまう。


 ユリアーネは最も簡単にやってのけたのに、何故!?


「どけっ!」


 見兼ねて振り下ろされる炎の剣、慌てて手を引っ込めれば燃やし尽くされたかのように魔石が塵と化す。


「魔力を纏わせれば砕けるわっ」


 なるほど、そういう仕組みなのか。


 ユリアーネのおかげでこの不毛な戦いの突破口が見つかった。

 ならば、やるべきことは一つだ!



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