33.我が目を疑う

 師匠とアルに両腕を抱かれたルミアは、俺達の泊まる部屋へと転移して来るなり キョロキョロ と見回し嬉しそうな顔をする。


「良い部屋ね。昨日はいっぱいした?」


「まだまだ足りないけどな。 それで、魔族の方は今日としか聞いてないから、何時に事が始まるかは分からない。町に分散して待機する?」


 俺の肩にオデコを付け、後ろに隠れようとするユリアーネ。背中をポコポコと叩き恥ずかしい事を言うなと抗議しているが、そんな可愛いことしたらまたしたくなっちゃうぞ?


「それじゃあ私達二人と貴方達三人とで行動しましょう。もし何かあれば通信具で連絡して頂戴。上級モンスターが出るわ、しっかりね?」


 師匠達と別れて手早く朝食を済ますと、人通りの多い所を重点にアルとユリアーネの三人で町をぶらつく。だが、特にアテがあるわけではない上にこんな時に観光をする気にもならず、ただただ歩いているだけなので本当に暇だ。


 アルがいてくれて良かった。二人きりであれば昨日の余韻冷めぬ俺がオイタをして怒られていたかも知れない。

 緊張から逃げ出したいのか、自分でもおかしいと思えるほどに、昨晩あれだけ触りたおしたユリアーネの肌が恋しく感じていた。


「サマンサの所には通ってるのぉ?」


 突然の言葉にビックリしたのは俺だけではなかった。目を丸くし、動揺するアルの顔……ちょっと笑える。


「通うってどう言う事だよ。あんな所まで何日もかけて一人で行くのか?」


「違うよねぇ?うふふっ」


「はぁ……なんで知ってるんだ? 実はな、ルミアが気を利かせて俺の部屋に転移門を設置してくれたんだよ。だからサマンサの所までなら文字通り一瞬、ユリ姉の言う通り毎日会いに行ってるよ。

 ついでに言うとな、お前に……いや二人に謝らなければならん事があるんだ。 フォルテア村の事を聞いた時、散々 “女なんか抱いて” とか言っちまったけどさ、あの後結局俺もサマンサの所に行って慰めてもらったんだ。 女って偉大だよな、俺の心を救ってくれたのは間違いなくサマンサだよ。俺が間違ってた、悪かったよ」


 アレ以来なんだか急に素直になったアルに若干の違和感を感じつつも、これも悪くないかと思う自分もいた。どんな風に変わろうともアルはアル、俺の親友には変わりがない。

 リリィも早く心を癒してくれる人が見つかるといいな。深すぎる心の傷は一人で治すには辛いモノがあると思うよ。



ドォォォォォンッ!



 サマンサとの事を根掘り葉掘り聞いてアルを弄りつつ楽しく過ごしていると、その時間の終わりを告げる鐘の音が響き渡る。

 戦いの狼煙のように聞こえてくる人々の悲鳴。俺達は急いで身体強化をすると、爆発の中心へと急いだ。




 理由は分からずとも爆発音を耳にすれば異常事態であるとは誰しもが思うこと。そこに混じる阿鼻叫喚の声。混乱は連鎖し、恐怖という調味料を得て足早に伝播する。

 感じた身の危険に我先にと逃げ惑う人の群れ、下は無理だと判断し、大きく飛び上がり屋根へと登る。人波に逆らい突き進むこと僅か数秒、大型の魔物を取り囲む数人の冒険者らしき者達が見えてきた。


「なんだあれ?デカイぞっ」


「不味いわねぇ。アレは多分オーガ、間違いなく上級モンスター! アルッ、私が抑えるから周りの冒険者を人々の避難の誘導に行かせてっ。あんなのと戦える人なんて知れてるわ、死んじゃう!」


 近付く事で感じる異様な雰囲気。身の丈は三メートル、頭には短い角、分厚い筋肉に覆われた赤黒い肌の化け物は物語に出てくる鬼のような容姿。手には二メートル程の丸太にしか見えない棍棒を持っており、その反対の手で血の滴る人の足を握り咀嚼していた。

 筋骨隆々という言葉がピッタリの体付きからは、殴られただけで全身の骨が折れて即死というのが容易に想像できる。おそらく既に何人かが犠牲となっているのだろう。一も二もなく先陣を切って飛び込むユリアーネが風の刃を放った。


 緑色の三日月が迫ると本能的にこちらを向き、驚く事に棍棒の一振りでかき消してしまう。食事の邪魔をされて怒ったのか、それとも新しい獲物が来て喜んでるのか分からない。

 咀嚼を続けながらも凄い勢いで近付くユリアーネの姿を赤い目でジッと見ていた。


 振り下ろされた白結氣しらゆき、それに合わせて長い棍棒を軽々と叩きつけるオーガ。筋肉の塊であるヤツの力と女性の腰程もある丸太の自重とが合わさり、鋭い切れ味を誇る白結氣でさえパワーに押されて叩き返される。


 それとは入れ違いに足を狙って朔羅を横薙ぎに振るう。

 ユリアーネの影に隠れて死角から飛び出したつもりだったのだが、本能なのか何なのか、巨体には似合わない身軽なジャンプで躱されてしまった。


 着地を狙い挑みかかるユリアーネ、呼吸をするがの如く棍棒を振りおろすオーガ。大上段からの一撃とて凄まじいまでの筋肉量、目を見張る速度に転がり避けるので精一杯だった。

 しかしそこは世界最強の男に師事し、ベルカイムでは知らぬ者のいない冒険者であるユリアーネ。俺とは反対側に一歩身を逸らしただけでそれを躱し、棍棒が地を抉ると同時に無防備に晒されたオーガの首を跳ね飛ばす。


「やったなっ、流石ユリアーネ!」

「レイ避けてっ!」


 すぐにその場から飛び退けば、間髪入れずに降ってくる赤黒い隕石。飛び込んで来たオーガの勢いと体重とで、ただデカイだけの棍棒であるにも関わらず地面が抉れて小さなクレーターが出来上がっている。

 あんなのをくらったらと背筋に冷たいものが走った。守るべきはずのユリアーネにまた助けられ感謝の念と歯痒い思いとがごちゃ混ぜになるが、背伸びをしたとしても今はまだ、彼女は到底越えられそうにはない。


 気を取り直しオーガへと突き進む、それに合わせて放たれたユリアーネの風の刃。

 あっさり追い抜いて行った緑の三日月は、地面に着いたままだった棍棒の振り上げに、またしても一振りでかき消されてしまう。


 しかし、そのすぐ後には風の刃がもう一つ、オーガの筋肉を持ってしても大振りな一撃を放った後では対応が間に合わない。

 無防備な胸に吸い込まれる緑の三日月。その姿を筋肉に刻めば、入れ違いに吹き出した赤い噴水が辺りを濡らす。


「ぐぉぉっ!!」


 怒りなのか痛みなのか分からない大きな叫びと共に、左手で傷口を押さえてユリアーネを睨みつける三メートルの鬼。だが、動きの止まった巨体など只の的でしかない。


 飛び上がる勢いと共に無駄な肉のない大きな背中へと朔羅を叩き込めば、お尻から後頭部までを深々と切り裂き体液が溢れ出る。

 そのまま倒れゆく上級モンスター。二人ならそこそこ余裕を持って倒せるようだが、一対一だったら結構辛いものがあったかもしれない。


 だが、一人でも倒せないレベルではないと感じた。


 するとまた弾丸と化したオーガが勢いよく降ってくる。だが、気付いてしまてばそんなものに当たりはしない。余裕をもって避けるとアルがオーガと戦ってる姿が視界に入る──あいつ、一人で大丈夫か?

 若干心配になるがさっさとこいつを片付けて助けに行けばいい。


 勢いを殺す為、しゃがんだままでいたオーガに向けて突っ込んで行けば、立ち上がりざまに振り上げられる棍棒。冷静に見極めてそれを躱せば、急激に速度を落とし、空を切る鈍い音と共に獲物を追いかけ戻って来る。


 横に飛び退くと同時に勢い良く地面を叩く甲高い音、棍棒より太い腕が動きを止めたのは俺の間合いだ。地面に足を突き立て強引に勢いを殺す。体重を乗せる為の一歩を踏み出し、渾身の力で朔羅を振り上げた。

 僅かな感触と共に切り離される左腕。そのまま横回転で遠心力を付けると再び朔羅を叩き込む。刃を通して感じる骨の感触、しかし、難なく切断された奴の左足。


 バランスを失い傾き始めるオーガだが、そこは上級モンスター、タダでは倒れてくれなかった。


 身体が傾きつつも腰を捻り、横殴りに振られる棍棒が俺を襲う。

 バックステップじゃ避けきれない。意を決してジャンプすれば、俺の足を掠めた棍棒が鈍い音を立てて空を切った。そのまま崩れるように倒れたオーガは何とか体制を立て直そうと地面でもがいていたが、そこを目掛けた俺が空中から舞い降りる。


 短くなった腕で体を起こし、倒れたままながらも俺を叩き落とそうと片腕で棍棒を振る。しかし、いくら筋肉の塊といえども踏ん張りが利かなければ満足な威力など出せるはずもなく、最初の振りの速さなどまるでない。

 棍棒ごと叩き斬るつもりで振り上げた朔羅に緑色の魔力を纏わせる。風の魔法により切れ味が格段に上がった朔羅、狙い通り真っ二つになる棍棒。そのままの勢いで顔面を捉えれば、硬いだろう頭を始めとし身体の中ほどまでが縦に割れた。


 だがその時、恐ろしいモノを見ることとなる。


 絶命し、光に包まれていくオーガはやがて小さな赤い魔石と成り果てた。

 金貨百枚以上の価値を持つ赤い色の魔石。心を奪われかけたが今はそれどころでは無いと気持ちを切り替え視線を逸らした瞬間、地面に転がる赤い魔石がこれ見よがしに怪しい光を放つ。


「なんだ?」


 どんどん膨らむ光はあっという間に三メートルに達すると『まさか!』という焦燥感に駆られる。それはまるでルミアが転移してくる様子、形を変えた光はすぐに光量を落とし赤黒い色を付けた。


 現れたのは彫りの深い厳つい顔にツノの生えた筋骨隆々の鬼の様なモンスター、オーガの姿であった。



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