32.揺れる心と繋ぎ止める愛
ベルカイムに着くと急いでギルドに向かう。
急用ということでギルドマスターのウィリックさんとの面会をお願いすると、あっさりと執務室に案内された。
事情を説明すると難しい顔をして腕組みをするウィリックさん。
「ギルドの通信手段を使って連絡はしておく。だが残念な事に、一冒険者の言葉だけでは町民の避難までは難しいだろう。せいぜいギルド依頼で冒険者による町の警備が関の山だ、悪く思わないでくれ。ただ出来る限り向こうのギルドに呼びかけておくよ。
それと、行くと言うのなら僕は止めない。けど、君達も気を付けて。 いいかい?決して無理はするんじゃないよ?」
執務室を後にし馬車の手配を終えると、宿を取り、暫くぶりの風呂に入った。暖かな風呂は気持ち良く、モヤモヤした気持ちをほぐしてくれるようだ。
お湯に浸りぼんやりしていると、頭に浮かぶのは六日後に訪れる魔族との戦い。
俺はケネスを討てるのだろうか? 村のみんなの仇を取れるのだろうか?
──アリサには、謝れるだろうか……
「一緒に入ってもいい?」
風呂場の入り口から顔を覗かせたユリアーネはバスタオル一枚を纏っただけの姿だった。
濡らさないように後頭部に纏められた髪、そこから逃げ出した何本かがうなじに垂れる様が艶やか過ぎる。遠慮しがちな聞き方は多分恥ずかしいからなのだろう。普段とは違う特別な格好にそれまでの全ての思考が吹き飛び、俺の頭はユリアーネ一色に染まる。
「それ、取るなら良いよ?」
バスタオルを指差し悪戯っぽく言うと、口元に手をやり視線を逸らした。
頬を染めながらもバスタオルに手をかければ、重力に従い床へと落ちる。
現れたのは思わず拝みたくなるような美しいボディ。完璧という言葉は彼女のためにあるのだろうと何度見ても感嘆せざるを得ないボンッ!キュッ!ボンッ!の肢体に心の中でガッツポーズをした。
俺の歓喜など羞恥心が先立ち気付かないらしい。視線から逃れるようにそそくさと湯舟に滑り込んでくれば、否応無しに触れるスベスベとした肌──と、同時に感じる彼女の温もりと存在感。
俺にはユリアーネがいる、ユリアーネさえ側にいてくれたら他は何もいらない。ただ一緒にいてくれれば幸せを感じられる。
そんな気持ちとは裏腹に俺の頭の中は魔族に侵略され、言いようのない不安が押し寄せていた。
「俺達、勝てるかな……魔族は赤色の魔石を作ってた。それはつまり上級モンスターが呼び出せるって事だろ?今の俺でも上級モンスターは倒せるのか?」
両腕を上げて背後にいる俺の首へと回すと、仰け反る姿勢でキスをせがんでくる。それに応えて唇を合わせれば、二つの舌が絡み合い艶っぽい吐息が漏れ出した。
「今はそれよりもぉ、私を見てぇ」
たった一言で嫌な思考は吹き飛び、再びユリアーネ一色に染まる。
──彼女と二人ならどんな困難だって乗り越えられるさっ
最後までこびり付いていた心配を手放すとユリアーネだけを求め魅惑の唇にむしゃぶりついた。
「レ〜イ〜、そろそろ起きてぇ。準備しないとぉ遅れちゃうよぉ」
俺の胸の上に頭を置くユリアーネが可愛い声で囁いている。
──ヤバイ、布団から出たくない。
このままずっとユリアーネを抱いていられたらどんなに幸せだろう。それが叶わない夢だと知っている脳は、俺の意思とは関係なくか細い肩を抱く腕に力を込めた。
「んっ、レイ〜。起きよう? ほらぁ、早くぅ」
──分かっていても起きたくない。
するとユリアーネが胸に首にと軽い口付けを何度もしてくる。徐々に登ってくる快感。何とも言えない心地よさに酔っていると、とうとう唇までやってきた。
僅かに触れただけのキスだったが、ユリアーネとするキスは俺の背筋にゾクゾクとしたものを走らせ、何物にも替え難い気持ち良さを与えてくれる。
「ちょっ……あっ、こらっ!」
堪らなくなり今度は俺が顎に首に胸元にと唇を這わすと、俺だけが聞く事を許された艶やかな声が聞こえてきて思わず頬が緩んだ。
「もぉっ!起きてよぉっ」
──怒られた!
仕方なく出発の準備に取り掛かる。離れてしまったユリアーネの肌が名残惜しい……。
乗り合い馬車はゴトゴトと音を立て、魔物の襲撃すら無いままに街道を進んで行く。
あまりにも平和過ぎてこれから戦いへと向かうのが何かの間違いではないかと思い始めた頃、首を預けてきていたユリアーネが口を開く。
「ねぇ、エレナのことなんだけどぉ……」
なんだろうと考えるが思い至らず、聞いているよと相槌を打った。
「エレナってぇレイの事、とっても好きじゃない?きっと私とぉ同じくらいレイの事が好きなんだと思うのねぇ。
それでねぇ、私は大丈夫だからぁ、エレナの事も受け入れてあげたらどうかなぁ? 好きな人に愛されるって凄く嬉しい事よぉ?あんなにレイの事を思ってるのにぃ私だけが独占しちゃうのは彼女に悪いわぁ」
確かにエレナの想いは応えてあげたくなるぐらい大きなものだと感じるが、それでも俺はユリアーネと共に人生を歩むと決めたのだ。
いくらユリアーネが大丈夫だと言っても必ず何処かでわだかまりが出来るだろうし、何かしらの不満だってきっと溜まる。 それなら、エレナには悪いがユリアーネ一人だけを愛したい。それは俺の我儘なのだろうか?
到着したゾルタインは活気に溢れており平和そのものだった。だがいよいよ明日、この町に魔族が来る。
いや、もう既に町に入り込み虎視眈々とその時を待っているのかもしれない。
「魔族……か」
明日の何時とまでは教えてもらっていないので待機が続く長い一日になるかもしれない。
冒険者は沢山いるだろうが相手は魔族と上級モンスター。それと戦えるのがはたして何人いるのだろう?
情報は渡してあるが備えているのは俺達五人……師匠やルミアが来てくれるとはいえ、たった五人で町を守りきれるのだろうか?
様々な不安が押し寄せる中、宿を取ると、いつものようにユリアーネを抱きかかえて二人並んで一緒のお風呂。
「ねぇ……ずっと傍に居てくれるよ、ね?」
目を瞑り、俺の肩に頭を預けるユリアーネが返事の分かりきった疑問を投げかけてくる。
すぐ隣にある頬にキスをしその答えを返した。すると、少しだけ首を傾け、横目で俺を見る。
向けられた琥珀色の瞳には、涙が滲んでいた。
「嫌な夢を見たのぉ。レイが私を置いてぇ何処かに行ってしまう夢。 そんなことぉ……無いよねぇ? 私を置いて何処かに行ったりしないよねぇ? ずっと傍に居てくれるって誓ってくれたよ、ね?」
身体を反転させて俺の上に四つん這いになり、覆い被さるような姿勢で顔を覗き込んでくる。琥珀色の瞳には不安が渦を巻いており、ジッと俺の言葉を待っている。
唇を重ねることで返事をすると、至近距離で見つめ合い、思いの丈を自分自身にも言い聞かせるようにゆっくりと吐き出す。
「ユリアーネ。俺は一生、君と共に歩むと誓った。何処にも行かないさ、大丈夫だよ。こんなに愛しい君を置いて何処かに行ったりするもんか」
想いの強さを体現するようキツく抱きしめれば、柔らかな肉の感触と共にユリアーネの鼓動が伝わってくる。
それでもまだ不安なのか、俺の頭を抱きかかえ力を込めてくる最愛の妻。
「愛してるよ、ユリアーネ」
「私も愛してるわぁ、レイシュア」
その日の夜はベッドに入ると、胸に居座る不安を搔き消そうとするかのように、何度も、何度も、お互いを求めて愛を燃え上がらせた。
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