幕間──クロエ

 特出するほど良くもなければ、際立って悪くもない。好みによれば一目惚れも分からなくはないそこそこ整った顔をしていたアイツ。

 面食いな私がそれほど興味を持てなかったのはそのとなりに絶世の美男子がいたからかも知れない。


 微風にも靡いてしまうようなサラサラの金髪に細身の身体と同じくシャープな顔立ち。どこか物憂げな雰囲気のする彼は絵に描いたような王子様に見えた。

 その両目に嵌る紫紺の瞳はとても深く、年下だと知りながらも一目見た瞬間から私の心を捉えて離さなかった。


 会うたび会うたび高鳴る胸は止まる事を知らず、王都でのあの晩、意を決した私を抱いてくれた彼はとても優しく、思い描いていた通りの夢のような時間を私にくれた。


 だがその直後、夢見心地の私の前に現れたのはアイツ。まさに天国と地獄。

 天国にいるかのような素敵な心持ちで余韻に浸りながら彼の部屋を後にした私を地獄へと引き摺り込んだアイツに殺意が生まれたのは当然の事だと今でも思う。あの時咄嗟に手を止めた理性には我ながら素晴らしいと称賛を送りたい。


「俺は何も見てないし、誰にも会っていない」


 そう告げて立ち去るアイツに安堵すると共に感謝したのは内緒。


 会うたび会うたびカッコ良くなるアルとは逆に、アイツは会うたびに気持ちの悪さが増している気がしていた。

 成長する毎に嫌悪感が増す、その原因を知る事になったのは、お嬢様を迎えに来たアイツに連れられて行った愛しのアルの待つあの家での暴露会。ルミアという魔族によって語られたあの男の秘めたる力、虚無の魔力ニヒリティ・シーラが人心を惹きつけると言うではないか。




 実際の容姿など数ヶ月でそんなに変わるものではない。だがそんなアイツに違いを感じるのは内面的に変わっているからなのだろう事は理解していた。


 それにしても行方不明だと聞いていたアイツが婚約をしたと聞いていたサラ姫殿下と、お嬢様の親友であられるモニカ様と共に現れた時に感じたモノは吐き気を催すほどに濃厚な気持ちの悪さ。


 その理由はすぐに分かった。


 サラ様とモニカ様に加えてティナお嬢様と婚約を結ぶと言った上に、あの白ウサギと魔族の女まで娶ると言うものだから、かつて私の居た忌まわしき “里” の男達が思い起こされる事となる。

 しかしながら私は私であり、あの男が良いと言うお嬢様とは違う。幸いな事にあの男は私に興味を示さないのは確認済みだったので、お嬢様を唆し続けた努力が実り、晴れてアルの元へと辿り着けた。


「貴女の運命はレイに引かれている」


 気に入らなかったのは私の意思に反して “私があの男に惹かれている” と言われたこと。


 自分でも反論出来ない一言にイライラが溜まったのは、アルの隣に火竜だという化石女が居た影響が大きいのだろうとは思っている。


──アルは私のことを『愛している』と言ってくれた


 男という生き物は性処理の為に女が必要なのは理解している。そして私は護衛メイドという職にあるので彼の隣に居てその役目をしてあげられる状態になかった。

 だから、離れている間の浮気など仕方のないことだと目を瞑るし、多少の脇目くらい見過ごせるような寛容さは持ち合わせているつもりだった……にも関わらず、住処から離れられないと言うのにわざわざ私が居るときにサマンサを呼び寄せなくては良いのではなかろうか。


 もちろんそれはアルの意志ではなくルミアの指示。用が終わっても対抗心を剥き出しに私のアル・・・・をさも自分のものであるかの如く振る舞う態度にさすがに看過できずにイライラが募ったとて、どうして私が責められよう!



 それも上乗せされ、再会を喜ぶべきコレットお姉様に『覚えていない』と言われたのが妙に腹立たしく思えてしまい、あれほど面倒を見てもらい、尊敬していたお姉様に対して失礼ながらも “稽古” という名目で戦いを挑んでしまったのは、後にも先にも無い “大” がつくほどの失態だったと今なら反省できる。


 結果は当然のようにボロ負け、私の知る頃から全てが優秀であったお姉様はあの男との旅で更なる力を得たのだと仰る。

 今のお姉様の強さは気持ち悪きあの男のおかげなのだと……。


 そしてあの男を語るときのお姉様の表情。感情は隠していらしたみたいだが私の目は誤魔化されない。

 言葉の端々に滲み出るあの男を尊敬する気配。そして何より初めて見るような柔らかさというか、あの頃私たちに向けられていたのとは明らかに違う優しさが感じられてしまったのだ。



──お姉様までもがあの男の毒牙にかかってしまわれた



 里を知る仲間であるはずのお姉様があの男達の愚行、つまり女はただの道具であるとしか思っていない連中と同じ空気感を持つアイツが良いのだと言う。


──何故!? どうして!?


 やっと外に出られ、雇い主にも恵まれて男などという大半が醜悪なモノから解放されたというのに、わざわざアレに似た者の側にいたがるお姉様の気持ちが分からない。


「レイ様は人間の常識に捉われず複数の妻を娶ると決めました。前妻の言葉もあったようですが、その背中を押したのは他ならぬ私。

 でも勘違いしないで。貴女が忌避するようにあの里の男達とレイ様とでは根本からして違う。レイ様はモニカお嬢様はもちろんサラ様やティナ様、エレナ様にリリィ様、五人もの愛すべき者がありながら全員に等しく愛を届けようと常に心がけておられる。

 それは貴女でも見ていれば分かることでしょう?」


 確かにお姉様の仰る通り、あの男と共に旅をしていれば彼女達の扱いは丁寧なものだとは見て取れる。配慮が足りないところは多々見受けられるが、それは自分の手にした大切な者が多いから許容量をオーバーしているのだろうとは理解できなくもない。

 それが分かると、愚かしいとは思えど、あの男なりに努力をしている姿は容認してやれなくもないと妥協してやっている自分にも気がつく。



「私は後悔してないわよ? だって、レイの事を愛しているもの」


 さりげなく聞いてみたらティナお嬢様はあっけらかんと言う。

 いつも通り、いえ、カミーノ家に居た頃より肩の力が抜けたような自然な笑みを浮かべて……。



「なぁクロエ、お前がレイの事を嫌ってるのは知ってる。けどな、アイツは俺の親友だ。これから先を俺と共に歩んでくれると言うのならアイツやリリィとは当然のように関係が続くってことだ。

 アイツはアイツなりに真剣に今を生きている。好きになれ、とは言わないが、せめて嫌わないでやってくれると俺は嬉しい」



──最愛の人のお願いであれば致し方ない



 アルの傍に居られるようになって私の心が安定してきたのだろうか。

 以前は見るだけで気持ちが悪く、気を逸らすのに大変な思いをしていた事を思えば、あの男の顔を見てもイラつくこともなくそれほど気にはならなくなった。


 アイツの運命に惹かれているというのは今でも気分がよろしくはないが、それでも愛するアルが言うように、深くはなくともアイツとの付き合いは今後も続くことだろう。

 アルと二人で居られる環境にを作るのに利用出来たことは素直に感謝するが、決して女を囲うあの男を認めてやるわけではない。

 それでも我が主人であるティナお嬢様の旦那たるアイツの努力だけ・・は認めてやらなくもない。


 だって、私がアルの隣に居られるのはティナお嬢様がアイツと婚約を結び、アイツの隣に居ることを決めたからなのだから。



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