第九章 大森林に咲く一輪の花
1.暴走天使再び
護衛メイド育成のために作られたイニーツィオの住人百四十二人全員参加という壮大な見送りにより村を後にした魔導車は、遥か前方に聳え立つ高い山の中腹から麓へと拡がる緑の絨毯を目指して平坦な何も無い土地をひたすら走っていた。
「ねぇ、この魔導車って特別製だって知ってた?」
どんな事をしたのかは知らないが、ルミアが魔改造したので普通の魔導車とは違うのは皆が知るところ。それに加えて元々サルグレッド王家の為に作られた最新の魔導車らしく、それを一番噛み締められるのが町の場所を教えてくれるという他の魔導車には無い機能らしい。
「こんな辺鄙な場所には誰も居ないし、ちょっと試してみてもいいかしら?」
操作球に手を置いたままに振り向くサラの顔はこの上ない笑顔に満たされており、肯定以外の返答は棄却されるという勢いを孕んでいた。
何をするのか分かっていない一番後ろに座る三人の獣人以外が苦笑いを浮かべると、それを承諾だと捉えたこの魔導車のもう一人の持ち主は満足げに頷き必要の無いはずの大量の魔力を操作球へと注ぎ始める。
「サ、サラさん?こんな所だから人は居ないかもしれないけど、他の動物なんかが居るかもしれないよ?」
「うんっ、大丈夫!気を付けるわ」
『止めてください』というみんなを代表した俺の思いは当然のように届かず、主人の命令に従順な魔導車は文句も言わずにグングン加速を始める。
するとどうだろう、いつもなら無音と言っても過言ではないほど物静かな魔導車くんなのだが、空気の抵抗を無くす為に張られている風の膜の許容量を超えたのか カタカタ と音を立て始める。
目標物があまり無いので魔導車の速度がどんなものか測れやしないが、窓から覗く近くの地面は目で追えないほどの速さで過ぎ去って行くし、後ろの窓など砂埃を巻き上げ過ぎて景色など見えやしないことから一般の魔導車などとは比べ物にならない程の速度で走っているのは分かる。
「サラさん、そろそろ……」
「あっ、何よこれオーバー ザ リミット? ねぇ、オーバー ザ リミットって何?その下にOKってのとNOって書いてあるのが見えるんだけど、どうすればいいの?」
町の位置を魔導車に聞くと操作球に魔力を送っている者にしか見えない半透明の文字が目の前に現れどう進めば良いのかを教えてくれる。
振り向いたサラがおかしな事を言い出したのは魔導車から何かしらのメッセージが出されたからだろう。
「答えはNOよ。車体の振動が激しいわ、このままスピードを上げれば下手をすれば魔導車自体が壊れるわよ?今度ルミアに会ったらその事を伝えてボディの強化をしてもらいなさい」
「つまりオーバー ザ リミットって何?」
「ここが安全に走れる限界の速さって事ね。それを超えてスピードを出しても良いのかって聞いてきてるのよ」
人が歩くよりも一・五倍の速さで進む馬車。その馬車が一日かけて進む距離を僅か一時間で走り抜けると言えば魔導車の速さと利便性が分かってもらえるだろう。
ただその一時間で金貨五十枚分もの魔石を消費してしまうので、一般の人々がその恩恵に預かれないのは些か残念だ。
ララの見立てによると俺達の魔導車はいつもの二倍のスピードで走っているらしい。それを更に超えて早く走るとなればララの言うようにボディへの負担は大きいだろうが、通常速度で走って魔族にぶつかっても傷一つ付かなかった魔導車なので壊れることは無いと思う。
「サラ、魔導車が壊れたら大変だ。ララの言う通りにしよう」
多分魔導車が自動で張ってくれる風の膜をこちらから強化してやれば済む話だろうが、そんな事を言えば運転手のお姉さんが無茶をするだろうから心に仕舞っておこうと思う。
「ちょっ、サラ!ねぇっ!前見て!まえっ、まえまえまえまえぇぇぇっ!!!」
モニカの放った悲鳴に近い叫び声を受けてサラが前を見た時には、こちらを見て動きを止めたウサギの親子の姿があった。
「うそぉっ!?どいてどいてどいてどいてどいてぇぇ!!!!」
サラの願いは叶わず、立ち尽くすウサギへと真っしぐらな魔導車内に悲鳴が響き渡った瞬間、急激に旋回を始めた車体は勢いあまって横転し始めるので更なる悲鳴が車内を支配する。
「「「「「キャーーーーッ!」」」」」
五週くらいはしただろうか。何度も上下が逆転し、横倒しのままでようやく止まった魔導車の中は酷い有様で、隣に居たララを下敷きにしてしまったので俺は何ともなかったが、可哀想なのは更に下になったエレナだ。
「いったぁぁぁぃ……ララさん早くどいてくださぃぃ〜」
「ジェルフォ!重ぃぃっ!重いから!!つぶれちゃぅ〜〜っ」
「ちょっ、コレット、重……あれ?あんたこんなに胸大きかったの?」
「ティナ様、どさくさに紛れて人の胸を揉むのはおやめください。雪様もそんな事を真似しないでください」
「ちょっとくらいいいじゃないっ!ってか早く退きなさいよ」
風魔法で正常な位置へと魔導車を戻し、外に出て損傷の確認をして見れば一番脆い筈の窓ガラスが割れてない事から予想は付いていたが、やはりと言うか何というかヘコムどころか傷一つ見当たらない。
「お?」
この魔導車は一体何なんだと呆れていると、足元にすり寄ってくる二つの影がある。それはサラが危うく挽肉にしそうだった白地に薄い茶色の混ざったウサギ達だった。
「ごめんな、怖かったろ?ちょっと待ってろ」
頭を撫でても嫌がるどころか嬉しそうにして目を瞑るものだから『獣人じゃないよな?』と思いつつも保冷庫を取り出して人参を出してやるとそれぞれ一本ずつ渡してやった。
ヒクヒクと鼻を動かし食べ物だと認識すると器用に両手で持ちながら食べ始めるので、もう一度頭を撫でて別れを告げると魔導車に乗り込む。
「サラ? みんなに言うことはないのかい?」
気を利かせて代わったモニカの運転で走り出した魔導車だったが、みんなに迷惑をかけた落とし前は付けておかねばなるまい。
「ひゃいっ!以後、運転中は余所見しませんっ」
いつもみんなの仲を取り持ってくれるサラ。流石に彼女のストレス解消法の一つを取り上げるのは可哀想だし、そんな事をすれば自分の首を締めることにもなる。
二度目の事故は被害者無しで終わったが、反省した様子で項垂れていたので次は無いと願おう。
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