2.向かうべきところ

 サラの爆走でもイニーツィオから一日では大森林フェルニアに到達するのは叶わなかった。かなり近付いているようには見えるが陽も傾き始めたので暗くなる前にと魔導車を停めた。


 久々の野宿で活躍するのは何と言っても《何処でも安眠くん》。地面に描いた円周上に五センチ角の白い箱を六角形を形作るように並べて置くと何者も侵入出来ない結界を張ってくれるという極めて優秀なルミア特製魔道具だ。

 更に改造され《安眠くん改》と名前を変える事で、地面にガリガリと円を描かなくても箱を手に魔力を込めれば任意の大きさに拡がって結界を張ってくれるようになった。これってば超楽チン。


「これこれっ!このテント!ねぇレイ君、一つ頂戴よぉ〜」


 ダンジョンの時と同じように、焚き火を中心に円形に並べた六つのテント。前回の課題であった “浴室” もキチンと部屋として作成してあり、贅沢にもミスリル製の外壁にヒノキの内張りを施した柔らかみのある落ち着いた物へと進化した。


「俺といればいつでも貸してあげますよ、義理母様。

 アリシアとライナーツさんで一つを使ってくれ、ジェルフォは一人で一つな。残りは前みたいに二人で一つに適当に別れてくれ」


 お風呂の説明をすると、俺達といる事ですっかり贅沢な生活に慣れた獣人三人は「外でもお風呂!」と嬉しそうな顔をしていたが、フェルニアに残る事になったらどうするんだろうとどうでもいい疑問が頭を過ぎった。



 結局昨晩は俺が起きている間にコレットさんが部屋へと来ることはなかった。

 朝起きても隣に居ない人に向けて溜息を吐いたのだが、ベッドから起き上がると『俺が嫌いなわけではない。けど、今日は勘弁して』とコレットさんらしい丁寧な文章と綺麗な文字で書かれた置き手紙が机の上に置いてあった。


 食事を終えワインを片手にしばらく喋った後にエレナを連れて風呂に入り、自分達のテントへと入ると、昨晩得られなかった温もりが欲しくてエレナに甘えてしまう。


「ジェルフォは家族もいる事だしフェルニアに残るんだろ?国王の容体が良くないって事はアリシアとライナーツさんが国を治める事になるのかな?」


 柔らかな胸に顔を埋めて愛するエレナを一杯に感じながら頭を撫でられるという至福のひと時。叶わぬと知りながらもずっとこのままで居たいと思うのは人として仕方のない事だと思う。


「お母さんとお父さんがどうするのかは知りませんけど、私はレイさんとずっと一緒に居ますよ?だって何と言ってもレイさんの妻ですからねっ!置いていかれても地の果てまで追いかけちゃいますから覚悟してくださいね」


 至福のクッションから顔を離し上半身を逸らして俺を見返す蒼い瞳を覗き込むと、にこやかに微笑む彼女にキスをした。


「置いて行く訳がないだろう?逆にエレナが嫌になって逃げ出したとしても俺から逃れられると思うなよ?」


「うふふっ」と嬉しそうに笑うエレナに再び唇を重ねると、お互いがお互いを求め合うように舌を絡ませ愛を確かめ合った。



▲▼▲▼



 出発してから二時間程で見え始めた森の境界線。ティナとエレナが交代で運転する魔導車がそこに到達したのはお昼もだいぶ過ぎてからの事だった。


「すっご〜いっ、大きいですねぇ」

「こんな太いの初めて見たわ」

「間近で見ると一段と凄いわね」

「こんな大きなのがこんなに沢山……大森林フェルニアとは素晴らしいところですね」


 彼女達が思わず口にしたのは決して卑猥な言葉ではなく俺も思った素直な感想なのだが、アリシアは年の功なのか「あらやだっ」とか何とか言ってほんのり赤く染めた頬に手を当てていたので、隣のライナーツさんが溜息を吐いていた。


 大森林という名前は大きく拡がる森という意味だと思っていたが実際にはそれだけではなく、直径二メートルを超える太い木がボコボコと生えている様子は圧巻。見上げても天辺など見えやしない木の高さは見た目では推し量れないほどもあり、平均で二十メートル、高いものだと三十メートルにもなるのだとジェルフォは言う。



 一先ず森の入り口で火を起こして昼食を摂っていると、案内をしてくれるはずのジェルフォが困惑した顔で波紋を投げかけた。


「こんな所には来たことがないので……」


 取り敢えず大森林へは到着したが今後どっちに進めば良いのか、どこを目指せば良いのかと聞いた俺に頭を掻きながら「知らぬ」と答える彼に冷たい視線が送られたのは言うまでもないだろう。


「ジェルフォ、貴方の知る限りでいいわ、今のラブリヴァの状態を教えて頂戴」



《大森林フェルニア》とは、大陸の西端にある〈ザモラ山脈〉と東端にある〈テンダール山脈〉の間に拡がる広大な森林地帯の事を指す。

 主力種族である獣人の国 《ラブリヴァ》が中心部に栄えており、その周りに点在するように他の亜人族が種族毎に固まって生活をしているのだと言う。


 その【亜人族】とは、俺の目的の一つとなった土魔法に長ける小人族である《ドワーフ》を含め、風魔法に長ける《シルフ》という獣人とは異なる有翼人種である妖精族に、水魔法に長ける《セイレーン》と呼ばれる人魚族、火魔法に長ける《サラマンダー》というトカゲ族に《エルフ》と呼ばれる耳長族、そして一度顔を合わせたギルベルトを長とする竜族レッドドラゴンを加え、獣人族を含めて七つの種族の事を指すらしい。



「我ら獣人王国ラブリヴァはアリシア王女の父君 《セルジル》によって今もなお治められておりますが、後継であるアリシア王女が失踪した事により次期国王を巡り後継者争いが起きています。


 世代交代により左大臣を継いだ《アルミロ》氏が一番の有力候補ではありますが、はっきり言って典型的な悪代官。己が一番可愛く他人を顧みない性格ゆえに権力はあれど人望を得られる人柄ではないのです。


 そこで、異論を唱えたのがこちらも世代交代をしたばかりの右大臣 《フラルツ》氏。彼は温厚な性格で人当たりも良く国民の支持も得られているのですが、王宮内ではアルミロ氏を支持する者が多く、彼の失脚を狙って度々起きる騒動に国民の不安が煽られているのです」


「要するにジェルフォはその二人共が気に入らないからアリシアに王様になって欲しいんだよね?」


「レイ殿の仰る通り、私はその為に危険を顧みず愛する家族を置き去りにしてまでアリシアを迎えに行ったのです」


 ジェルフォの意味ありげな眼差しを受けても組んだ腕から伸びた手を顎にやり、珍しく真剣な顔で何かを考えるアリシア。

 そんな彼女を見つめること暫し、突然 ニヤリ と不敵な笑いを浮かべるので『ああ、これは駄目な顔だ』と思ったのも束の間、有無を言わせず決定された行動予定が告げられる。


「レイ君達もまだ時間はあるのよね?ちょっと寄り道していかない?」


 アリシアが指差すのは遥か遠くに見えるザモラ山脈、寄り道も何も大森林の中央付近にあると言うラブリヴァからは遠ざかる方向に行くというのだが何のつもりだろう?


「アリシア、レッドドラゴンの巣になど何故わざわざ……」


 生活圏が異なる他種族とは敵対しないまでも仲が良いわけではないのだと言う。それなのにプライドが高く気性も荒いとされるレッドドラゴンの巣に踏み込めば争いが起きる可能性が高い事くらい想像するまでもない。


「そんなの決まってるじゃない。彼等に会いに行くのよ」


 アリシアの考えが分からないジェルフォが呆気に取られる中、当のアリシアは先程の真剣な顔とは打って変わりいつもの楽しげな表情で俺に向けて人差し指を立てながらウインクしてくるのだった。



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