23.戦いの火蓋

 小一時間前に降り立った闘技場に戻ると、何故か二十人ほどの観客の姿があった。

 だだっ広い観客席の思い思いの場所に陣取る四人の男の傍には何人かずつの女が集まり、こんな場所で楽しげに酒盛りをしている様子。


「そんなに前の事じゃないのになんだか懐かしいね。あの時はまだお兄ちゃんは私だけのモノだったのになぁ」


 サルグレッドのコロッセオを思い出し昔を懐かしむがモニカの言うように、あれから半年も経ってはいない。

 その間に凝縮された出来事は俺が冒険者となるべくフォルテア村を出て師匠の所で過ごした五年間より濃いものに思えるのは気のせいではあるまい。


「別れは済んだか?」


 人の回想に水を差すのは闘技場の真ん中で俺を待つレッドドラゴン三強の一角であるトパイアスと呼ばれた短髪の男。奇しくも同じ黒髪の相手は強者の余裕とばかりに紙巻タバコを吹かしてのんびりと俺の準備を待っている。


「レイさん、あんな人けっちょんけっちょんのくっちょんくっちょんにしちゃって下さいっ!勝ったご褒美は今夜のお・た・の・し・みっ、ですからね!」


 結婚しているとはいえ父親の前で恥ずかしげもなく嬉しそうに指を振るエレナに驚いたのはミルドレッドとリュエーヴの二人だけ。一番関係の浅いジェルフォですら彼女の性格をすっかり把握し、当のライナーツさんは諦めモードに入ってしまっているのか表情一つ変えやしない。


「レイ殿がいくら強いからとて相手は最強種族レッドドラゴン、油断はなりませんぞ」


 みんなを風の絨毯に乗せ観客席へと上げると、二メートル上から覗き込んできたジェルフォが言葉とは裏腹に ワクワク した顔で激励してくれる。


「ジェルフォ様、レイ様なら相手が誰であろうとも負ける事などありはしません。心配するだけ損ですよ?」


 彼女の故郷とも言えるイニーツィオから一週間。心はだいぶ落ち着きを取り戻したようで、昨晩は久方ぶりに二人の時間を過ごしてくれたコレットさんが顔を覗かせ微笑んでくれる。

 何処かの魔族にやられて死にかけたのはついこの間だったと思うが、それを踏まえて発破をかけてくれているのだろう。


 伸ばされたジェルフォの手を叩くと、珍しくコレットさんまでウインクと共に手を伸ばしてくるので手を合わせつつ『頑張ってくるよ』とウインクを返せば、それを見ていたティナが慌ててコレットさんの隣へと移動して手を伸ばして来るものだから微笑ましい限りだ。


 そうなると黙っていない妻達に混ざりライナーツさんまで参加してずらりと並んだ五本の手を叩き終わると、更に追加で身を乗り出す小さな手が伸びて少しばかり驚いてしまった。


「レイシュア様、応援しております」


 年相応の可愛い笑顔を携えたリュエーヴの声援に笑顔で応えながらみんなと同じように手を叩くと、遠慮がちに伸びる手がもう一本追加されてくる。


「……御武運を」


 わざわざ立ち位置を変えてまで伸ばした手を遠慮なく叩くと「任せとけ」と呟き、意外にも黙って待っていてくれたトパイアスの立つ闘技場の真ん中付近へと歩みを進めた。




「それだけしっかり挨拶すれば思い残す事もないだろ。あいつらは俺がちゃ〜んと可愛がってやるから、お前は安心して逝け」


 最後に一口とばかりに火種を赤く染め上げ大きく吸い込んだトパイアスは、短くなったタバコを指で弾くと自分の前に突き立ててあったデザイン性の無いシンプルな大剣に手を掛け、煙を吐き出しつつ楽しげな顔でその時を待った。


 宙を舞うタバコが放物線を描き、やけにゆっくり落ちて行くのを『こんな感覚が前にもあったな』と当時を思い出しながら眺めていると、 ポッ と軽い音を立てて地面に到着する。

 それを皮切りに、幅三十センチ、全長二メートルはありそうな鉄の塊を引き抜いた黒髪男が勢い良く向かって来るのが目に映る。


 クラウスもそうだったがレッドドラゴンとは力を誇示せずにはいられない存在なのだろうかと疑問に駆られながらも、先程の飛び込みより数段早く近付き、全てを叩き割る勢いで振り下ろされる鈍色の物体を目で追うことでようやく俺の方針が決まる。



──完膚無きまで叩き潰す!



 身を呈してくれたミルドレッドのおかげで少し落ち着いた心も、ここまで移動してくる間にかなりの熱を放出して今現在は無害と化したトパイアスなどどうでも良く思えて来た。

 だがしかし、俺が背を見せれば意気揚々とミルドレッドを奪って行くのは火を見るより明らか。その後に彼女がどうなるかなど考えるまでもない事だ。


 それならば、金輪際コイツ等の欲望の吐口となる哀れなサラマンダーが現れぬようにするには、コイツ等のルールに従い力を示すしか道はないのだろう。


 姿勢をぐっと低くし、白塗りの鞘を少しだけ引き上げながら半身ほど腰を捻ると、握り締めた白結氣に籠めた力と抜刀の際に生じる力、それに遠心力までもが加わり俺流の抜刀術が形を成して驚きを見せるトパイアスを大剣ごと弾き返した。


「これくらいはやってくれなくては面白くない」


 空中で大きく一回転しながら不敵な笑いを浮かべた顔を向けると同時に拳大の火弾が二十個も浮かび上がり、間髪入れずに放たれる。


「お前はその程度なのか?」


 横なぎにした白結氣からいつもより長めの風の刃を並行に二本飛ばすと全ての火弾はものの見事に消え去り、大きな音と共に咲き誇る爆炎とで戦いの始まりを告げる。



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