24.竜化

 闘技場で戦いが起こるのは日常茶飯事なのか、さして興味も無さげだった観客達も会場中に響き渡る轟音には注目せずにはいられなかったようで、爆炎から飛び出し、再度剣戟の火花を散らせた俺達へとその場に居る全員の視線が注がれる。


「それ、カッコいいな」


「ハッ!下等な人間には真似出来まいっ!」


 大剣を片手に空中に浮かぶトパイアスの背には片翼二メートルの真っ赤な翼が生えており、その姿だけなら威風堂々としていて憧れもする。


「そうだな」


 今度は俺の番。


 壊れる物の無い空中に浮んでいるのなら遠慮は要らないと、左手に四十個の火球、右手には同じく四十個の氷球を浮かべると奴の顔色が変わった。


 それを確認してから僅かずつ間隔を空け連続して撃ち込み始める。


「くっ……」


 顔を歪めて空を駆ける奴の飛行速度はなかなかのもので、ただ撃ち出しただけでは当てるのは難しいだろう。

 それを分かりながらも同じだけの土球と風球をこれ見よがしに浮かべて円を描きながら逃げ続けるトパイアスに向けて途切れる事なく撃ち続けた。


「舐めやがって……今度はこっちの番だ!」


 連射した百二十発の魔法弾などあっと言う間に終わりを告げ、それを隙だと判断すると急降下して地面スレスレの超低空飛行で向かって来る。


 奴の進路上に何本もの土の杭を打ち立て、顔を出すだろう回避ルートへと大きめの火弾を撃ち込むが一刀の元に切り裂かれてしまう。

 流石は火魔法の得意なサラマンダーの上位種族レッドドラゴンという事なのか、大してスピードも殺さず巻き起こる爆炎を突き抜けて迫る様には関心してしまった。



「うぉーりゃっ!!」



 炎を纏い更に長くなった大剣を両手で握り、飛行の勢いを載せ渾身の力で振り出されたところに左手に持つ白結氣を合わせる。

 大斧でもぶつけられたかのような強い衝撃、半歩ほど地面を滑り後退させられた感覚を覚える。


 口だけかと思いきや想像以上の実力に自然と口角が吊り上がっていく。


 ある程度勢いを削いだところで右手に朔羅を掴み『出番だぞ』と心の中で呟きながら鞘から引き抜くと、白結氣を押し除ける反動で後退しながらも苦い顔で朔羅へと大剣を合わせて弾き返される。


「クソがっ!」


 目眩しに放たれる火弾を水球で包み込んで相殺させながら、離れて行こうとするトパイアスを追い白結氣と朔羅を交互に打ち込むが、奥歯を噛み締め、必死になって振るわれる炎の大剣に阻まれてしまった。


 空中では打ち込みに耐えられないと判断し地に足を着ければその分後退速度が遅くなるのは必然。魔法を使う余裕すら無くなった奴は上下左右に繰り出される白結氣と朔羅の波状攻撃に晒され、剥き出しになっている筋肉の鎧に傷を増やして行く。



「おいおいおいおい、あれってトパイアスだよな?押されてるじゃないか……あの人間、何者なんだ?」


「なんかぁ〜、ギルベルト様が連れて来たお客様らしいですよぉ?」


「は?あいつ族長の客人と殺り合ってるわけ?物好きもいいところだなぁ。後でどうなっても知らなねぇぞって、まぁそれも見ものか、くくくっ」


「レジナード様ってばぁ、い・じ・わ・るっ。トパイアス様とは仲良くしてるんですから助けてあげたらどうなんですかぁ?」


「馬鹿言え、そんなつまらん事なんで好き好んでせにゃならんのだ。それに、俺じゃあアレには勝てそうにないし、怪我するのが落ちだろ」


「レジナード様でも勝てないって事は、トパイアス様は負けちゃうのぉ?」


「さぁて、どうかな?アイツの頑張りしだいじゃね?俺ぁ知らねえよ」


 手を緩める事なく横目で話し声の聞こえる観客席を見れば、赤地に白と黒の模様の入った派手な着物を緩く着ている銀髪男と目が合った。

 柄は違えど着物の着方といい髪の色といい、しばらく会っていないギンジさんが思い出されて懐かしくなる。


 胸まで垂れる長い髪を弄びながら、膝上で寝転び、男を見上げる女の肩を抱きながらももう片方の手には酒の入ったグラス持ち、背後から抱きついている女とは反対の肩にもう一人の女が頭を預けている。



──あれ? もしかして、側から見た俺ってあんな感じなの?



 アルにはクロエさんがいたとは言えあんなモノを毎日見せつけられてはストレスが溜まっていたのかも知れないと、何故か苛つく自分の心に自分自身の反省をし、師匠のところで頑張っているだろうアルにここから『ゴメン』と告げておこう。




「てめぇっ!余所見とは余裕だな!!」

「うぉっと」


 チラ見が過ぎればいくら余裕で攻めている状態と言えども隙は出来てしまうもの、油断とはつまりそういう事なのだと反省すると同時に叩き込まれた大剣を白結氣で止めれば、纏っていた炎が膨れ上がりまんまと目眩しをされてしまう。


「この俺に傷を負わせた褒美としてレッドドラゴンの本気ってやつを見せてやろう」


 距離を取ったトパイアスは大剣を地面に突き立てると大きく翼を広げて目を瞑り、両手を胸の前で交差させて火の魔力を練り始める。

 胸の中心に集められた膨大な量の魔力は一箇所に凝縮されて行くようだが、処理が追いつかないのか、漏れ出した魔力が奴の周りで可視化され、まるで奴自身が炎を纏っているようにさえ見える。


「何ですかアレ!?身体に鱗が生えて来てる?」

「エレナ様の言う通りだ。アレは恐らく “竜化” と言うヤツでしょう」


 トパイアスに纏わり付く炎が局所的に固まり火がついたように小さく燃え上がると、その後には炎の色が付いてしまったかのように肌が赤く染まっている。

 それが連鎖的に至る所で起こり奴の身体がだんだんと赤色へと変わって行く。


「獣人のクセに物知りな奴だな。お前の言うようにアレは竜化だ。

 人の姿を保ちつつ竜の長所を活かせる形態。竜化が出来て初めて一人前のレッドドラゴンと呼べるんだが、この平和な世の中だ。残念なことに実際に出来る者は少ないのが現状だぜ」


 奴が何をするのか眺めていると、エレナ達のほど近くでイチャつくさっきの着物野郎がジェルフォの補足をしているのが耳に入り『切り札出すの早過ぎじゃね?』と突っ込みを入れたくもなるが、出し惜しみして負けてからでは遅いと言うこともあるので奴の決断は正しいのかも知れない。



「ぅおぉぉぉおぉおおぉぉおおっっ!!!!」



 足元に吹き出した本物の炎がトパイアスの身体をゆっくり這い上がって行くと、炎が通り過ぎた場所は疎に染まっていた先程とは違い光沢のある赤色に統一されており、それがレッドドラゴンの鱗に覆われた皮膚なのだと分かる。


 変化したのはそれだけではない。


 手足の形状も人間の物ではないゴツゴツとした太い物になり代わり、鋭い爪が生えている。


 全体を見れば水辺に住み二足歩行する蜥蜴の魔物 《リザードマン》のようにも見えるが顔や雰囲気はそんな生易しいものでなはなく、頭部に残る黒髪と覆い尽くされはしなかったが辛うじてトパイアスだと認識出来るかなという程に鱗の生えた顔は人の形を保ちはしているが、二倍近くまで広がった口には獣を思わせる鋭く尖った凶悪な歯が生え揃い、耳は大きく肥大化して板状になり何本も生える角の基盤となっている。


「あぁ〜あーあーあー、最後までやっちまったよ。これで三日は女が抱けないなっ、ご愁傷様」


「えぇ〜っ、レジナード様はやっちゃダメよぉ?」


 化物と化したトパイアスは魔力で赤く光る目を見開き自身を縛る鎖を引きちぎるかのように胸の前で組んだ腕を勢い良く開くと、内包していた魔力と共に解き放たれた闘気が衝撃波となり闘技場を襲う。


 自分のすぐ前とモニカ達の前には咄嗟に張った風壁が間に合ったが、他の観客達はゴメンナサイだ。まぁ、身内のやらかした事だから俺の知った事ではないか。


「おーおー、派手にやってくれるねぇ。観客席には被害が及ばないように気を配って欲しいものだが、熱くなり過ぎてるなぁ。

 竜化は強いぞぉ、謝るなら今のうちじゃないのかい?黒髪ボーイ」


 モニカ達の無事を確認すると、衝撃波など来なかったようにさっきまでと同じ格好のまま女を侍らす銀髪とまた目が合ってしまう。


「外野はすっこんでろ!今更謝ったとてもう竜化しちまったんだ、三日は戻れねぇこの身体、思う存分楽しませてもらうぜ?」


 無骨な右手で目の前の大剣を引き抜くと、切っ先を俺に向け闘技場全体に響き渡る大声で高らかに宣言した。



「さぁっ、第二ラウンド開始と行こうじゃないかっ!!」



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