22.気の合わない者同士
大まかな造りとしてはサルグレッドやアンシェルの城と変わりは無く、城の防衛と敷地を明確にする為に築かれた強固な城壁の最奥にメインとなる壮麗な造りの宮殿がある。
全てのレッドドラゴンは宮殿女子と呼ばれる選ばれたサラマンダー達と共にこのパラシオで暮らしてはいるが、その中でも宮殿に住めるのは族長を含む幹部と呼ばれる者達数名だけなのだと言う。
もちろん族長の息子息女たるクラウスもセレステルもその一部に含まれているのだが、それ以外のレッドドラゴン達は敷地内に立ち並ぶちょっとした貴族の屋敷ほどもある大きな建物に派閥毎に分かれて暮らしているのだそうだ。
それはそれは広い城内を淡々とした説明をしながら先頭を行く彼女が足早に歩くものだから、身体を動かすのがあまり得意でないモニカとサラはたまに小走りになっているし、ミルドレッドはまだしもリュエーヴは少しばかり辛そうだ。
「男性しかいない筈のレッドドラゴン族の常識を覆すのが例外である私なのです」
歩く速度を遅らせようと先程の疑問を再度投げかけると、立ち止まった彼女から睨まれたような感じすら受ける冷たい視線が突き刺さり、聞いては駄目な事なのかと後悔もした。
怒られるかとドキドキしてると盛大に溜息を吐きはしたが、思いの外あっさりと答えが返ってくる。
「千五百年以上も続くレッドドラゴンの歴史の中で女性でありながらレッドドラゴンだと認められたのはたったの三人しか居ません。
ごらんの通りサラマンダーの特徴である豊かな胸などは無く、それに伴い生殖能力もありませんので “子孫を残す” という生物として最低限の仕事すら出来ない私は欠陥品もいいところでしょう。
そして貴方の疑問であるこの白い尻尾は、その名の通り赤い竜であるはずのレッドドラゴン族でありながら色すら貰えず、最大の武器である炎のブレスすら吐く事の出来ない歴史上唯一の驚くべき低劣なドラゴンの証なのです」
「セレステル様、ご自分を悪く仰るのはお止めください。 気高く聡明なセレステル様は女性で唯一のレッドドラゴン、私達サラマンダーの憧れなのです」
自分を気遣う真剣な眼差しに幾分表情を緩めたセレステルは、先程のまでとは違うゆったりとした足取りでミルドレッドへと近寄ると優しく頭を抱き寄せ、臭いでも嗅ぐかのように栗色の髪へと顔を埋めた。
「貴方がそう言ってくれるのは嬉しいけど、決して必要以上に卑下してるわけではないわ。私は私の立ち位置を正確に把握しているだけ、現実を事実として認識するのは大事な事なのよ。でも……ありがとね」
「いえ、勿体なきお言葉……」
愛しい相手にするように微笑みながら頬へと手が添えられると、はにかむミルドレッドの頬が少しだけ赤く染まっていた。
ずっと怒っていたイメージしかないセレステルの見せた穏やかな一面だったが、隣でその様子を見つめていたリュエーヴの頭を撫でたすぐ後で表情は一変し再び険しいモノとなる。
「またそのような者達とつるんで……」
厚底のブーツは割と硬い素材で出来ているのだろう。それがわざとなのかどうか分からないが、彼女の気持ちを代弁するかのように コツコツ と音を立てて足早に歩き始めたセレステルの向かう先には、建物前の数段しかない階段に座り込み談笑している五人の男達の姿がある。
「クラウス様!」
男達の視線が彼女へ向けられると顔が視認出来ない距離にありながらも明らかに嫌そうな空気になったのがよく分かる。
「優等生がお迎えに来たぜ、クラウスちゃん?」
「「「ギャハハハハハハッ」」」
「うっせー、黙ってろ!」
全員が揃って手にする紙巻タバコをクラウスは一人、投げ捨てると面倒臭げに立ち上がり、苛立たしげにそれを踏み潰す。
煩しそうに頭を掻きながらもセレステルへと歩き始めたものの、その時には既に目の前にいた彼女の鬼のような顔に驚きすぐに足を止める事となる。
「うっ……」
「ギルベルト様に戻るように言われましたよね?気分転換に出かけると言っただけなのにこんな所で油を売って……何で真っ直ぐ帰って来てくれなかったんですか?
それにこの方達とのお付き合いはしないと約束したのは昨日の事ですよ!もうお忘れですか?
クラウス様は次の族長となる方なのです。もっと品性のある良き相手とのみお付き合い下さい。分かったら今すぐ帰って座学の続きをしますよ!」
──あれは彼女の癖なのだろうか?
ギルベルトの時同様に半歩手前に立ったセレステルは、真っ直ぐに伸ばした人差し指で胸板を破壊せんとばかりにツンツンしながら自分の思いのみを伝えると、困り果てたクラウスの手を引き大股で歩き始める。
「お、おいっ、セレステル!」
「……何か?」
振り返ったセレステルの顔からは感情というものが消えていた。
そこがまた不気味さを醸し出し、何か言おうものなら即座に反撃にあい潰される……あまり彼女の事を知らない俺でもそんな恐怖が伝わるほどの空気を漂わせているので肉親であるクラウスならば尚の事だろう。
「さようなら、クラウス坊ちゃん。達者でなぁ〜」
今は何を言っても無駄だと悟ると頬を痙攣らせただけで言葉が出ないクラウスは再び歩き始めたセレステルに引き摺られていたが、ニヤニヤと見送る仲間達に中指を立てて見せると諦めがついたのか並んで歩き始め、そのまま二人で去って行ってしまった。
「じゃあ俺達も行こうか」
ニヤつく男達が発した言葉の意味を理解したのはそのすぐ後の事だった。
紙巻タバコを揉み消し立ち上がった四人は、品定めでもするかのようにサラ達を視線で舐め回しながら俺達の間をゆっくり突き抜けると、一番後ろに居たミルドレッドへと手を伸ばすのが目に入る。
「!!!!」
その瞬間、ギルベルトの忠告が過りもしたが、それと同時にあまり考えたくなかったサラマンダーとレッドドラゴンの共存の仕方を理解してしまい湧き起こるどうしようもない憤りを抑える気にもなれなかった。
「……お前、たかが人間のくせに自分で何してるのか分かってんのか?」
ミルドレッドに触れる拳一つ手前で男の手を横から掴めばニヤニヤとした笑いは一変し、己の行動を阻害する俺へと敵意を剥き出す。
「お止め下さいっ!私達はギルベルト様に許可を頂きこの場におります。このペンダントがその証しで……」
「んなもん見えねぇよっ。俺達はやりたいときにやりたい事をやる、それがレッドドラゴンの在り方だ。お前等サラマンダーは俺達のやる事に素直に従ってればいいんだよっ!!」
男の発した一言は俺の中に残っていた理性という最後の鎖を引き千切るのに十分な破壊力を持っていた。
「うぉっ!……ってめぇ!何しやがる!?」
掴んだ腕を力任せに投げ捨てるとそこは流石にレッドドラゴンだと威張り散らすだけあって無様に地面を滑るような事はなく、空中で姿勢を戻すと難なく地に足を着けた。
「俺に逆らうという事がどうゆう結果になるのか分かってな……」
「お前がレッドドラゴンだからなんだっていうんだ?彼女達よりお前の方が強いから文句言わず従えだと?ふざけるのも大概にしろよ」
「人間風情が……でかい口叩きやがって!」
怒りを拳に握り締め一足飛びで俺へと向かう男は強さを誇示するだけあって並大抵の冒険者では敵わないだろうスピードでニヤニヤと見守る仲間達を通り越したが、レッドドラゴンと言えどもこの程度かと落胆させるような拳を突き出したところに飛び出して来る人影が目に入り、咄嗟に風壁を展開させた。
「この方達はギルベルト様のお客人です。手を上げればトパイアス様でもお叱りを受けてしまいます。私が付いて行きますのでどうか拳はお納め……」
奴の打撃を受ければどうなるかくらい分かっているだろうに、その拳と息のかかる距離で両手を広げて立ち塞がるミルドレッドに肝を冷やされたのは言うまでもないが、そのおかげで少しだけ冷静さを取り戻す事が出来た。
しかし、彼女の言動を容認出来るほどお人好しではないし、俺の常識からしたら “クズ” と呼べるこいつらに従うつもりも無い。
ミルドレッドの言葉途中に少し強めに肩を抱き寄せ黙らせると、驚いた顔が俺に向くのも当然の事だろう。
「強者に従うのがお前達のルールなら、お前が俺に従え」
ピンポイントに作られた小さな風壁に遮られた拳を下ろすと口角を吊り上げ、鼻で笑ったかと思えばチラリと仲間達に視線を送る正面の男。
「一撃で許してやろうと思ったが、どうやら死にたいらしいな。良いだろう、族長の客とて容赦しねぇが、どちらが上か分らせてやる。
ただし、ここで暴れると後が大変だから場所を移そうじゃないか。
もし万が一にでもお前が勝てたらその女は諦めてやる。だが、お前が負ければこの場にいる全部の女は貰って行くぜ?」
懐から取り出した紙巻タバコに鮮やかな火魔法火で付けると、踵を返して歩き始める。その後にはずっとニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ続ける奴の仲間三人が続いて行く。
「トパイアス様っ、お待ち下さい!トパイアス様!!
レイシュア様!あの方はレッドドラゴン三強のお一人なのです。人間である貴方では敵うはずありませんっ!今からでも遅くないのでどうか許しを乞うて下さい!!」
一度目は上官であるマーゴットを守る為に、二度目は妹であるリュエーヴを救う為に。
そして三度目は、大事な客と言えども見ず知らずの俺の為に我が身を顧みず身体を張る彼女に『俺は惚れっぽいんだぞ?』と心の中で呟きつつ、セレステルのように頭を抱き寄せた。
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
ほんのり香るオレンジのような甘酸っぱい匂いをもう少し嗅いでいたかったが、俺の心が傾き過ぎる前に……それと背後に感じる視線がこれ以上強くならない内に彼女から離れて奴等に続いて歩き始めた。
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