39.アリシアの戦略
「本来であればこのような場で、しかも、包み隠さず言うのは憚られますが……その……レイシュア様の子……」
「だめーーーーーっ!!」
突然立ち上がったティナの声にびっくりする。
怒った顔のティナも可愛らしい──が、そんな思いとは裏腹に『分かってるでしょうね!』と鋭い視線が突き刺さる。
「あんたっ、何言い出すの!?憚られるのならやめなさいよ、破廉恥娘がっ!
私達はレイの妻なのよ!?そんなの許さないわっ、駄目に決まってる!そうよね、モニカ!!」
「私は……お兄ちゃんがしたいようにすれば良いと思ってるわ?お兄ちゃんが決めた事なら……」
バンっ!
綺麗なティーカップが踊る程の勢いで叩かれた机の音で、苦笑いに成り変わったモニカの言葉。
それに驚き「ひゃぁっ!」とカップに伸ばした手を慌てて引っ込めるチェルシア。だがその隣では、真っ向否定されたレオノーラも、母親のマルティーアも、にこやかな表情を崩す事なくティナの様子を黙って見ている。
「嘘よ!うそうそっ!そんなの絶対嘘に決まってる! あんたはどうなのっ、エレナ!」
「私はレイさんが傍にいてくれれば何も不満はありませ〜ん」
「リリィはっ!?」
「アンタさぁ、同じ事何回聞くの?レイの傍に居たいのなら、いい加減に慣れたらどうなの?」
「サラっ!あんたは私の味方よね!?」
「味方って何よ……ねぇティナ。レイは貴女を含めて奥さんが四人もいるのよ?それに加えて私にコレットにサクラにアリサに。
沢山の愛すると決めた人がいても尚、最初の宣言通りにみんなに等しく愛情を注ごうと努力してくれてる。だから私はみんなに混ざってレイのお嫁さんになると決めたし、例え寄り道しても、最後には必ず私達のところに帰って来てくれると信じてる。
だからとやかく言うのは止めにして、全部レイに任せたらどうかしら?」
握り締めた拳を見つめるティナは、サラの言葉を飲み込もうとしているのかも知れない。
だが、人にはそれぞれに思うところがあるのが当たり前で、ティナの感情も間違ってはいない筈。そしてその感情は、他ならぬ俺を愛してくれているが故に起こるもので、自分の心に細波を立ててまで愛情を守ろうとしてくれた事に感謝してもしきれない。
「ティナ」
苛立ちの篭る鋭い目付きで顔を上げはするものの返事もしてくれない。
「モテる男は辛いのぉ」
目の前のテーブルに座るノンニーナの茶化しに笑顔だけで応えると、席を立ってティナの背後まで行き、両肩に手を置いて椅子に座らせた。
「セイレーン族の事情もあるのだろうけど、悪いが俺にも事情がある。
サラが言ったように、俺は両手でも溢れるほどに愛する者を抱えているのが現状なんだ。勇気のいるだろう申し出を無下に断ることをどうか許してもらいたい」
「そうですか、それは仕方ありませんね」
もっと何か言われるかと思ったら、変わらない笑顔のままあっさり矛を収めてくれたレオノーラ。何故かチェルシアの方が深い溜息を吐いて残念そうな顔をしていたが、族長であるマルティーアも表情を崩す事なく俺達のやりとりを笑顔で見守っていただけだった。
「それはそうと、ティナ?俺がいつもいつも流されると思ったら大間違いだ。アンシェルで誓いを立てたろ?信用無いのは分かるが、少しくらいは信じてくれよ」
両の拳をこめかみに当てて力を入れずにグリグリすれば、オレンジの髪を垂らして仰け反ってみせる。無言で見上げる薄紅の瞳が『どの口が……』と如実に告げていた。
「サクラとアリサ」
「サクラの事は話してあったし、アリサも可能性として最初に言ってあっ……」
⦅レイ君!聞いてる!?⦆
ティナの不満に弁明しようした矢先、知らぬ間に演説台に立ち、こちらを睨んでいたアリシアと視線がぶつかった。
「え?おれ?」
自分を指差し確認を取るが、眉間に寄せた皺が『私が話してるのに!』と不機嫌さを物語る。
そして気が付けば、壇上のアリシアの視線に釣られて二万人の目が俺達に向いている事態。そんな大勢から見られる経験は一度しか無く、あの時は闘うことに集中していたので気にもしなかった。
──だが今は違う
途方もない緊張感に一瞬にして身体中に汗が吹き出た気がする。
⦅レイ君とエレナ、サラもコッチに来て頂戴⦆
名指しにされ、不思議そうに顔を見合わせ立ち上がったエレナとサラ。
離れた場所にあるアリシアの元に “どうやって行けば良いのか” と考えるよりも先に “早く行かねば” と焦りが先立ち、三人纏めて風の魔力を纏わせると空を飛び、直ちに彼女の元に馳せ参じた。
──その様子に再び起こる獣人達のどよめき
アリシアの呆れた顔を見て初めて『しまった』と思ったが、そんなものは後の祭りだ。
⦅紹介するわ。私が駆け落ちした相手ライナーツとの子、愛娘のエレナ。それと、その旦那様となった人間の貴族、レイ君よ。
レイ君は一夫一妻という人間の常識を打ち破り、人間社会に君臨する王家の姫君であるサラとの婚約をも認めさせた。これがどれほど凄いことだか分かる?
そこの君!そう、最前列のクマ耳のイカツイ君!⦆
アリシアが遠く離れた獣人を指差せば、当然のように民衆の視線は其方に向くことになる。
注目を浴びるクマの獣人は仲間に持て囃されながら不思議そうに自分を指差すと、アリシアが『君だよ』と言わんばかりにゆっくり頷く。
⦅この国で王になるのは白ウサギの獣人と決まってるわね?でも仮に、貴方が私の心を射止めたとしましょう。そうなれば貴方はこの国の王になれるかしら?⦆
二万人の民衆の前で行われる二人の問答。注目の中、彼は両手を大きく交差させ「無理だっ」と声高に告げれば、仲間達に「お前じゃありえねーし!」と笑われ、拳に変わった手を振り下ろしていた。
⦅その通り、無理なのよ。何故ならば、私のように立場のある者は例え王位を継がなくても有力者と結婚し、現国王の政治地盤を固めると言う役目がある。何の地位も力も無い者と結婚しようと思ったら、それこそ私のように駆け落ちしか道は無いでしょう。
ところがレイ君はそうではなかった。
田舎の小さな村に生まれた少年が貴族に成るだけでも常識を逸脱するほどの功績。
複数の妻を持つ事を認めさせた上で人間の姫君であるサラの心を奪い、それを人間達の頂点に立つ王様にも認めさせた。これはもう、奇跡と言ってもいいほどの偉業よ。
更に彼の爆進はそこに留まらず、ある計画の為にこの国へとやって来た⦆
⦅そこからは俺が話そう⦆
テラス席の手すりに立つギルベルトが、人間の姿のまま、片翼二メートルの竜の翼をこれ見よがしに広げた。両腕を組んだまま微動だにしない身体は、悠然と羽ばたかれる翼により浮き上がる。
鮮烈な存在感を植え付けながらゆったりと空中を移動すると、微笑むアリシアの隣へと降り立った。
だが俺は知っている。彼は俺と同じように、風の魔力を身に纏い空を飛んだのだと。
その事を裏付けるように、ギルベルトは〈マイク〉無しで民衆へと声を届かせた。つまり、風魔法が得意とされるシルフ族ではないにも関わらず、俺達でも出来ないような高度な技術で風の魔力を操って見せたという事。
当のギルベルトは、何食わぬ顔で自分がレッドドラゴンであるとアピールするよう大きく翼を広げる。そして、アリシアの肩に手を置くと、少しだけ嗄れた宿老の男らしい味のある低い声で集まった民衆へと話し始めた。
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