26.約束
拳を握りしめて追ってくるトパイアスに向け、刀身を包む光の増した白結氣を通して、光魔法で増幅された四属性の魔法を小さく凝縮して連続で撃ち込んでみる。
「無駄無駄無駄無駄むだだぁぁっ!」
奴の言う通り五センチの魔力の塊は球状、槍状、刃状に変化させてみたもののそんなものは関係ないとばかりに悉く弾かれ意味を成していない。
奴とは相性の悪い風魔法はもちろん火魔法も完全無視で、魔法で物理ダメージを作り出す土魔法では奴の鎧には敵わないようだ。
やはり火属性の魔物には水属性が有効なのか、唯一手応えの合った一番攻撃には向かない水魔法でどうしたら良いか頭を捻ると、先日不覚をとった魔法の事が思い出される。
「効かねぇって言ってるだろぅがぁぁっ!!」
不服ながらも閃きを形にしようとイメージを固め始めれば口角が吊り上がったローブ魔族、ジャレットの口元が脳裏に甦り、イラッ としたそのタイミングを狙ったかのようにトパイアスの拳が打ち込まれて来る。
「ちょっと……黙ってろよっ」
二打目を弾き返した後に二人の間に小さくとも強力な気化爆弾を作り、強烈な爆発を風壁で防ぎながら勢いに乗って後退し距離を取る。
吹き飛ばされながらも強靭な爪で勢いを殺そうと地面に線を描きながら滑って行く奴の足元に土の魔力を放ち、驚きながら地中へと沈み始めたところで出来るだけ強固に固めてやる。
「んだこれっ!この程度、ふざけんなよ!!!」
──もちろんふざけてなどいない
地中に固定された片手両足を抜こうと力み、もう既に周囲の地面にヒビが入ってしまっているので大した時間稼ぎにならないとは分かっているが、次のステップへの足がかりくらいにはなる。
奴を中心に魔力で出来た五メートルの円が現れると続いて半分だけの水玉が出来上がる。地上に居ながら水中に没し俺を睨み付けるトパイアスに向けてにこやかに手を振ると、奴を包む水の温度を火魔法で奪い氷漬けにしたところに、氷が割れても簡単には脱出出来ないように五十センチほどの厚みのある土のコーティングを施した。
──これでよし
ぽっこり膨らむ土の半球ボールを見て時間稼ぎの段取りが終わった事に大きく一息吐くと、いくつもの水玉を浮かべイメージを魔力に乗せる。
見る見る細くなっていく水玉達、程なくして一見すると分からないくらいの糸のような氷の針が出来上がった。
だがこれだけでは奴の硬い鱗の鎧を貫通する事は叶わないのが分かりきっているので、出来うる限り魔力を濃縮させ硬度を増す為に時間を割いていると、土の玉と化した奴の封印が ミシミシ と音を立て細かなヒビが入り出すと小刻みに揺れ始めた。
「うぉぉぉおおっ!しゃらくせぇ!!!!」
派手な音を立てて砕け散る土と氷の牢獄を吹き飛ばし、可視化されるほどの濃度を持つ赤い魔力を纏ったトパイアスが姿を現せば、その顔は自分を閉じ込めた俺への怒りに満ち満ちていた。
「いけっ」
出番を待っていた合計百本にも及ぶ氷の針は風魔法を受けて超高速で横回転を始めると、俺の意志を汲み、赤い鱗の化け物を目掛けて目にも留まらぬ速さで音も無く飛び出して行く。
トトトトトトトトトトトトトトトトッ
「ぁぐっ……」
ハリネズミとは逆で腹側にキラキラと陽の光を反射する綺麗な棘を生やしはしたが、勢いに押されて二歩三歩退がったのみでダメージらしいダメージは見受けられない。
しかし、咄嗟に腕を曲げて顔の前に持って行ったのは、鎧となる鱗の無い部分は不味いと本能的に分かっているからだろうか。
「魔法なんぞ、効かねぇっっつってんだろぉがぁぁっ!!」
身体に入れた力のみで突き刺さる全ての氷を粉々にすると、返礼の一撃は予想外のモノだった。
「まじか!?」
大きく開かれた口から吐き出されたのは強い光を放つ白い棒。奴の口から俺迄を一直線に繋ぐ直径五十センチのソレはサラマンダー達が見せた第二収束砲と同じ臭いを感じさせた。
慌てて無限氷壁を展開させるが咄嗟のことに満足できるほどの魔力が集まらず、あの時とは違い二十センチにも満たない薄い壁のまま受ける事となった。
「くぅぅっ……白結氣!!」
一瞬でヒビだらけになった氷壁を白結氣を通して増幅された光の魔力でどうにか繋ぎ止めるとゴリゴリ溶かされて行く焦点部分の進行を大幅に減速させた。
あの時は負傷していたとはいえ族長であるギルベルトのブレスは難無く止められた。にも関わらず今俺を襲うトパイアスのブレスは光魔法で増幅された無限氷壁をも押し通ろうという勢いがある。
これはつまりギルベルトのブレスより強力なサラマンダー九人分が掛け合わされた魔力より、奴一人のブレスの方がさらに優っているという事に他ならない。
それはレッドドラゴン三強と言われるトパイアスの実力なのか、単に “竜化” という変身がそれをさせるのかは分からないが、いずれにしても今が危機的状況だという事には変わりがないだろう。
温度管理が間に合わず侵食された無限氷壁も残り二センチ、そろそろ限界です!という時になってピタリと攻撃が止み、本来の姿である透明度の高い氷の板へと再生されたその向こうで舌打ちする奴の姿が目に入る。
──あぁ、そうか……
収束砲に比べたら異様な迄の短さにブレスだったと気が付き、ならばと走り出したところで案の定二撃目が放たれたのだが、今度は受けずに躱してやると、横へ横へと逃げる俺を追って来る。
奴を中心に円を描くように移動すれば観客席の真下にある二メートルの壁が焼かれるもののモニカ達には被害が及ぶことはないだろう。熱を帯びて赤く染まる壁を横目に、息継ぎの為に一時的に止まったブレスの合間を狙って再びトパイアスへと走り寄る。
竜化で生まれた鱗は朔羅でも斬れなかった。であれば世の中に存在する刃物の殆どが奴には通用しないという事なのだろう。
それならば朔羅と白結氣を握る俺はどうしたら良いのか、その答えは単純ながらもなかなか行き着く事の出来ない答えなのかも知れない。
魔法はほぼ通じない。もちろん
そうなると物理攻撃しか残されていないのだが斬撃が効かないのであれば……
百本あった内の何箇所か、氷の針が刺さった痕に、鱗の色に隠れて少量の血が出ているのが見受けられる。それはつまり鱗のすぐ下は奴の皮膚である証で、鱗さえ貫通すればダメージが通ると言う事だ。
だが鱗を貫通させるには今の俺では相当難易度の高い芸当。ならば鱗を通して奴の肉体そのものにダメージを伝えるために刀で “斬る” のではなく “ぶっ叩く” という使い方に変更してみる。
後から怒られそうだと思いつつも覚悟を決め、左の手首で小さくも力強い赤光を放つサマンサに押しつけられた魔力をほんの僅かにだけ取り出す。すると強い酒が喉を通る時のような体の内側が熱くなる感覚。それを心地良いと感じながらも身体強化の魔法へと替えて行く。
朔羅と白結氣を握り締めて近付く俺へと『無駄だ』と見下した目を向けつつ後退しながら三撃目のブレスを放とうと口を開けた瞬間、風魔法を纏って加速すると、目を見開く奴とのすれ違い様に鱗に覆われた赤い腹へと朔羅を叩き込んだ。
「ごふっ……クソがぁ、ガハッ!」
思惑通り火竜の魔力で強化された強力な打撃は鱗から腹へと直接伝わり、トパイアスの身体をくの字に曲げる結果を生み出した。
──もちろんそれだけで終わるつもりはない
振り向き様に背中へと白結氣を叩き込んだのを皮切りに刀による滅多斬り……ではなく、滅多打ちが開始されたのだが『このまま終わらせてやる』と息巻いたタイミングで上空から魔力を感じ、仕方なく飛び退けば何本もの炎の帯びが降り注ぐ。
「トパイアス!すまん、遅くなった!」
闘技場の上空を悠々と旋回するのは三十頭のレッドドラゴン達。
クラウスより更に二回りほど小さな個体ばかりだが滅多に見る事のない竜、それも最上級のレッドドラゴンがそれだけの数で飛んでいれば見る者を圧倒するだけの力を持ち合わせていてもおかしくはない。
「…………」
状況から推測するにトパイアスと一緒にいた三人の仲間が更に仲間を呼んで来て全員一丸となって俺をフクロにするつもりだった、そんなところだろうから言葉も出ない。
俺が勝ったら身を退くとは言ったが一対一の勝負だとは約束してなかったとはいえ水を差された感満載で、戦いのリズムに乗ってきた事もありムカムカしてきた気持ちを抑えきれずに風の魔力を纏うと思い切り地を蹴った。
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