41.占いは好きになれん
「なぁ、目的違うよな?要件を済ませようぜ。せっかく買った物がいつまで経っても使えないぞ?」
仕方なくみんなを捲し立てて教会の奥へと続く扉に向かえば、入り口にいたシスターさんが案内してくれる。
「ええっ!痛いんですかぁ?痛いのは嫌ですぅ」
目の端に涙を浮かべガックリと項垂れるエレナ、だがそれやらないとピアスは着けられないだろ?俺は関係ないので部屋の入り口でアルと待つことにした。
「心配しなくとも少し痛いだけで、直ぐに私が癒しの魔法をお掛けします。ご安心ください」
シスターさんの説明を聞いているのかいないのか、床にへたり込んだままでいるエレナ。そんなに嫌なら止めれば良いのにと思っていると、ティナがその耳元で何やら囁いている。
(アレのとき女性はすっごく痛いらしいですよ、それに比べたら些細なことです。エレナはアレの時も痛いならヤダと止めるのですか?)
(何よそれっ!本当なの?気持ちいいんじゃないの?)
(えぇ、最初はものすっごい痛いらしいですよぉ。でもぉ好きな人と一緒になれるならぁ耐えられるよぉ、きっと)
(クロエ、実際のところどうなのよ?)
(私にもまだわからないのです。ただ、覚悟は出来ているのですっ)
(なによ、決行はいつなの?)
(えぇっ!クロエ!?抜け駆けですか!?)
(お嬢様にはまだ早いのです、ふふふっ)
(聞いた話だとぉ、想像を絶する痛みだそぉですよぉ)
(ひぇぇっ、今から怖くなって来ました。でもレイさんと……むふふっ、それに比べたらこれくらいの試練はちゃちゃちゃっと乗り越えないと行けませんねっ!)
(よし、前哨戦、気合い入れてやるわよ)
((((おーっ!))))
「あ、あのぉ……」
シスターさんが困っているじゃないか、アイツら何やってんだ?そんな所でしゃがみ込んで円陣組んでなくていいから、早くしろよな。
キラリと光ったクロエさんの視線がアルを突き刺せば、我関せずと腕を組み壁に背を預けていたアルが ビクッ! と身体を震わせ目を開ける。なんなんだっ、あの眼光は!?たかがピアスの穴を開けるだけにどれだけ気合がいるんだよ……。
「っつ!」
「痛っ……くない?なによ全然痛く無いじゃない」
「あれぇ?ほんとだぁ、あんまり痛くない?」
「んっ……」
「あぁっ痛いっ、痛いですぅ。でもこれに耐えなければレイさんとは……」
針のような物を持つシスターの前に整列し順番に施術をしてもらう女性陣、エレナ……俺がなに?そりゃ、俺はたまにぶつけど、それはお前が悪い事した時だけだからな?
何故かお疲れのシスターさん、俯き「私も彼氏が欲しい」とかぶつぶつ言ってるのが聞こえてきた。それって……教会で言って大丈夫なの?
疲弊の色が濃くなったシスターさんにお礼を言い聖堂に戻ると、エレナが俺の服を引っ張る。
「ねぇねぇ、占い屋さん並んでませんよ?占ってもらいに行きましょう?」
その一言がスタートの合図、我先にと争うように無言のまま足早に歩き始めた女性陣。何がそう掻き立てるのかは知らないが、俺達男性陣の意見は聞く気すら無いようだ。
占い屋さんの前に着いたときには、黒いフードを深く被り口元しか見えない奇妙な人が看板を片付けようとしていた──この人、本当にシスターなの?
「あれ? もうお終いですか?」
エレナの問いかけに振り向く黒フード。何やらじっくりと俺達を順番に見回し俺で視線が止まったように思えたが、俺は占いなんて興味ないぞ?
「そのつもりでしたが、まぁいいでしょう。今日は貴女達で最後にします。一人ずつ中にどうぞ」
怪しい容姿とは裏腹に透明感のある素敵な声。心の奥底に響きそうな鈴の音のような綺麗な声は何処かで聞いたことがある気がしたのだが、しばらく考えても思い出す事は出来なかった。
「レイ、お金頂戴。一人銀貨三枚だって」
腕を伸ばし金をせがむリリィの手のひらにそっと自分の手を重ねる。
「アンタの手が欲しいんじゃないわよっ!銀貨三枚っ、はやくっ、プリーズッ!」
なんで俺がそんなもの出さなくちゃいけないんだ?俺が言い出したことでもないだろうが……それにしても銀貨三枚とか高くない?豪華な飯が食えるぞ?
「つべこべ言わないで早く出しなさいよ!」
渋々財布を取り出し銀貨三枚を渡してやると表情を一変させ、軽いステップで中へと入って行く。
その様子に溜息を漏らしたと同時、いつもにも増してニコニコ顔のエレナが椅子に座る俺のすぐ前の床へとしゃがみ込み
「レイさん、私はお金を持ってません。お金がない私は占いをしてもらえないのです。ですから銀貨を三枚ください。皆さん占ってもらうのに、私だけ仲間はずれになってしまいます。どうか……どうか可哀想な私に銀貨三枚をお恵みください」
白い耳を ピコピコ と動かし目を潤ませる様は……どう見ても演技だけど可愛いじゃないか!それって反則じゃね?仕方なく財布を開け銀貨を渡してやると嬉しそうに立ち上がった。
「わぁ流石レイさんっ!やっさしぃ〜、そんなレイさんが大好きですっ」
そのまま俺の腰に抱きつくエレナ。馬鹿っ、こんな所でやめなさいっ!ペシッと頭を叩くと素直に離れ、すぐ近くで嬉しそうに ピョンピョン 飛び跳ねている。たった銀貨三枚でそこまで喜んでもらえて嬉しいよ。
再び重さを感じる太腿。驚いて見れば立膝のティナがエレナの真似をして俺の太腿に肘を突いている──ちょっとティナさん!?
「わたしも抱きつけばいい?いいよね?抱きついていいよね?」
待て待てっ、目的はなんだった?銀貨じゃなかったのか?
素早く銀貨三枚を取り出しティナの手に握らせれば プクッ と膨れて俺の隣に座るが……渡す物は渡してやっただろ?
「ね〜ぇ〜、レイ?」
逆隣に滑り込んだユリ姉が甘い声を出しながら腕を絡めてくる。甘酸っぱい仄かな香りが鼻を掠め、同時に柔らかな感触が腕を包む。心の中でガッツポーズをするものの平静を装い、はいはいと銀貨を渡せば「ありがとぉ」とにこやかに言うがそのまま離れない。
まぁいいかと思っていれば勢い良く目の前に伸びてくる手。顔を上げればいつもの眠たげな紅い目で見下ろしているクロエさん、貴方まで何故……
「財布を出すのが面倒なのです。財布を出している人からもらうのです」
結局女性陣全員にたかられ、銀貨十五枚も失う羽目になったわけだが……そんなけあったら林檎もう二袋買えたっちゅうねんっ!
何を言われたのか知らないけど帰ってきたみんなの顔は綻んでいる。占いって所詮は当てずっぽうじゃないのか?無難な言葉を沢山並べて言葉巧みに、さも良いことが起きるみたいなこと言われるだけのものだと思っていたけど、違うの?
最後に入ったクロエさんが戻ると、何故だか知らないが俺のところにやって来る。
「男子はサービスでやってあげるから中に来なさいと言われたのです。さっさと行ってくるのです」
はぁ?面倒くせぇな、俺はいいって言うのに。アルも肩を竦めているがクロエさんに押されて部屋の中に押し込まれた!強制!?
しばらくするとアルが出て来たが、なんとも言えない微妙な顔をしている。
「なに言われたんだ?」
「人には話さない方がいいんだとよ。お前もさっさと行ってこい」
別にスルーしても良かったのだが一人だけ仲間はずれというのもナンだし、仕方がないので行くことにした。
扉を開ければ薄暗く狭い部屋、天井から下げられた薄布を退ければ黒フードの女が小さな机の前に座っていた。
動かなければ声も出さない占い師、机に置かれた十五センチくらいの水晶玉が淡い光を揺らめかせるだけの時の止まった空間。その気持ちの悪い雰囲気に逃げ出したくなりはしたが、皆この空気の中で笑顔になってきたのだと少しだけ我慢することにしてみた。
黒フードの対面に用意された椅子、ここに座れと言わんばかりの雰囲気に背中を押されて渋々ながらも席に着く。するとソイツが少し顔を上げたように感じたのだが殆ど動きが無いので非常に分かりにくい。
「貴方が最後ね、占いなんて信じないぞって顔に書いてあるわよ?フフフッ、そんなに驚かないで。そんな顔してれば誰だって分かるわ。さぁ、私の手の上に貴方の手を置いて」
水晶玉の両側に差し出された小さくて白い手、取って喰われそうな気味の悪さを押し殺して両手を重ねてみれば、少女のように柔らかく、そして人間味のある暖かさ。
声の感じからしてもだいぶ若いようだが、口元以外の顔が全く見えないのでよくは分からない。
「そんなに警戒しなくていいわよ、食べたりしないから。フフフッ、いい子ね。そう、警戒を解いてリラックスなさい。リラックス……リラックス……うん、いいわね。ほら、見えて来た。
貴方、かなり強い運命の力を待っているわね。その力に引っ張られて多くの人が貴方の元に集まっているわ。男も、そして女も、ね。貴方の運命の輪はもう既に動き始めている、ゆっくり、ゆっくりと運命の輪が廻って行くわ。
私が一つ助言出来るとしたら、貴方の信念を貫きなさい。感情に流され信念が捻じ曲がると後で後悔することになるかもしれないわよ、分かったかしら?」
信念を貫け……か、言われなくてもそうするよ。
それにしてもこの女、やはり何処かで会ったことないか?一体どこで?
「最初に見たときから凄い気になってたんだけどさ、何処かで会った事ないか?」
黒いフードの下、表情の見えない女がクスリと笑った気がした。
「ここは教会よ?こんな所でナンパされても困るんだけど。
あんなに沢山の美人に囲まれて、まだ女を求めるのかしら?それとも、誰にも手出ししてないところを見ると、そういうコレクターか何かなのかしら?」
手出しってなんだよ、ってか、なんでそんなの分かるんだ?怖いよこの人。
「貴方の周りの女達は貴方の運命に引かれて来た者達よ。みんな貴方に好意を持っているわ、貴方に抱かれるのを望んでいる。女の望みを叶えてあげるのも男の甲斐性じゃないかしら?レイシュア」
思わず身体がビクリとした……なんでコイツは俺の名前を知ってるんだ?誰かに聞いたのか?いや、みんな俺のことは “レイ” と呼ぶ。コイツが知るはずない。一体なんなんだコイツは。
怖くなり慌てて手を引っ込め、立ち上がった。
突然の行動にも関わらず意に介した素振りもない、部屋に入ったときと変わらず机の前に座る女は照明の暗さも相まって不気味さが際立つ。
「行きなさい、貴方の運命が待ってるわ。感情に流されないようにお気を付けなさい」
踵を返し薄布を捲し上げると背中から声がかかる。
「次にまた王都に来たとき、必ずここに来なさい。いい? 約束よ、レイシュア」
俺は何も言わずそのまま部屋を出た。
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