42.嵐の到来

 本人の希望により基礎訓練を始め、冒険者の真似事をしていたとはいえ本格的な実戦教育を始めたのはレイ様と出会われてからのこと。

 “里” という特殊な環境下にあった私でも第一級の冒険者レベルになるまでには十年の時を要したと言うのに、お嬢は僅か三年ちょっとでそれを追い越してしまわれた。


 そして、世界を支える属性竜が一人、水竜フラウ様より賜りし特別な魔石を体内に取り込むようになってからというもの加速度を増し、今なお続く急成長は留まる事を知らないご様子。



 私が護衛メイドである以上、実際に起こる事は有り得ない話しなのですが、お嬢様と私とが相対する事を想像してみましょう。


 魔法特化であるにも関わらず、張り巡らされた魔力フィールドのお陰で近付く事すら許されず、よしんば強引に攻め入ろうものなら、鉄ですら捻じ曲げる威力の雨が襲いかかり死に物狂いで逃げ出すこととなる。

 また、遠距離から魔法を放ったとしても瞬時に構築される水の壁に阻まれお嬢様に届く事は叶わない。


 そうこうしていれば直径一メートル、体長二十メートルの三匹の水蛇が空中を自由に泳いで襲いかかり、連携の取れた波状攻撃に翻弄されている内に計算された舞台へと導かれれば、右手に握られた彼女の宝物である魔導銃の餌食となり終了……と、いうのが関の山でしょう。


 近接戦も魔法も人並み以上に出来ると自負する私でも一人では太刀打ちなど出来ず、同レベルの助っ人が二人ほどいて始めて勝機が見える、恐らくそんなところではないでしょうか。


 唯一の弱点となるのは “時間” です。


 体力と比べ一度消費すると回復の遅い魔力は、魔法を主とする戦い方をする者にとって避ける事の出来ない壁。

 魔力の消耗を強いられれば弱体化するのは必然なのですが、しかしながら、底の見えないレイ様ほどではないにしても常人とは比ぶべくもない魔力量を誇る私のご主人様。その弱点を突く事すら容易ではありません。




 現在、主人と共に戦場に在る私が何故このような無粋な妄想に耽っているのか、その答えは目の前で繰り広げられている光景にあります。


「ダンジョンでも思ったけどさぁ……あんた、いつからそんななわけ?」


 呆れた顔で気怠そうに吐き捨てるのは、敵陣の真ん中で私と同じく傍観者に成り下がったオレンジ髪の淑女、ティナ様。雪様を抱っこするという稀に見る光景は、彼女が戦闘に参加しないという意思表示に他ならないのでしょう。


「何なんだ、あの女は……」

「つべこべ言うな!ここを突破されたら後がないぞ!!!!」

「ありったけの魔導石を投入しろ!私が許可する!」

「ハッ!食らえっ!化け物!!!」


 百もの上級モンスターを一撃の元に葬るような強力な魔法を扱える彼女の力を持ってしても “お嬢様には敵わない” 言外にそう言っておられるようです。


「馬鹿な……我々が所持していた魔導石は百を超えるんだぞ!?それをたった一人の小娘が……あり得ない……アイツは本当に人間なのか?」


 現在地は王宮の二階。

一階はもぬけの空で誰もおらず、二階に上がってすぐの場所にあった、謁見の間として使われていたと思しき広い部屋に入った途端に魔族の総攻撃に遭遇したのです。


「いいからテメェも手を動かせジジィ!アイツに殺られる前に俺がお前を殺すぞっ!!」


 私達の姿を確認すれば、お決まりのパターンのように十人の魔族が魔力を籠めた赤い魔石を一斉に投げ付けてきました。


「駄目だっ、兄貴!もう石がねぇ!?」


 それが何を意味するのか最早考えるまでも無く、彼等が動くのと同時に取り出された魔導銃がその威力に見合わない平和的な音を立てて魔法で作られた弾丸を吐き出します。


「石が無けりゃテメェが行け!何が何でもアイツを止め……ぐぁぁっ!!」


 仄かな水蒸気を漏らしながら、一秒に一発のペースで淡々と撃ち続けられる魔導銃。

 魔法では砕けないはずの魔石を砕き、数が数なだけに間に合わずにモンスターと化した物には、お嬢の周囲に浮かぶ飴玉ほどの水弾が何十発と容赦なく叩き込まれ再び魔石に戻った物を砕いて行く。


「兄貴ぃぃぃぃぃっっ!!」


 魔石に戻り、モンスターと化し、魔石に戻ってはモンスターと化す。そんな順番待ちをしていればいつしか銃弾が核である魔石を射抜き、二度とモンスターとは成れなくなる。


「くっそぉ!死ねやぁぁぁっ!!!」


 その間およそ二分、魔族の会話からすれば『魔導石』と言う名の赤い魔石は、王宮前の広場に湧いた百のモンスターに匹敵する数だったようですが、難なく処理を終えられたようです。



「グフッ……お前、は……人間……か……?」


 最後の一人を大口を開けた水蛇が飲み込むのと、最後の魔導石を撃ち抜くのは同時でした。そして愛する旦那様に口付けをするように黒光する銃身へと愛らしい唇を付けると私達へと振り返りました。


「さっきの魔族もそうだけど、私の事なんだと思ってるの?広場でティナがした事と同じ事をしただけじゃない」


 普段から携える柔らかな微笑みに少しだけ不満の色を漂わせ『冗談でしょ?』という文字が顔に書かれたティナ様に歩み寄る。

 雪様を返し受ければ六歳児と変わらぬ柔らかなほっぺをすり寄せてただいまを告げておられます。


 恐らくお嬢様は本気でティナ様と同じ事をしただけだとお思いのことでしょう。


──ですがそれは明らかな間違い


 何故なら、ティナ様はご自身の全力を持って百ものモンスターを一撃で討伐なされた。これはもちろん常人では成し得ない凄い事ではありますが、かけた時間が違うとはいえ、お嬢は同じだけの魔物を討伐してなお余力があり、今の二倍三倍の数が押し寄せようとも平然と倒しきってしまわれることでしょう。


「はいはい。そうですか、そうですか」


 両手を広げて “もういいわ” と態度で示すティナ様に小首を傾げた直後、そんな些細な事は吹き飛ばしてしまうような強烈な方が感情の赴くままにお嬢に飛び付くものですから、羨むほどの大きな双丘に雪様の顔が埋れてしまい手をバタつかせて小さく抗議しています。


「モ〜ニカちゃ〜んっ!!すっごいわね!すっごい魔法ねっ!ティナちゃんの雷は一瞬だったからよく分からなかったけど、一人であれだけの魔族と魔物をけちょんけちょんにしちゃうなんて、もぉ〜っ、お嫁さんにしてってくらいカッコイイ!!!」


「あ、ありがとうございます。でもそんなに大したことじゃ……」


 恐らくこれもコミュニケーションの一環でしょうに、本気で嫁にしてくれと主張しているようにも見えるのはこの方の凄い所なのでしょう。


 加減など知らぬとばかりにギュッと抱き寄せたお嬢様の顔に、これでもかというほど大きく頬擦りする様子は側から見たら引いてしまうほど。その勢いに押されて雪様の抗議する手の動きが激しさを増し、なんだか助けを求めているようにも見えます。


「もぉ〜、みんな凄く強いって分かってたけど、それでも人数半分になっちゃったじゃない?ティナちゃんは魔力無くてあんまり戦えないって言うし、コレットはよく分かんないけどモニカちゃん一人で大丈夫なのかなぁって正直不安だったのに、要らない心配だったわね!

 さぁ、行きましょうっ!残る三階は私達王族の私室、そこにお父様が居るはずよ」


「ちょっとアリシアさんっ!?そんなに急がなくても……うわぁっぁぁっ!」


 やはり実の父親に会えるというのは気持ちが逸るものなのでしょうか。自分で抱きついておきながらお嬢様の肩を掴んで引き離したかと思いきや、今度はその手を取り広間の奥へと走り始めます。


 本当に羨ましく思えるほどご自身に素直で、何者にも縛られる事のない自由な方ですよね。



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