43.再会の白うさぎ
三階へと続く階段を駆け上がり短い廊下を行けば、金と銀を使い少しばかりの細工が施された、豪華さはあれど落ち着いた雰囲気のする大きめの扉が正面に立ちはだかる。
そんなものには目もくれず、勝手知ったるなんとやらなのか、せっかくの扉を破壊する勢いで開け放てば、広い部屋の中で一ヶ所に固まって居た六人の視線を奪い去るのには十分過ぎるほどだった。
「なんだお前等はっ!?」
「動くなっ!国王が……カハッ!」
入り口から見て垂直に並べられた一対の赤いソファーには向かい合う二人の老人の姿がある。その両脇に立っていた額から真っ直ぐな角を生やした護衛と思しき魔族の男が腰に差した剣へと手をかければ、解き放たれた魔導銃の弾丸が正確無比に眉間を撃ち抜いた。
「貴様ぁっっ!!」
「待てっ!早まるな!!」
シュボッ!
黒い外套に身を包んだ老人が、即座に立ち上がろうとする若い男の肩を掴んで必死に抑え込めば、腰を浮かせはしたもののその意を汲んで動きを止める。
だが、ソファー脇で立っていたもう一人の魔族はそうもいかず、手にかけた剣を抜こうとした時点で最初に犠牲となった男同様、眉間に穴が開くこととなり、鈍い音を立てて床へと崩れ去った。
「クッ!参謀ぅっ!」
「勢いも時には必要なモノ。されど今は感情を鎮め、冷静におなりなさい」
今にも飛び出そうとする青髪の若い魔族は言われるがままに唇を強く噛み締め憤りを押し殺すと、魔導銃を向けたままのお嬢様へと射殺さんとばかりの鋭い視線を向けながらも渋々と腰を降ろした。
「最早形勢は逆転した、私共に抵抗の意志はありません。どうかその素晴らしき魔導具を降ろしてはもらえますまいか?」
お嬢様と魔族の老人とが見つめ合い、物音すらしない時間が流れたのは僅か数秒の事。言葉を発しなければ感情も見せないままに言われた通りに魔導銃を降ろせば、安堵の色が老人の顔に拡がる。
「お嬢さんの広き心に感謝します。
それで確認なのですが、貴女方がここまで来ているという事は、王宮前に居た部隊はおろか二階の広間に配備した部隊までもを排除した、そういうことで間違いありませぬな?」
「なっ!?」
青髪の魔族はそこまで考えが至ってなかったようで、意識していなかったにせよ目を見開き立ち上がってしまう。そうなれば焦るのは魔族の老人。お嬢様に動きが無いのを確認すると、すぐさま青髪の手を引き寄せソファーへ引き戻した。
「魔族は卑劣な手段を平気で選択する。だから情けなど必要ない、お兄ちゃんはそう言ったわ」
死刑宣告とも取れる言葉に老人の顔から血の気が退いて行くのが目に見えて分かる。急激に湧き出た脂汗は頬を伝い、断罪を下すと言うお嬢様に祈るような面持ちで魅入っていた。
「……けど人間もそうであるように、魔族の全てが悪い人ではないのも知ってるつもり。今、貴方達が抵抗する意志を持たないのならば私は何もしないわ。だから、大人しくしてて?」
二人の魔族が安堵の表情を浮かべれば、時を待っていた主役が立ち上がり、にこやかな笑顔を携えたまま両手を腰に当てる。
「おぉっ!別嬪さんじゃっ!王家の証である白耳を持つ者でこんなに可愛い娘がおったとは、ワシも歳を取ったものだなっっ」
猫の手を模した肘掛が可愛らしいが、いかにも希少そうな生地で造られた赤いソファー。魔族の二人と向かい合うように座っていたのは、白い口髭と白い顎髭とが繋がる温厚そうな目付きのご老人。
頭に生える白いウサギの耳の間に乗っかる小さくとも豪華さを損なわない洗練されたデザインの王冠が物語るのは、この方こそアリシア様のお父上であり、獣人の国ラブリヴァの国王セルジルであるということに他ならない。
どういう状況だったのかは分かりませんが魔族に詰め寄られ命の危機に瀕していたにも関わらず、ネグリジェのような薄手の服を纏っただけの茶色いウサギ耳を生やした女性を侍らせていたのは、一国の主として肝が据わっているという事でしょうか。
「其方の手の者がこのワシを、延いてはこの国の危機を救ってくれたのだな?礼を言うぞっ。それで早速の褒美なのだが……国の危機を救ったのだから相応の物を与えねばなるまい。
ワシの嫁、つまり王妃の地位などどうだ?
ラブリヴァにあってワシの次に偉い位だっ。何不自由ない生活を送れるぞ?これ程の褒美は他にあるまい!?
それで早速だが、今夜から……いやっ、今からでも構わぬなっ!ワシの寝所に……」
すぐ隣で何か言いたげな顔をして呆れ返る茶ウサギの獣人などは目に入らぬとばかりに口元をだらしなく緩めると、頭の中では既にめくるめく夢の世界に行ってしまわれたご様子のセルジル様。
仁王立ちのまま何も言わずにプルプルと小刻みに震え出したアリシア様には気付く素振りもありません。
「………………」
そっとカバンへと伸ばされた手が握っているのは、最近ちょくちょく出番のある物体。一見すると白い棒状にも見えるソレを何故今アリシア様が持っているのかは知りませんが、入手経路は聞かなくとも自ずと知れましょう。
「ひっ!?」
他人と対面しながらも妄想の世界に入り浸る耄碌ジジイとは違い、その隣で成り行きを見守っていた娘さんは取り出された〈ハリセン〉が何かは分からずとも異様な空気は感じ取とれたようです。
茶色のウサギ耳をピンと立てると妄想が膨らみ鼻の下を伸ばすセルジル様を置き去りに、頬を痙攣らせながらもモゾモゾとソファーの端の方へと逃げて行きます。
「自分の娘にまで手を出そうなんて、この鬼畜ジジィィィィッッ!!!!」
スッパーーーンッ!
「ぐぉっ!突然何をっ!?」
「だいたいっ!あんた、病気やなかったんかーーーいっ!!」
スッパーーーンッ!
「ぬぉぉぉっ!まっ、まて!まてまてまてっ!!ワシは魔族ではないぞ!?この愛らしくも美しい長い耳を……」
「やっかましぃぃぃっっ!いっぺん死んでこーーーいっ!!!」
スッパーーーンッ!
二人の耳より真っ白なハリセンが三度振るわれれば、長い耳と背筋とをこれでもかというほど ピンッ と伸ばしたまま恐怖に震え上がり、硬直したままの茶色いウサギ耳を持つ女性の膝元へと力無く倒れ込む。
「ベイビィちゃん、ワシはもう駄目だ……せめて最期に「無理無理無理っ!?」ぶべっ」
この状況下で尚、震える手を太腿へと伸ばしたセルジル様……いえ、セルジルは、彼の顔を足場にソファーから飛び出し奥の部屋へと逃げて行く女性に反対側の肘掛まで蹴り飛ばされると、お尻を突き出すというあられもない格好で洗濯物のように干され、絨毯の敷かれた床へと顔面を落とした。
どういう頭の作りをしているのか理解出来ず、呆れるを通り越して肝心してしまいます。
ハリセン片手に肩で息をするアリシア様の事を細い目を目一杯見開いて驚きを露わに刮目するのは、今しがた降伏宣言をし、我が身の審判を待つ年老いた魔族と、まだ若き青髪の魔族。
ほんの一、二分の間に、この国で国王より序列の高い者が誰なのか、しかとその頭に叩き込んだ事でしょう。
程なくして落ち着きを見せたアリシア様。
町のゴロツキも真っ青になる鬼のような顔をしながらハリセンを肩に担ぎ、とても国民には見せられないほど大きく股を開いた格好で床を枕に動かなくなったお父上の前にしゃがみ込むと、ピクピクと可愛らしく痙攣する長い耳をおもむろに掴んで強制的に顔を上げさせます。
「実の娘の顔、思い出したかしら?」
その姿はまるで引き抜かれたカブの様。
しかし意識がハッキリしないのか、眠たそうな目で目の前にあるアリシア様の顔を見ますがどうもピント来ない様子です。
「娘?……はて、ワシに娘など……ぶべっ!」
サンドバッグでも殴るかの如くアリシア様の怒りの鉄拳が頬を叩きますが、これが彼女達親子の普通のコミュニケーションなのでしょうか……。
「貴方の娘を奪い去った私の事までお忘れになられましたか?」
拷問官のようなアリシア様の隣に紳士然とした態度で膝を突いたのは、カミーノ家を離れてからでも自分の立ち位置を突き通すかのように黒の燕尾服に身を包んだままでいるライナーツ氏。
一瞬の間を置いて思い出したのか、その顔を目にしたセルジルの表情は見る見る怒りに満ちて行くものの、爆発する寸前で気を逸らす為の役者が声をかけます。
「よもや私の顔までお忘れ……とは言いますまいな?」
国王の扱いには慣れた様子で彼の作戦は見事成功し、寸前の怒りなど忘れたかのようにセルジルの顔に笑顔が戻る。
「おおっ!ジェルフォ、久しいのぉ!人間の世界に行くと言い張るお前をどれだけ心配した事か……まぁ、無事で何よりだっ……ん?アリシアを探しに行くと言ったジェルフォが戻ったという事は……んんっ?」
額に浮き出た青筋をピクピクと動かしつつ自分の耳を掴んだまま目の前に居るアリシア様へと視線を戻すと、大きく三度瞬きをしてじっくりと見つめ、ゴシゴシと目を擦ってから再び見つめ直しました。
そんなことをしてようやく合点が行ったようで、信じられないモノを見るように親子三代で同じ蒼くて綺麗な瞳を見開くと、震える手で指差しながら唇をわななかせる。
「アリ、シア……アリシア、なのか?言われてみれば確かに似ているが……本物?其方は本当にアリシア……なの、か?」
「それ以外、何に見えるって言うの?もういい加減、良い歳になったんだから、耄碌したんじゃない?」
やっとの事で愛する我娘なのだと気が付けば、二十数年の時を超えての再会が感情の波を呼び起こさせたのでしょう。
ですが、破顔し、頬を涙に濡らすセルジルとは対照的にアリシア様の目は細められたままで、軽蔑するような冷たい視線を突き刺しておられます。
「アリシアっっ!!しんぱ……ぬぉっ!」
普通なら感動の再会を熱い抱擁で分かち合う、そんな場面なのでしょう。
しかし二人の温度差は私の見立てより遥かに大きく、両手を広げて飛び付こうとするセルジルの勢いそのままに、身を躱しながらも耳を掴んだままの手を振り加速させ、そのまま壁へと放り投げました。
「ぶべっ……」
その先にあった本棚に顔面から突き刺さり、宙に浮いたままで停止する事およそ五秒。思い出したかのように重力に従い床へと落ちれば、その振動で棚に置いてあった何冊もの本が彼の上に降り注ぎます。
「私の身体はライナーツだけの物よ、気安く触らないでっ」
埃を払うように手を叩いて立ち上がれば、額に手を当て『やっちまったか』と言いたげな顔を俯かせるライナーツさんの隣で、動かなくなったセルジルを汚物を見るような目で見下ろしています。
長い時間と紆余曲折を経て成し得た世界を三分する勢力の一つ、亜人族の頂点に立つ白ウサギの親子の再会は普通とは少し違う結末を迎えました。
魔族の襲来というイベントは難無く回避出来そうですが、まだこれから内乱というより複雑な問題を乗り越えねばなりません。
私達は政治という畑違いの場所で、無事に後継者問題を解決できるのでしょうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます