32.たわむれ
「どれどれ、お嬢さんが如何ほどのものか、この老いぼれに見せてくれるかの?これでも昔は名を知られた者なのじゃ、遠慮は要らんぞ?」
少しだけ伸ばした白い顎髭に赤いリボンを結んだお爺ちゃんが私を挑発して来る。このお爺ちゃんはレイのお師匠様で三国戦争時代には剣聖とまで呼ばれた凄腕の人らしい。
見るからに朗らかで優しい感じのお爺ちゃんのどこにそんな面影があると言うのだろうか?昔は昔で今では引退してしまい、只のお爺ちゃんになってしまったとさえ思わせるほど和やかな雰囲気。
「お爺ちゃん、ギックリ腰になっても知らないわよ?大丈夫?」
「おぉっ、儂の心配をしてくれるのか。レイには勿体無い優しい娘さんじゃのぉ。じゃが大丈夫じゃ。そこはホレ、毎日鍛えておるから心配には及ばんて」
毎日鍛えて……あぁっ!!そ、そうかルミアさんの相方がこのお爺ちゃんだったわね。このお爺ちゃんと毎朝毎晩……してるの!?幼い容姿のルミアさんならともかく、どれだけ元気なお爺ちゃんなのよっ!
「いっくよぉっ!」
レイに教えてもらった身体強化をすると剣を抜き放ちお爺ちゃんへと走った。
そんな私を見ながら表情も変えず、持っている剣をゆっくり引き抜くと初撃とはいえ渾身の一撃をいとも簡単に受け止めてみせる。
流石はレイの師匠、やっぱりただのお爺ちゃんじゃなかったわね。じゃあ、これはどう?
レイ達と行ったアングヒルで出会った私の剣。この数ヶ月、共に戦ってきた愛剣に火魔法を付与させれば纏わり付いた炎が剣身を二メートルにまで伸ばしてくれる。
だが再びお爺ちゃんに剣を振るうもやはり表情は穏やかに微笑んだまま。そして私の炎の剣は簡単に弾き返されてしまった。
──やっぱり強い!
ただのお爺ちゃんにしか見えないけど、きっと毎日鍛錬を欠かしてないのね。だから朝晩とか……それは今はいいか。うらやましっ!
私じゃ敵いそうもないのなら全力をぶつけて私の力を見てもらう、そうだそうしましょう。強くなれるこのチャンスを掴みレイの役に立てる女になるのよっ!
──モニカなんかに負けていられるか!
剣に付与している魔法を消し、身体強化を火と風の魔法でかけ直す。
今出来る最高の状態、二属性同時の身体強化だ。
今思えばレイは異常だ。身体強化の魔法をアルに教えてもらったその日その場所ですんなりとこんな高度な魔法が使えてしまう、そんなの普通ならあり得ない。
私も一月くらいの間に二属性まで出来るようになりクロエに驚かれたけれど、それでも普通からしたらおかしいくらいの成長速度のはずなのだ。
けど私はどうしてもレイの隣に立ち、肩を並べて冒険がしたい。レイに守られるのではなく、共に戦い苦難を乗り越えたいと思うのだ。
そりゃぁ、か弱いお姫様であれば守ってあげたいと思ってもらえるかもしれないけど、私の性分はそれとは違うし、ただレイの帰りを待つだけのつまらない人生など真っ平ごめんなのだ。
共に色んな場所に出かけ、共に美味しいものを食べ、共に色々な事を感じたい。私の望みはレイと常に共にいること。
でもその望みを叶える為にはレイの強さに見合うだけの私の強さが必要になってくる。尋常じゃない成長速度のあの人について行くのは並大抵の事ではないだろうけれど、それでも出来る限りの努力をしなくては彼の側にいる資格が無いと自分に言い聞かせて親に内緒で冒険者なんて事をやってきた。
お爺ちゃん、いえ、お師匠様。どうか私の願いを叶える為に協力してください。
「はぁぁぁぁっ!」
私の出せる最大限のスピードでお師匠様に踏み込み、全身の力を全て注ぎ込んで剣を振り下ろした。
ただそれをニコニコと微笑んで見ているだけのお師匠様に本気で剣が当たると思い、斬りかかった私の方が不味いと ドキドキ したけれど何てことはない。お師匠様に当たるか否かのところで剣は弾かれ、その勢いのまま私も後ろに飛ばされて地面にお尻から落ちた。
「いぃぃっったぁぁいっ!」
「お嬢様、大声ははしたないのです」
尾骶骨を思い切り打って涙が出そうなのを紛らわそうと叫んでいるのに、見てるだけのクロエがいけしゃあしゃあと文句を言ってくるのにムッとした。
「フォッフォッフォッ元気なお嬢さんだの。よいよい、元気が一番じゃ。リリィのように寝込んでしまってはせっかくの美人も台無しになってしまうでな。どれ、お嬢さんの誠意に応えて儂も少し頑張ってお相手せねばのぉ、ほれ、早よぉ立ちなさい」
それは多分、本当に少しだけだったんだと思う。そう告げたお師匠様は少しだけ闘う意志を解放すると、まるで衝撃波が襲ってきたかのように風が吹き抜けて私の心に恐怖という名の苗を植えて行きました。
お師匠様の顔は変わらず ニコニコ としているのにその身体から発する闘志は魔物の殺気など比べるのもおこがましいほど。私に教えを説いてくれていたクロエ、一度だけ見た彼女の本気ですらその前には霞んでしまうことでしょう。
けど……けど、よ。
優しいお師匠様がわざわざこうして来るということは何かしら意味がある筈。そう思い至り、震える心に鞭を打つと何とか立ち上がり剣を構えました。
──さ、さぁ、お師匠様。来るなら来やがれです!
「良い心構えじゃ。惚れてしまいそうだのぉ」
お爺ちゃんに惚れられても残念ながら嬉しくはないけれど、微笑みを返すと更に一段階お師匠様の闘志が高まる。
──負けてなるものか!
剣で斬り付けられた訳でも、魔法を飛ばして来た訳でもない。ただ “闘う” という気迫を受けているだけ。要は心の問題なのだと気が付き、絶対的強者にも気持ちだけなら負けないと震える気持ちに喝を入れた。
──レイの隣に立つんだっ、強くなるんだっ!
すると不思議と震えが止まりお師匠様を真っ直ぐに見つめられるようになった。剣先をピタリと一直線に向け、私も私なりに闘う意志を放つ!(つもり)
「お嬢さんは心は強いようじゃ、気持ちとは一番大切なことじゃぞ?その気持ち、忘れんようにな。それじゃあ、そろそろ行くとするかの」
えっ!?これで終わりじゃないの?本当に向かってくるの!?
再び震えだす気持ちに『私は負けない!』と何度も言い聞かせ、襲いかかると断言した強敵にせめて心では勝てるようにと気合を入れ直した。
それはほんの一瞬だった。
お師匠様の姿が消えたと思った瞬間、吹いて来る風を感じたのだ。
背後には人の気配。振り返るとさっきまで正面にいたお師匠様がそこに居る。
──え?なんで?いつの間に!?
そう思った時には フワリフワリ と宙を舞う何か……よくよく見るとそれは無数の布切れ。花びらが散るようにヒラリヒラヒラとゆっくりとした速度で地面に向かっている。
「うむ、お洒落な下着だの。それに良く締まった身体じゃ、良い目の保養になるわ。フォッフォッフォッ」
──下着?身体?
何を言い出したのか分からず、微妙に体温の低下を感じる自分の身体を見下ろせば何故か下着姿の私。
──はぃぃぃぃぃっ!? 何で!!
まさか!と宙を舞う布切れに焦点を合わせれば、見覚えのある水色と黒の布だったもの。
こ、これは……細切れになった元、私の服!
──ちょっと!エロじじぃ!!
恥ずかしいという思いよりもお気に入りの服を細切れにされた事に怒りが湧き上がり、さっきまで震えていた心など何処かに……そう、きっと細切れの服と一緒飛んで行ってしまった!
「お爺ちゃん、よくもやってくれたわね……覚悟は出来てるんでしょうね?」
私の怒りにも穏やかにただ笑っているだけのお師匠様。悪びれた様子など微塵もないことに余計に腹が立って来たっ!許さん!!
「そこに直れ!エロじじぃっ!!」
怒りと共に剣を放り投げつけるが呆気なく躱されてしまう……けど、別に良い。この怒りは直接叩き込まないと気が済みそうにない。
拳を振り上げエロじじぃに殴りかかった。けど、私程度では掠る事すら出来ずに終わるがそんな事はお構い無しだ。
「大人しく折檻されなさいっ!!」
何度も何度も殴りかかるがその度に余裕で躱され、逆に指で身体の至る所を突つかれる始末。
悔しくてしばらく奮闘してみたけど結果は変わらず。怒りで力が制御出来ずに全力で動き続けた結果すぐにバテてしまい、避けられた拍子に躓き地面へと突っ伏した。
「まだまだじゃのぉ、フォッフォッフォッ」
笑いながら去っていくエロじじぃに怒る気持ちも薄れ、手も足も出ない事に悔しさだけが残り、地面に伏せたまま大きくため息を漏らした。
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