31.雪の試練 後編

 母様を見ている視界がボヤけ涙が頬を伝うのが分かりました。母様、私は消えたくありませんっ!もう少しだけでも優しい皆様と一緒に居させてくださいっ!


「そんな顔して泣かないの。大丈夫よ」


 泣いているのに気が付いた母様が指で涙を拭い、頭を撫でてくれます。


 母様、大丈夫って……本当ですか?

 私は捨てられたりしませんか?


 涙が止まらず思う事が口に出て来ません。

そんな私をギュッと抱きしめてくれる手がありました、カカさまの手です。

 カカさまはいつも私のことを優しく包み込んでくれます。ご飯を食べててもお風呂に入ってても、ずっと、いつもです。本当はもっとトトさまと二人の時間を過ごしたいと思っている筈なのに私を邪険にする事もなく、私も含めて三人の時間を過ごす事を選んでくれます。


「カカさま……」

「雪ちゃん、不安なのね。でもシャロさんは大丈夫って言ったわ。雪ちゃんは自分のお母さんの言う事が信じられない?違うわよね、ちょっと心配になっちゃっただけよね?安心して。シャロさんは大丈夫って言ったんだもん、きっと治るよ」


 カカさまがくれる言葉は魔法のように私の中に染み渡り “安心” という不思議な力で包み込んでくれます。

 カカさま、大好きです。そんなカカさまの側に居続けたい。


「結論から言うと雪はこのままです」


 それは治らないって事?母様、私は捨てられるのですか!?


 ショックに打ちひしがれる私でしたが、母様の言葉にはまだ続きがありました。


「姿形はこのまま成長することは出来ないでしょう。でも本来の機能は直す事ができる。それでいいですよね、先生?」

「問題無いわ、早くなさい」

「全く人使いが荒いんだから……」

「貴女のミスでしょう?何か文句あるのかしら?」

「いいえ、ありませんっ!」

「よろしい」


 言葉にならない声でブツブツと文句を言いつつもシュレーゼに再び魔力を込め出す母様。するとお尻から頭までを何かが駆け抜けたようなものすごい衝撃が来ました!


「はぅぅっ!」


 思わず漏れた声にみんなが心配そうな目で見て来たけれど私はそれどころではありません。何度も身体を突き抜けていくビリビリとした感覚、あれ?気持ち……良い?何これ?何なのですか?


「あぁ、言い忘れてたわ。ちょ〜っと気持ち良いかもしれないけど、構わないわよね?なんならイッちゃってもいいからね」


「「えぇ!?」」


 思わず抱きついた私を優しく撫でてくれていたカカさまの驚く声が聞こえてくる。カカさま、助けて下さい!私はどうしたらいいの!?

 尚もビリビリと襲いかかるくすぐったいような得も言われぬ感覚に身悶えしながらも身を固くし、どうにかこうにか我慢してはいるけど……。


「く……はぁぁぁっ!」


 漏れ出た声が恥ずかしくなるけどそんな事を制御できる余裕は少しも無い……母様、まだですか?まだ終わりませんか?そろそろ我慢の限界なのです、おかしくなりそう!


「もう終わるから待ってねぇ。それにしても気持ちよさそうね、いいわねあんた達」

「つべこべ言ってないで早く終わらせてあげなさいよ、本当にイッちゃうわよ?この歳でそんな事を覚えさせるつもりなの?」

「はいはい、分かりましたよ。じゃあちょっと強めに行くわよ?」



 ええ!?これ以上は無理ですよっ!



 そう思った瞬間に更なる ビリビリ とした波が全身を駆け抜ける──と同時に真っ白になる頭。感情、思考、全ての感覚までもが吹き飛び、朦朧として何も考えられずにいれば心配そうにするカカさまの声が聞こえてくる。


「雪ちゃん!?雪ちゃんっ!!……大丈夫?」

「ふぁ……終わりました、か?これ以上は耐えられそうにありません……」


 力が入らずカカさまに甘えるようにもたれかかっていると、さっきまでのビリビリが感じられずやっと終わったのかなと胸を撫で下ろす。


「気持ち良かった?残念ながら終わっちゃったわよ?」


 意地の悪そうな顔で私を覗き込む母様はどこか楽しそう。ルミア姐様にされた事の八つ当たりを私にしたのですか?

 ジワリとまた涙が出て来てしまった。


「そんな顔しないの。もう大丈夫よ。これで正常に力を溜める事が出来るわ、いっぱい使ってもらって強くなりなさい。いいわね?」


「シャロさん、うちの子も見てくださいませんか?」


 エレナ姉様が差し出した手のひら、そこにあるのは薄緑の玩具みたいな槍。フォランツェの金具をチョイと指で摘むと魔力を込め始める母様。なんだか扱いが雑に見えるのは私の気のせいでしょうか?


「うーん、まだ眠っているようね。まぁそのうち起きるでしょ?ちゃんと使ってあげてるみたいだし、そのまま続けてあげてれば良いわよ」


「そっちの子に不備はないんでしょうね?またやらかしたら、お仕置きよ?」


 反射的に背筋が伸びた母様だが「だ、大丈夫よ」と言うので、目を細めながらもルミア姐様はそれ以上、何も言うことはなかった。





「雪、正直に言いなさい。シャロにされた事、どう思ったのかしら?」


 家に帰るなりルミア姐様が私に顔を寄せて小声で聞いてきます。人の事など知った事ではない、そういう感じだと思っていたので内緒話など意外でした。


「ビリビリして最初は少し気持ち良かったですけど、途中から止めて欲しくなりました。もう二度と嫌です」

「あら、そうなのね。大人の感覚だものね、まぁいいわ。もうさせないから安心なさい」


 意味深な微笑みを浮かべるとそのままスーッと空を飛んで何処かに行ってしまいます……大人の感覚って何でしょうか?謎です。


「雪ちゃん、お兄ちゃんが目覚めてないか見に行かない?」

「はいっ、今とてもトトさまと会いたい気分です、ぜひ行きたいです」


 カカさまと手を繋ぎ、入り口から覗くだけなら良いと言われている地下のお部屋へと歩いて行きます。


 トトさま、早く起きてください。大好きなトトさま、私は母様に直してもらえましたよ。


 私は今、とてもギュッとして欲しいのです。

 だからお願いです、早く起きてくださいな。



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