30.雪の試練 前編

「雪ぃぃ?あら?この辺で気配がしたのに何処かしら」


 トトさまの魔法の先生であるルミア姐様が フワフワ と空中を漂いながら私を探していた。そんなことが出来るのは本当に魔法に長けた人か、エレナ姉様のように特殊な魔導具を持っている人だけだと思う。

 ルミア姐様も小さな身体だが、私はそれ以上に小さいのであんな風に自由に空を飛べたら大好きなトトさまに気ままにくっつく事が出来るのにと羨ましく思えた。


 トトさまはいつも私に優しく、私が両手を上げておねだりすれば笑顔を浮かべて抱っこしてくれる。それはそれで何の不満もないのだけれど、たまには自分の力でくっ付きたいと思うし、背後からピューって飛んで行っておんぶしてもらうなんて事もしてみたいと妄想が膨らんでいく。


「ルミア姐様、私をお探しですか?」


 ルミア姐様はあまり笑わない。みんなは私を見ただけで笑顔になってくれるけれどルミア姐様はそうではない。だからといって嫌われているというわけではなく、今も私を見つけると表情には出さないものの優しいオーラのようなモノを感じる事が出来ていた。


「シャロをお仕置きしに行くわよ、貴女も来なさい。あと……えっと、モニカ、あの子何処かしらねぇ」


 カカさまを発見すると、一緒に居たエレナ姉さまも母様の処に行く話となりました。エレナ姉さまも母様がお創りになられた槍を持っているらしく、それを見てもらうのだそうです。


 この槍というのはいわゆる私と同じ存在。母様力作の『フォランツェ』と名付けられた槍に、風の精霊石が合わさり絶賛成長中なのです。

 驚く事にこのフォランツェ、使わない時は手のひらサイズまで小さくなり、石突きに付けられた金具を服やズボンに引っ掛けておけばアクセサリーとして身に付けておける優れものなのだそうです!


 妹分のくせに私より高機能……当たり前ですよねぇ。


 まぁ私の場合は母様が外観にも力を入れて装飾用にも見えるほどの出来栄えでカカさまも気に入ってみえるので何も文句はないのですけれどもね。

 少しだけいいなぁなんて思ったりもした、ただの無い物ねだりです。



 先程も説明したとおりルミア姐様の魔法はとても凄く、普通の人間が使えない魔法である “転移” まで出来てしまいます。

 私はカカさまに抱っこされていましたが、カカさまとエレナ姉さまがルミア姐様と手を繋げば一瞬 フワリ とした感覚がしたかと思うと目の前の景色がガラリと変わりました。一呼吸の間に懐かしの実家に帰って来られたのです。


「ひっ!?」


 突然現れた私達にビックリしている様子の母様。しかしルミア姐様から発せられている怒りのオーラを感じて身を震わせたかと思えば椅子から転げ落ち、床を這うようにしながらもなんとか奥の部屋へと逃げて行こうとしています。

 どう見ても逃げられる事はないと思うのですが、それでも『逃げないと!』と思わされるほどのルミア姐様の苛烈な怒り。


「シャロ、どういうことか説明なさい」


「あ、嫌っ!たす……助けて!」


 回り込まれて飛び退いた母様は、今度はお尻を擦り付けるようにして戻って来ようとし始めました。しかしすぐに逃げられないと悟り動きを止めると、誰に言うでもなくルミア姐様を見つめたままうわ言のように助けを口にしています。

 小さな体で涙を浮かべ、助けを求める様子は幼いまま実体化した私でも庇護欲を誘うものはありますが、残念ながらルミア姐様の発する怒りのオーラは昨日会ったばかりの私達ですら “触れてはならないもの” と認識させるだけの力があります。残念です、母様。


「雪はなんで不完全な身体で実体化してるのかしら?彼女自身も言っていたけど今以上の成長の見込みが無い、これはいったいどういうことなの?三秒以内に私の納得できる的確な説明をなさい」


「あわ……あわわ……あの、ですね……」

「はい、時間。言い訳を聞く前にお仕置きよ」


 いつ、どこから取り出したのか分かりませんがルミア姐様は手にする短い黒革の鞭を反対の手のひらに ペチペチ と音を立てて打ち付けると口の端が耳に届くかというほどに吊り上がります。

 これは見てはいけないのだと感じた私はサッとカカさまに抱きつきました。


「あぁ……せ、先生……それだけは……それだけは勘弁してくださいっ!お願いっ、お願いしますっ。それだけは勘弁してーーっ!なんでもするからっ、なんでもするから許して!お願……」

「だめよ」


 ルミア姐様が短く言い放ったのを最後に母様の笑い声が部屋を埋め尽くしました。泣き叫ぶ……のではなく、笑いながら許しを乞う声は聞くに耐えられずに耳を塞いだのですが、そんな事は無駄だと言わんばかりに母様の声は私の耳に届いてしまいます。

 そんな私の頭を撫でてくれるカカさまの手が私の心を癒してくれる唯一の存在だとこの時は思いました。そしてルミア姐様の怒りを買うのだけは何があってもしてはいけない事なのだと私の本能に刻み込まれました。




 カカさまに抱き付き頭を撫でられていると、いつのまにか静かになっていました。地獄のような拷問はようやく終わったのかと顔を上げると、カカさまと目が合い苦笑いをされます。

 母様が居た方に視線を移すと、力無く床に倒れ込みぐったりとしているのが見えます。どうやら無事生き残る事が出来たのだと誰にもバレないように一息吐きました。


 ボロ雑巾のように打ち捨てられた母様の代わりにエレナ姉さまがお茶を入れて下さいました。ありがたく頂くと私の心と体に染み渡って行きます。

 私が拷問を受けたわけではないのにこれほどの消耗をさせられるとは、ルミア姐様には逆らってはいけないのだと再度心に刻みます。


「さぁ、言い訳を聞いてあげるわ。私の機嫌が傾かないうちに早いことするのね」


 気怠そうにしながらも全身に力を入れるとプルプル震えながらも起き上がり、やっとの事で椅子に座りました。見ているこっちが『頑張れ!』と力が入ってしまう程です。


「お、お茶……」

「はい、どぉぞ。大変でしたねぇ」


 エレナ姉さまからお茶を受け取ると一気に飲み干して大きなため息、恨めしそうな顔でルミア姐様を睨み付けています。

 母様、その方に逆らっては……。


「このアバズレばばぁが……」

「あら、まだ元気じゃない?もう一回、行っとく?」


 一瞬で ピシッ と座り直した母様の額には汗が吹き出ていました。そんな事になるのなら最初から言わなければ良いのにと、我が母の愚かな言動に呆れてしまいます。


「説明」


 三度目の催促で少しイラついているようで、顔に出てない筈なのにルミア姐様の視線が強くなるのが側から見ているだけでも分かります。


「それはこの子の事ですか?」

「貴女、そんな事も聞かないと分からないの?頭大丈夫?賞味期限切れてるんじゃないの?」


 キッと睨む母様ですが流石に学習したのか何も言い返す事はしませんでした。


 私の顔を見て溜息を一つ吐くと私の座る椅子の背後までやって来て頭に手を置かれました。暖かなモノが母様の手からゆっくりと入り込み、静かに全身へ染み渡って行きます。まるで母様に優しく抱っこされているような、魔力で全身を包み込まれている心地の良い感覚。魔法で私の事を診ているのでしょうか?


「母様、私……」

「シッ、黙って。楽にしてて」


 ですがその様子を見ていたルミア姐様の細い眉がピクリと動いたのが目に入りました。言い知れぬ不安が襲いかかり思わず言葉が漏れましたが母様に制されてしまいました。



 私は、言わば壊れた存在です。トトさまの魔力で命を受け、カカさまの魔力で成長途中だった所を無理矢理具現化させられた、いわゆる未熟児。

 そんな私でも母様の元にくればきっと直してもらえる、そう信じて来ました。でも母様から感じるのは戸惑いと悩み……もしかして私は直らないのでしょうか?


 頭から手を離すと今度は私の本体であるシュレーゼを手に取り魔力を通す母様、言い知れぬ緊張からその様子を見つめてしまいます。


 母様、私は直らないのですか?

 私は……要らない子ですか?


 不完全で、きっと本来の役目・・・・・を果たす事が出来ないだろう私など必要とされないのは分かります。


 でも……それでもカカさまと共に居たい。

 トトさまにもっと抱っこして欲しい。



──みんなと離れたくない!



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