29.ワールドオブリリィ⑧繋がる心
「リリィを抱きたい」
身を震わせたのはどうやら嫌だからではなかったらしい。拒絶されなかった事に一抹の不安は掻き消えて行く。
俺の肩に埋められた顔に熱が帯びたのを感じて少しばかり嬉しくなった。
「私から言った時は拒否したくせに……勝手ね。今までどれだけの女の子をそうやって口説いて来たの?でも、そうね。最後の思い出にそういうのも良いかもね」
「そう言えば、俺って初めての相手に自分から言い出したのってリリィが初めてかも知れない」
「何よそれ、自慢?」
「そうじゃないけど……リリィ、俺は俺が一生をかけて愛すると決めた相手としかそういう事はしない。だからお前も、この先ずっと俺と一緒に居て欲しい。死ぬなんて寂しいこと、言うなよ。
ただ一つ、世間一般に考えて最低な告白をしなければならないが、聞いてくれるか?」
「仕方ないから聞いてあげるわ」
「俺はユリアーネが亡くなった後、俺を助けてくれたモニカという女性と結婚した。ついこの間、ティナとも婚約をした。そしてエレナとも俺の嫁さんになってくれる約束をしたばかりだ。そしてさっきいた王女のサラとも婚約をしている。
これだけ聞いても最低な男だと思うだろ?けどな、きっかけはユリアーネの遺言なんだ。
俺は俺を愛してくれる全ての人を等しく愛すると決めた。勿論全員本気で愛するし、愛してる。どうやら俺はそんな心が持てる変わった人間らしい。笑えるだろ?
理由はあれどお前の心に勝手に入り込んだ事は謝る。でもなリリィ。お前の気持ちを知ったうえで俺の心に問いかけたら、俺はお前のことも好きなんだと今更だけど分かったんだ。だからお前にも俺の嫁になってずっと傍に居て欲しいと今は思ってる。
こんな俺じゃ、嫌か?」
突然こんなことを言われたら誰だって「はぁ!?」と怒り出す事だろう。それが人の世の常識であり、当たり前だとは理解しているのでキレられる覚悟もしていた。
だがそれが俺の本心、嘘偽りのない己をぶつけないことには本気の関係など始まらないのだ。
「……そんなの、分かんないわよ。けど、私がアンタを好きな事には変わりはない……レイは私を必要としてくれるの?迷惑じゃない、傍に居ても良いと言ってくれるの?」
長い沈黙は真剣に考えてくれている何よりの証。出てきた答えも前向きなことに浮かれてしまいそうになるが、それにはもう少しだけ早いと冷静を装う。
「リリィが必要だ。だから、リリィを俺のモノにしたい。駄目か?」
俺の肩が涙で湿り気を帯びる。
リリィは本心から誰かに……いや、俺に必要として欲しいと思ってくれている。それは彼女の心を知ってしまった今なら断言できることだ。そして俺自身も存在意義を見失ったリリィが生きるべき居場所として選んで欲しいと思っている。
「レイ……」
顔を離したリリィは返事の代わりに唇を重ねて来た。
短い繋がりが終われば彼女の視線が俺を誘う。その先に目をやれば、今まで何もなかった筈の暗闇にピンクのシーツの張られた見るからに乙女チックな可愛らしいベッドが存在しており目を疑う。
「ここは私の精神世界なんでしょ?だったらなんでも有りよね」
そりゃそうだろうと反論したくもなったが今それをするのは野暮というものだろう。
ベッドに優しく押し倒すともう一度キスをした。頬を赤く染め、照れ臭そうにしながらも決して視線を逸らそうとしない薔薇色の瞳を見つめ返す。
「リリィ、俺のモノになってくれるか?もう死ぬなんて言わない?」
「アンタずるいわよ?こんな状況で私の答えなんて『イエス』しか無いじゃない……」
共に生きると約束してくれた事に満足しながらも、もう一押ししておこうと考えれば自然と悪い笑顔になってしまう。
「他の嫁さん達とも仲良くしてくれるって約束する?」
「ずるいっ、アンタずるいわ、ペテン師よ……」
「約束してくれる?」
「……この人でなし」
両手が首に回され、引き寄せられた口がリリィに塞がれる。
約束の受理に満足し余計なことは頭から叩き出すと、今だけは全てを忘れて目の前にいるリリィだけで頭を埋め尽くした。
▲▼▲▼
「ねぇ、このままここに居ない?」
俺の腕を枕に、小さく丸まりながら寄り添うリリィがそんな事を言い始める。もちろんそういう選択支もあるのかもしれないけど、それじゃあ俺は満足出来やしない。
何故かって?それは……
「それはそれで楽しいかもしれないな。ずっとここでこうしてリリィを抱くのも悪くない。けどな、ここに居ると終わりが早く来るんだぞ?リリィの体は一月持たないとルミアは言っていた、たったそれだけの間だけでいいのか?俺は嫌だぞ?もっとずっと何年も、お前と共に嬉しいこと、楽しいことを分かち合いたい。それにたった一月抱かれただけでお前は満足するのか?」
「スケベ……」
「悪いか?」
「…………悪くない」
人生などと言えば長いような気はするが、限られた時間だというのは意識していないものの常識ではあるはず。その期間が一月ともなれば認識しやすく、終わりの見えている現在は受け入れ難いという事だ。
「それでさぁ、今気が付いたんだけど……アレ、ここに置いていく?」
俺の物言いに微笑みながらも小さく溜息を吐き出したリリィが指差すのは頭の上……少し後方。
何のことだか分からず、不思議に思いつつも顔を仰け反らせてその先を追ってみれば、ベッドフレームに隠れるようにして悶々とした顔で俺達を覗き見ている猫耳天使がいたことに唖然としてしまった。
どこに行ったかと心配はしたがリリィの事で頭がいっぱいですっかり忘れていた。あんなところにいるということは……全部見てたって事だな!?
「おい、サラ……」
茶が沸かせそうなほどに真っ赤に染まる顔。何処かにイッてしまっている猫耳天使は俺の声に反応しない──アイツ、大丈夫か?
「サラ?」
ようやく気が付いたようにハッ!とすると、首をすくめてどうにか隠れようとしているようだが、逆に小さな可愛い足がぷらーんと見えるようになった上に フサフサ の猫耳が ピコピコ と動いているのが見えている。
どういう格好で掴まってるんだと不思議に思うが、白い羽がチラチラと見え隠れしているので空を飛べるようになったのかと別の疑問が湧いてくる。
「今更隠れても無駄だろ?観念して出て来いよ。サラっ、お手!」
恐る恐る真っ赤な顔を覗かせるとジーっとこっちを見てくるので手のひらを差し出し指で トントン として “ここに乗れ” と合図すれば、フワリと浮き上がりそのままゆっくりと空を飛んで来ではないか……なぜに今頃飛べるように進化してるの?
「アンタ、私達のコト覗いてたでしょ?」
真っ赤な顔に両手を当てて口と鼻を隠しているサラに呆れ顔のリリィが尋問を始める。
言い逃れが出来ない状況にも関わらず フルフル と首を振り、目を見開きながらも見てないとアピールをしている姿に溜息が漏れた。
「怒らないから本当の事をおっしゃい、全部見たわよね?」
小さな青紫の瞳に涙が浮かび始める。何を考える必要があるのかは分からないが、暫く考え込んだ後にゆっくりと肯首した。
「レイ、私はもう駄目よ。初めてを人に見られるとか恥ずかしくて生きていけないわ。短い間だったけど……」
「今ここで二回目をしてやろうか?」
「ご、ごめん……冗談じゃないのっ!怒らないでよぉ」
そんな俺達のやりとりも赤い顔のまま ジッ と見つめるサラは本当に何を思っているのやら……。
自分もしたこと無いだろうに、人の事情の一部始終を見てしまったことにショックを受けたのだろうか?でもそれなら見なければ良かった筈だ。つまり、興味津々で見てたということだよな?
その答えは「うっ」と小さく聞こえたサラの反応でよく分かった。ここ、リリィの精神世界では俺の心の声が聞こえるはずのサラ、つまり『イエス』という事だな。
「まぁ、アレだ。サラとするときはリリィが見ていればおあいこじゃないのか?」
これ見よがしに大きく身を震わすと猛烈な勢いで首を横に降る猫耳天使。ペタンと力無く寝てしまった猫耳が首を振る度に痛そうなくらい頭に当たっている。
「あぁ、それ、良いわね。楽しみにしておくわ」
リリィの言葉に目を見開くと、再び プルプル と全力で首を振りだす。
自分がされるのがそんなに嫌なら見なければよかったのに……優しいサラであっても興味を惹かれることには抗えなかったってことか?
猫耳天使は名残惜しいがいい加減に外に帰りたいし、現実でリリィと顔を合わせたい。
「イジメるのもその辺にして元の世界に帰ろうぜ?」
「仕方がないわねぇ、アンタ、貸し一つだから覚えときなさいよ?」
今度は首が捥げるくらい激しく頷くサラ、真っ赤な顔は元に戻ることなくずっと赤いままだ。それを隠していた手も退けられる事なくそのままだった……本当に大丈夫か?
「んでも、どうやって戻るんだ?サラ、分かる?」
俺の耳元に飛んできてコショコショと告げるが何故に内緒話なんだ?リリィと喋りたくないのか?
「リリィが現実に戻りたいと強く願えば戻れるらしいぞ?」
「ふぅ〜ん、じゃあ私が願わなければずっと二人でここに居られるのね」
「残念ながら三人だけどな?」
「ムムムッ!」
「ひぃっ!」
「まぁいいわ……ねぇ、レイ」
いつものリリィからは想像できないような艶やかな怪しい魅力を備えた声色は、俺の背中を ゾクゾク させた。
突然乗りかかってきたかと思えば指を絡めて両手をベッドに押し付け、にこやかに細められた目で見下ろしてくる。
「私の事、好き?」
「あぁ勿論だよ」
「じゃあ、ずっと愛してるって言って」
「リリィの事を愛してるよ」
「じゃあ、このままここに居よう?」
「それは駄目。みんな心配してるから帰るのっ」
「けちっ」
目を閉じるとゆっくり顔を近付けてくる。俺も目を閉じれば唇が触れ合った。リリィの匂いが降り注ぐように香り、全身を包み込まれているかのように心地が良い。
次の瞬間、転移した時のような奇妙な浮遊感を感じた気がした。
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