23.働く奴隷
待合室と言われた気がしたが、普通に個室としてここで食事を出されても違和感の無いほどの広さの部屋で、シンプルなデザインながらも柔らかな味のある椅子と机に、壁際の棚には主張の穏やかな品のある調度品が数多く飾られたお洒落な部屋だった。
俺達が通された時には既に案内してくれたユカとは別のウェイトレスがワゴンを手に待機しており、皆が席に座ると華やかな良い香りのするお茶を配ってくれた。
「気が付いたか?」
お茶に口を着けるとイオネが訳の分からぬ問いかけをしてくる。俺達はそんなに長い付き合いでも深い仲でもないので、主語が無いと何が言いたいのか理解する事は出来ない。
俺が理解出来ないでいるとそれを察したようで、そこでようやく説明が入った。
「最初に出迎えてくれたヒデ爺も含めてこの店で働いている者は皆、奴隷なのだよ。こういう店で働く者は客から目立たないようにしてあってな、ユカの首に着けられたリボンの裏側にある首輪こそが奴隷である証なのだ」
イオネの説明を補足するようににこやかな笑顔で見えやすいように少し顔を横に向けると、首元に巻かれた五センチ幅の黒い帯を指差したユカ。正面から見ると赤いリボンに隠れて全く違和感が感じられないので気が付かなかった。
「可愛いでしょ?背中のリボンとお揃いのなのよ」
クルリと背を見せたユカが着ているこの店のウェイトレスとしての制服には、首のリボンとお揃いの赤い色をした大きめのリボンが腰の辺りに飾り付けられており、さっき案内してくれた時もフワフワと揺れて目を惹いていた。
確かに可愛い……と言うか可愛過ぎる。欲しいと言ったら一着くれないかな?白シャツにオレンジのショートスカートに腰の赤いリボン。色的にリリィが着たら似合うと思うんだ!とか想像していたらリリィと目が合ってしまい、それだけで思考を詠まれたらしく若干顔を赤らめてソッポを向かれた。
「奴隷と一重に言っても大きく分ければ三つに分類される。一つは彼女達のような《金銭奴隷》自分の身体を売り捌き金に換えた者達だ。それぞれで境遇は異なるが親が生活苦の為に子供を売り払う、自分で背負った借金の為に自分自身を売りに出す、大半はそんなところだな。
困った事に金銭奴隷は奴隷の中で一番多い。奴隷として働き借金さえ返し終われば再び自由の身になれるのだが、この店の者達のように好き好んで奴隷のまま働き続ける酔狂な輩もいるので一向に数の減らない不思議な身分なのだ。まぁ、真面目に働きさえすれば賃金は安くとも衣食住の保証された環境で安全に生活出来るというメリットはあるので気持ちは分からなくはないが、な。
注意しなければならないのは、この中に盗賊に攫われて来た者や、住んでいた村が襲われて身寄りの無くなった子供達も含まれるという事だ。借金奴隷が減らない理由の一つはそう言った災難に遭った人々も減っていないという現実もあるのだよ。
二つ目は《犯罪者奴隷》これはそのままだな。法を犯し、捕まった者達が落ちる身分で、罪の程度によって使われる場が分けられるが、殆どの場合が鉱山などのキツイ労働環境が待っていると言って良いだろう。
この身分に落ちた者達には例外なく烙印が押され、たとえ刑期が終わって奴隷から解放されたとしても犯罪者であったことが他人に分かるようになっている。それと分かっていても犯罪者が減らないのは我々の力不足と言っても過言では無いので反省が必要だな。
最後は《獣人奴隷》一般的に《獣人》と呼ばれるが彼等は獣人として産まれ人間達の世界に存在するだけで等しく奴隷という身分なのだ。エマやエレナのように幸運にも身分を与えられでもしない限りこれが変わる事はない。
使役場所は様々で、重労働から接客、護衛、夜の相手や、ペットとして非人道的に扱われる事もあるそうだ。
個体差はあるが獣人は種族や性別によってギルドを真似てランク分けがされている為、それによって売買の基本値段が変わってくる。
ランクがBやAといった所謂 “上物” と呼ばれる獣人は特に高く売れる上に大森林から出て来ることが稀な為に密売される率が高くなるのだが、希少価値の高い獣人を何人も所持していると名高いパーニョンの統治者であるエルコジモ男爵に密売の容疑がかけられていてもおかしくは無いだろう?
奴が密売人を呼び込む事で、それをカモフラージュする為に奴隷商人が多くなる。それに伴い町で目にする奴隷の数が増えて行くと、最初は敬遠していた人々も奴隷と言う存在に慣れていき、やがて自分自身で奴隷を雇用する者が増えて行った。
それが積もり積もって町の店先で働く奴隷達が当たり前になった頃には膨れ上がった人口の半数が奴隷という異常な町と成り果て、仕舞いには奴隷の町などと不名誉な名前までつけられてしまったのだ──と、まぁ、奴隷とこの町についてはそんなところだな」
「なーんだっ、てっきり私の想いを受け入れる気になって迎えに来てくれたのかと思ったのにぃ……違ったのですね。ざーんねんっ。
そーれーでっ?今度は本気であの豚を懲らしめる気になられたのですか?」
奴隷についての話が終わるや否や、椅子に座るイオネの背後に忍び寄っていたユカが首に手を回して抱き付き、親密な仲をアピールするように顔を並べた。側から見ると仲の良い姉妹のようにも見えなくはないが、ユカの言動からすると恐らく違うのだろう。
「さて、それはどうかな?今回、私がこの町に来たのはそこの男の付き添いだ。だが、その者自身も何の為にこの町に来たのかは知らんと言う。ふざけた男だと思わぬか?」
「ふーん、見た目は悪くない男ね。でも姫様はこの私を差し置いてこんな男にお熱なのですか?私は今夜、枕を濡らせばいいのかしらねー?それとも姫様の寝所に忍び込んで寝取ればいいのかしらー?うふふっ、そっちの方が楽しそうね。って訳で今夜は寝れないと覚悟あそばせ?ひ・め・さ・まっ」
コンコンッ
「失礼いたしま……」
目を細めて嬉しげなユカがイオネの目の前で人差し指を振ると、席の手配をしに行っていたヒデ爺が開け放たれていた扉を叩いて部屋に入るなり硬直した。
だが、それはいくら仕事の出来そうなヒデ爺でも仕方のない事、いや、むしろ仕事に誇りを持って働いてる人だからこそ大切なお客様であるイオネ姫に店の従業員であるはずのユカが背後から抱きついている姿は理解の範疇を超えたのだろう。
「ユカ、私はウェイトレスとして節度を保ちなさいと指示したつもりでしたが、それが貴女の節度なのですね。
皆様、私の教育が足りず、我が店の者がお見苦しい姿を晒した事を深くお詫び申し上げます。今後このような醜態を晒すことのないよう徹底的に教育を施しますのでどうかご容赦願えると幸いでございます。
お待たせしたこと重ね重ねお詫び申し上げますが最上級の個室をご用意致しましたので、ご移動の方をお願い致します」
腰を直角に曲げ深々と頭を下げるヒデ爺、彼が悪い訳ではないと思うのだが、店の責任者としての立場がそうさせるのだろう。接客業も、管理職もなかなかに大変そうだな。
「姫様っ、助けて!エロ爺に折檻されてしまうわ〜っ」
そう言いつつこれ幸いとばかりに笑顔で頬を擦り寄せた始めたユカに近付くと、怒りのオーラの滲み出すヒデ爺が猫でも持ち上げるように首根っこを捕まえて引き剥がし、まるで小さなゴミでも捨てるように部屋の隅へと軽々と放り投げた。
小柄な女の子とはいえ片手でいとも簡単に投げ捨てたヒデ爺にも驚いたが、投げ捨てられたユカもユカで軽やかに身を捻り、壁を蹴ってヒデ爺の隣に降り立つと表情を崩す事なくにこやかな顔をしている。
こいつら一体何者なんだ?
「安心しろ、私はお気に召さないと既に振られた後だ。だからと言ってお前を娶るつもりもないがな。
ユカ、自由奔放なお前は嫌いではないが今は仕事中なのだろう?公私の区別は付けるべきだな。私達が食事をしている間にヒデ爺の教育を大人しく受けるが良い」
「へぇ〜、姫様を断った男かぁ。ちょっとだけ興味湧いたカモ。また後でね、イケメン君っ」
そう言うなり姿と共に気配すら消えたユカが居た場所を見て小さな溜息を吐いて気を落ち着かせたヒデ爺は、改めて「こちらにどうぞ」と俺達を案内してくれた。
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