24.意外なお仕事

 昼食を食べた《薔薇の朝露》はロブスター専門店というだけのことはあり、全ての料理に高級食材であるロブスターがふんだんに使ってあった。


 エビ味噌を溶かした香り高いスープに始まり、ボイルした身をほぐし入れたサラダが登場し、半分に割られた小振りのロブスターがデンッ!と乗っかったパスタや、殻を器にしたグラタンなど趣向を凝らした料理から、ただ蒸し焼きにしただけのシンプルながらも素材の味をとことん味わえる物まで、見た目にも驚かされるような豪快な料理の数々でお腹も心も満足する事が出来た。


 最後に出て来たシフォンケーキには隠し味として生地にエビ味噌が練りこんであると言うので『そこまでするか!?』と度肝を抜かれたが、添えられた二種類のソルベには流石に入っていないと言われて安堵することとなった。


「美味しかったですね〜、お腹いっぱい満足ぷくぷくですぅ〜」

「ええ、美味しかったわ。ねぇヒデ爺、厨房には入れる?」


「クリスチンお嬢様の頼みとあっては断る事など出来はしません。案内させますのでこちらへどうぞ」


 普通、お客さんが厨房に入るなどどう考えてもNGだろう。それでも嫌な顔一つせずにOKを出した事に驚くが貴族という身分とはそういった力をも持つモノなのだろうか。


「私も行っても大丈夫ですか?」


 遠慮がちに手を挙げたエレナにヒデ爺がにこやかに頷くと、嬉しそうに立ち上がった彼女に続いて「エレナ姉様が行くなら!」とエマまで立ち上がり、どこか愉しげな雰囲気が感じられる珍しいコレットさんも『私が面倒を見ます』という顔をしながらさも仕方無さそうな顔で三人に続いた。


「コレットさん、悪いけどソッチは頼むね」


 あれは絶対自分が行きたいのだと分かったが、自己主張する事が殆ど無い人なので折角の機会に『楽しんできてね』と心の中で呟くと、それが届いたかのようなタイミングで頷いたではないか。




「それで、今後の予定を聞こうじゃないか。この町で何をどうしたいのだ?」


 昨日の夜も、魔導車の中でも聞かれたが何度聞かれても目的は “この町に来る事” 。レクシャサは何をしろとは言わず、ただこの町に行けと言っただけなのだ。それを馬鹿正直に遂行した俺も俺だが全てを見透かしたようなレクシャサが何も言わなかったのにも理由があるのかも知れない。


「さて、どうしようかね?せっかくだから町でもブラブラしてみようか」


「呆れたものだな、本当に目的は無いのか?……ふむ、そうだな。町をぶらつくのも良いがアンシェルもパーミョンもそう大して変わるまい。そこで提案なのだが、どうせならこの町の特色である奴隷市場でも見ておくか?他の町にもあるにはあるのだが、この町は奴隷の町と言われるだけあって他より規模が大きい。別に奴隷を買えと言うわけではないが、奴隷達がどういった扱いを受けているのかを見ておくのも良いのではないか?」


 奴隷の町に行けと言う以上、奴隷に関わる何かがあってそう言ったと考えるのが自然だろう。当ても無く町を歩くより予備知識を増やしておいて損は無いだろうとイオネの提案に頷き同意を示すと、壁際に立っていたヒデ爺が「手配致します」と言ったそばから隣に控えていたウェイトレスさんが部屋から出て行く。


「レイ、俺は奴隷など興味が無い。別行動するが問題ないよな?」

「あぁ、良いけど何するんだ?」

「仕事だよ、仕事。大したものはないかもしれないが冒険者ギルドに行ってみる。エアロライダーは借りて行くぞ?」


 早速とばかりに立ち上がったアルとクロエさんをヒデ爺が「少々お待ちを」と止めると、胸から取り出した紙に何やら書いて手渡している。


「そちらに部屋をご用意致します。アル様の名前で一部屋お取りしますのでご利用の際は受付の者に申し出てください」

「ああ、すまない。ありがとう」


 どうやら宿の場所を書いた紙のようだが、それを受け取ると俺達に手を挙げてさっさと出て行く二人を見送り、疑問に思った事を口に出そうとした時、先にイオネが説明を始めた。


「不思議か?フフッ、まぁそうだろうな。実はな、公言はしていないがこの店は我がオーキュスト家の物なのだ。よってヒデ爺も我が家の者なのだよ。だから私の為にヒデ爺が動くのは至極当たり前の事、ただそれだけだ。ちなみに今日の宿も家の物だから安心して寛いでくれ、と言っても半日先の事だがな。


 クリスが厨房に行ったらしばらくは帰ってこないだろう。奴等の気が済んだら宿に送ってやってくれ。

 では、私達は奴隷市場に行くとしようか」


「姫様、エルコジモ男爵の方は探りを入れておきますか?」

「ん?そうだな、排除出来るタイミングがあれば潰しておくか。ヒデ爺、頼めるか?」

「御意に」


 ニッと口の端を釣り上げたヒデ爺の顔は店を切り盛りする男とは到底思えないほど邪な笑いだった。先ほどのユカとのやり取りといい、今の顔といい、表向きは厳粛な奴隷の姿を演じているが、もう一つの顔もありそうだな。


「この店の者は諜報活動もするのです。この町に根を張り生活の場とする事で見えてくる色々な情報からターゲットを監視する、それが我々のもう一つの仕事でございます」


 聞いてもいないのにあっさり自白した事に拍子抜けするが、イオネが『ウチの店』とバラした事で俺達を信用したのだろう。きっと今後の為にも話しておいた方が良いと判断してのカミングアウト、実に計算高い賢い人物だ。


「このような店は世界に何軒か用意してある。《薔薇の〇〇》という名の飲食店は私が知る限り全て家の店だ。大きな都市を上げればサルグレッドにもあるぞ?サラの家を監視している訳では無いが、三国戦争で情報というものの重要性が浮き彫りになったからな、国の動きは把握しておいて損は無い。情報屋としては他の追随を許さないと自負している、もし何かあれば私の名前を出せば協力もしてくれよう。必要なら顔を出してやってくれ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る