22.とあるレストラン

 小さな園芸用スコップ片手に元気よく手を振るフェリーンに見送られオーキュスト家の門を出ると、町中を通り抜けて奴隷の町パーニョンへと向かう。


「んっ!?これは美味いな、なんという食べ物なんだ?」

「ちょっと!イオネっ、それ私の分のマシュマロ……」

「まぁまぁ、ティナさん。マシュマロも良いですけどエレナ特製カップケーキは如何ですか?」

「エレナっ!それ昨日作ってたやつぅ?一つ味見させてよ」

「エレナっ、私も食べてあげるから一つ寄越しなさい」

「はいは〜い、クリスさんっどうぞご賞味ください。リリィさんも召し上がれ〜」

「エレナ姉様!私にもください!!」

「エマちゃん、慌てなくても無くならないからっ。ほらっ落とさないようにゆっくり食べてね」


 魔導車の中はいつもにも増して賑やかで、「行くなら私が案内してやろう」と言い出したイオネを皮切りに「エレナ姉様が行くなら私もっ!」とエマが訳の分からぬ理由で付いてくる意思を表明すると「研究もいいけど勉強も必要ね」とか、もっと分からぬ理由で魔導車に乗り込んだクリス。


 お陰で定員オーバーとなった魔導車からアルとクロエさんが押し出される形となり、二人は自分達だけの時間を楽しむべくエアロライダーを駆り気持ち良さげに風を感じて疾走している。そんな中、エアロライダーには必要の無いはずの別の魔力を運転しているアルから感じることからも、魔力のコントロール練習をしながら移動しているようだ。


 最近のアルは、唯一同レベルだと思ってたティナの思わぬパワーアップで一人だけ取り残されてしまったのを気にしてか、四六時中魔力トレーニングをしている。その気合いの入れ様は凄まじく、移動中の暇な時は勿論、海で遊んでるときもそうだったが、食事中でも止める事なく続けられており奴の本気度が目に見えてよく分かる。俺も強くなった事に胡座をかいてないでアルを見習って鍛錬しないとだな。



▲▼▲▼



「ようこそおいでくださいました。申し訳ありませんが……ってイオネ姫様ではありませんか。と、言うことはもしかして……!?うぉっ!?マジかよ!!……ハッ!しっ、失礼しました。サラ王女殿下であらせられますよね?」


 パーニョンの町の入り口でミスリルの鎧を着た騎士に魔導車を止められ窓を開けると、遠慮がちに覗き込んで来たクセにイオネとサラの姿を目にしてありのままの感情を曝け出した……騎士としてそれはどうなの?と疑問の湧いてしまうような騎士。俺的には人間味があって好ましいタイプなのだが、イオネは腕を組み厳しい目で彼を見る。


「ヴァレイフ、仮にも貴様の主人は私だろう?私を目にした時よりサラの方に興奮するとはどういうつもりか説明してもらおう」


「姫様、そう怒らないでくださいよ。姫様にお目通りする機会はあれど、サラ王女殿下には一度しかお目にかかった事が無いんですから仕方ないでしょう?まぁその一度で惚れ込んだ事は秘密ですがね。

 サラ王女殿下!お会い出来て光栄ですっ!!」


 見た感じはなかなかにイケメンなのだが、自分の上官にはっきり『お前は二の次』と言うのは良いのか?怒るかと思ったはっきりとした物言いに当のイオネはそうでも無いようで逆に笑みを浮かべた。


「貴様と言う奴は……後で覚えておれよ」

「姫様すみません、それは恐ろしいのでさっさと忘れさせていただきます」


「あ、じゃあ、俺は目の敵にされるパターン?」


 彼が憧れると言うサラを奪った憎き婚約者ともなれば嫌われても当然、容姿良きサラの信奉者にはそう思う人間がいるかも知れないと始めて実感したところで直接聞いてみればヴァレイフと呼ばれた騎士は首を横に振る。


「見たところ貴方がハーキース騎士伯殿ですよね?貴殿の噂は伺っております。近衛三銃士のなかでも最強と謳われるガイア様を打ち負かした世界最高峰の冒険者、数多いる冒険者の中でも世界にたった三人しかいない冒険者ランクSの称号を持つ男。そんな方がサラ王女殿下をお守りしてくださるなら安堵しか生まれません。俺が言うのもおかしな話ですが、皆の憧れのサラ王女殿下をよろしくお願いしますっ」


 キリッとしたキメ顔で言い切ったヴァレイフの肩を笑顔で叩くと、彼もにこやかな顔になり乗り出した身を退いていく。

 軽く手を上げ魔導車を町中へと進めようと動き出すと「覚えてろよ」と小声で指差すイオネの手をサラが「止めなさい」と掴んで下ろし微笑みながら手を振れば彼が頬を赤らめていたので俺まで嬉しくなってしまう。



 そんなこんなで昼前に着いたパーニョン、取り敢えず昼食をという事でイオネの案内に従い町の中心部より少し外れた高級店の立ち並ぶ一角に建つ見るからに高そうな雰囲気のレストランの前に魔導車を止めた。


「この店この店っ!一度来たかったんだよね〜」

「クリスさん、ここはどんな料理が出るお店なんですか?」

「よっくぞ聞いてくれました!ここは高級食材であるロブスターって言う大きな海老が食べられるお店で、世界広しと言えどもロブスター専門ってのはここにしか無い貴重なお店なのよっ」


 愉しげな顔の両脇に手を出し、二本だけ立てた指を閉じたり開いたりして海老の真似をしてみせたクリス。彼女の先導でお店に飛び込むと、執事服にも似た形の黒い服で正装をした品の良さそうな初老の男性が丁寧なお辞儀でお出迎えしてくれた。


「いらっしゃいませ。失礼ながらお名前の方を頂いてもよろしいでしょうか?」


 何故名前を聞かれるのかとキョトンとするクリスの頭に手を置き軽く押し退け、顔を覗かせたイオネに対し微笑んだ男性が再びお辞儀をした。


「これはこれはお久しゅうございます、イオネ姫様。本日はご予約の方を承っておりませんが、姫様を追い返したとあっては当店の未来に先は無い事でしょう。

 すぐにお席の方を手配致します故、少しだけお時間を頂戴してもよろしいですか?」


「突然ですまんな、頼む」


「いえいえ、滅相もございません。オーキュスト王家の出入りする店と知れれば、これ以上の宣伝は無いでしょう。いつでもお気軽にご利用頂ければ幸いかと存じます。それでは手配して参りますので……ユカ、皆様を待合室でもてなして差し上げなさい」


 堅そうな印象の男とは打って変わって「はいはーい」と軽い返事をしたのは、イオネに向かい小さく手を振りながら現れた薄紫の髪をショートボブでスッキリと纏めた見るからに溌剌とした同年代ぐらいの女の子だった。


「ユカ、姫様は大切なお客様です。ウェイトレスとして節度を持った接客をお願いしますよ」


「はーい、わっかりました。ヒデ爺もそんなお小言言ってる間にも大切な姫様をお待たせしてるって事を理解した方が良いのではないでしょうかぁ?」


 一瞬固まったヒデ爺と呼ばれた男だったが、そこは流石に接客のプロ。すぐに頭を切り替えたのか俺達に一礼すると ニッ と白い歯を見せて勝ち誇るユカを残して颯爽と消えて行く。


「ユカも元気そうで何よりだが、ヒデ爺をあまりイジメてやるなよ?」

「ヤレるときにヤル、それが私の矜持!なんちゃって。まぁ、また怒られる前に案内しちゃいましょう、こちらにどうぞぉ〜」



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